おかしくない?
王都を離れてから、いくつかの町を越えた。
街道は山間へと入り、道幅も少しずつ狭くなっていく。
左右には高い岩山。
その間を縫うように、一本の街道が伸びていた。
「山道ですね」
ミアが周囲を見回す。
「ああ」
「ちょっと怖いですね」
「そうか?」
「だって、魔物が隠れる場所が多いじゃないですか」
アレンは前を見たまま答えた。
「いるぞ」
「えっ?」
「右の岩陰に三体」
ミアが慌てて杖を構える。
「どこですか?」
「まだ出てこない」
「……分かるんですか?」
「ああ」
ミアは呆れたように息を吐いた。
「本当に、どうなってるんですか……」
そんな二人が今回受けた依頼は、山間の街道を進む商隊の護衛だった。
山道は魔物が出やすく、最近では街道を通る商人が襲われることも増えているらしい。
そのため、数人の冒険者が護衛として雇われていた。
その中には、女性も含まれていた。
長い髪を後ろでまとめ、軽装の鎧を身につけている。
手にしているのは、身長ほどもある長い槍。
彼女は出発してから一言も無駄口を叩かず、周囲を警戒していた。
時折立ち止まり、遠くの岩場や山の斜面へ視線を向ける。
ミアが小声でアレンに尋ねる。
「あの人、ずっと周りを見てますね」
「ああ」
「強そうです」
「そうだな」
「知り合いですか?」
「知らない」
「ですよね」
ミアが小さく笑った。
そのときだった。
女がこちらを振り返った。
視線がアレンとミアを捉える。
「……二人で護衛?」
「ああ」
アレンが答える。
女は少しだけ眉を上げた。
「珍しいわね」
「そうか?」
「この街道、最近は魔物が増えてる。二人だけだと危険よ」
「問題ない」
「……そう」
女はそれ以上言わなかった。
ただ、アレンを見る目だけは少し変わった。
それから一時間ほど歩いた頃だった。
前方の岩場から、突然、大きな音が響いた。
「来ます!」
別の冒険者が叫ぶ。
次の瞬間。
岩陰から魔物が飛び出してきた。
狼型の魔物。
一体。
二体。
三体。
さらに後ろから、次々と姿を現す。
「数が多い!」
商人たちが慌てて荷馬車を止める。
「全員、荷馬車の前へ!」
女が叫んだ。
声がよく通る。
迷いもない。
「後衛は下がって! 前衛は左右を塞いで!」
冒険者たちが動く。
女は槍を構えた。
最初の一体が飛びかかる。
槍が閃いた。
穂先が魔物の喉を正確に貫く。
女は槍を引き抜くと、そのまま身体を回転させた。
二体目の牙を柄で受け流し、腹部へ槍を突き込む。
「ギャウッ!」
三体目。
四体目。
女は一歩も無駄に動かない。
槍の長さを活かし、魔物を近づけさせない。
周囲の冒険者たちの動きまで見ながら、必要な場所へ指示を飛ばしている。
「左、二体!」
「了解!」
「後ろに回らせないで!」
「分かった!」
戦況を見ながら戦っている。
ただ強いだけではない。
指揮することにも慣れている。
ミアは驚いた顔でその姿を見ていた。
「すごい……」
「そうだな」
「アレンさんもそう思います?」
「ああ」
その瞬間。
別の方向から、一体の魔物がミアへ飛びかかった。
「ミア」
「え?」
「下がれ」
アレンが動く。
一瞬だった。
魔物が地面に落ちる。
さらにその後ろから二体。
アレンの剣が閃く。
一体目の首を斬る。
振り返りざまに二体目の胴を裂く。
三体目が跳びかかる。
アレンは身体を僅かに沈め、その下を潜り抜ける。
振り向く。
一閃。
倒れる。
それだけだった。
「……」
女が動きを止めた。
アレンの周囲には、すでに魔物がいない。
戦っているというより。
処理している。
そう見えた。
残った魔物たちが一斉に襲いかかる。
アレンは一歩前へ出た。
剣が走る。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
ほんの数秒。
最後の魔物が倒れた。
静かになった街道で、アレンは剣を鞘へ戻した。
「終わった」
ミアが呆然とする。
「……早すぎません?」
「そうか?」
「そうですよ」
