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二人旅


少女と旅を始めてから、一ヶ月が経とうとしていた。

その一ヶ月は、アレンにとって奇妙な時間だった。


何か大きな事件があったわけではない。

魔王の手掛かりを見つけたわけでもない。

強大な魔物と戦ったわけでもない。


ただ、町から町へ歩き、冒険者ギルドで依頼を受け、仕事をして、報酬をもらう。

それだけだった。


けれど。

一人で旅を続けてきたアレンにとっては、それだけのことが妙に新鮮だった。




 


最初の町では、荷物運びの依頼を受けた。


「これ、全部ですか?」

「ああ」


町の商人が用意した荷物は、木箱が十個ほど。

少女は一つ持ち上げようとして――。


「……重い」

「持てないのか?」

「持てます!」


少女は両手で木箱を抱えた。

ふらふらと歩く。


三歩。

四歩。

五歩。


「……アレンさん」

「なんだ」

「やっぱり無理です」

「そうか」


アレンが受け取った。

片手で。


「……」

「どうした」

「それ、私がさっき両手で持ってたやつですよね?」

「ああ」

「なんで片手なんですか?」

「君の両手が空く」

「そういう問題じゃないです」


その日、荷物運びを終えた二人は、報酬を半分ずつに分けようとした。

アレンは首を横に振った。


「いらない」

「でも、二人で受けた依頼ですよ?」

「君が働いた分は受け取れ」

「……じゃあ、半分です」


「多い」

「半分です」

「……分かった」


結局、アレンは少女に報酬の半分を渡した。

少女は嬉しそうに硬貨を数えた。


「これで新しい杖が買えます」

「壊れたのか?」

「この前のゴブリンに折られかけました」

「そうだったな」


「覚えてたんですか?」

「ああ」


少女は少しだけ嬉しそうに笑った。






二つ目の町では、二人は街道の護衛をした。

荷馬車の後ろを歩いていると、道の脇から魔物が飛び出してきた。


「アレンさん!」

「分かってる」


アレンが剣を抜く。


一体。

二体。

三体。


魔物たちは、数秒も経たないうちに倒れた。

荷馬車の御者が目を丸くする。


「す、すごいな……」


少女もアレンを見る。


「相変わらずですね」

「何がだ」

「強すぎます」

「そうか?」

「そうですよ」


少女は呆れたように笑った。

その夜。

街道脇で野営することになったとき、少女はアレンの隣に座っていた。


「今日は楽でしたね」

「ああ」

「アレンさんがいると」


「……」

「どうしました?」

「いや」


アレンは焚き火に薪を放り込む。


「慣れてきたなと思って」

「何にです?」

「旅に」


少女は少し考えてから笑った。


「アレンさんと旅することにも、です」

「そうか」


アレンはそれ以上何も言わなかった。


けれど、その夜。

少女が眠ってからも、アレンはいつもより長く焚き火を見ていた。





三つ目の町では、雨に降られた。


「……最悪です」


少女はずぶ濡れになりながら言った。


「そうだな」

「なんでそんな平気なんですか?」

「雨だからな」

「雨だから濡れてるんですよ!」


「そうか」

「そうですよ!」


アレンは濡れた外套を脱いだ。


「これを使え」

「え?」

「身体を拭け」


「アレンさんは?」

「平気だ」

「でも――」

「いいから」


少女は外套を受け取った。

しばらく黙っていたが、小さな声で言った。


「……ありがとうございます」

「ああ」


その日の夜。

二人は宿を取った。

少女は暖炉の前で髪を乾かしながら、眠そうに欠伸をした。


「眠いのか?」

「はい……」

「寝ろ」


「でも、アレンさんは?」

「俺は寝なくてもいい」

「またそれですか」

「事実だ」


少女は少しだけ