女もアレンを見ていた。
槍を下ろし、ゆっくり近づいてくる。
「……あなた」
「なんだ」
「戦い方、おかしくない?」
「そうか?」
「ええ」
女は倒れた魔物を見た。
それからアレンを見る。
「無駄な動きが一つもない」
「必要ないからな」
「そういうところよ」
女は小さく息を吐いた。
「普通はもっと周りを見る。仲間を守る。魔物の動きを読む。あなたは全部やってるのに……」
「……」
「まるで最初から、どう動けばいいか分かってるみたい」
アレンは答えなかった。
ミアが横から口を挟む。
「アレンさん、いつもあんな感じですよ」
「いつも?」
「はい」
「……あなたたち、二人だけ?」
「あ、はい」
ミアが頷いた。
「二人で旅してます」
女は少し驚いたようだった。
「そう」
視線がアレンへ戻る。
「一人で戦ってるように見えたけど」
「いつも一人で十分だったからな」
「……」
女は何か言いかけたが、やめた。
その日の夕方。
商隊は山道の途中で野営することになった。
焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
ミアは隣でパンをちぎりながら、向かいに座る女を見た。
「そういえば、お名前を聞いてませんでした」
「ああ」
女は槍を手入れしながら答えた。
「レナよ」
「レナさんですね」
「あなたは?」
「ミアです」
「……自己紹介くらいしたらどうです?」
ミアはアレンに目配せした。
「………アレンだ」
「そう」
レナは二人を交互に見る。
「ずいぶん仲が良さそうね」
「そうですか?」
「ええ」
ミアは少しだけ照れたように笑った。
「一緒に旅を始めて、もう一ヶ月くらいなので」
「一ヶ月?」
「はい」
レナはアレンを見る。
「それにしては息が合ってる」
「そうか?」
「あなたは分からないでしょうね」
「?」
レナは苦笑した。
「まあいいわ」
しばらく沈黙が続いた。
やがてレナが口を開く。
「この先に小さな村があるの」
「村?」
「ええ。昔、そこで助けてもらったことがあってね」
レナは火を見つめた。
「だから、近くを通るときは立ち寄るようにしてる」
「そうか」
「明日、私は商隊と別れて村へ向かうつもり」
ミアが尋ねる。
「一人でですか?」
「ええ」
「危なくないですか?」
「この辺りは慣れてるから」
レナは槍を立てかけた。
「それに、村の人たちに少し頼まれていることもあるの」
アレンは何も言わず、火を見ていた。
翌朝。
商隊は出発した。
山道をしばらく進んだところで、レナが足を止める。
「私はここから別れるわ」
ミアが少し寂しそうな顔をした。
「レナさんも、もう少し一緒に行けばいいのに」
「ごめんなさいね」
「いえ……」
レナはアレンを見る。
「あなたたちは、この先どうするの?」
「次の町へ行く」
「そう」
「依頼を探す」
「なるほど」
レナは少し笑った。
「じゃあ、またどこかで会うかもしれないわね」
「ああ」
「そのときは、もう少し普通の戦い方をしてくれると助かるんだけど」
「無理だ」
「即答なのね」
ミアが笑った。
「アレンさんは、いつもあんな感じですよ」
「それ、昨日も聞いたわ」
レナも笑う。
「じゃあね、二人とも」
「ああ」
「また会いましょう、レナさん」
二人はそのまま先へ進んだ。
レナは別の道へ。
三人の距離が離れていく。
やがて、レナの姿は見えなくなった。
その日の昼過ぎ。
アレンとミアは山道を歩いていた。
「レナさん、強かったですね」
「ああ」
「槍もすごかったです」
「ああ」
「また会えるでしょうか」
「分からない」
ミアは少し考える。
「……会えたらいいですね」
「そうか」
それだけ言って、アレンは歩き続けた。
けれど。
二人が向かう先と。
レナが向かった村は。
同じ道の先にあった。
まだ三人は知らない。
この出会いが、一度きりでは終わらないことを。
そして。
「仲間」という言葉を使うことすらないまま。
いつか三人で歩くことになることを。




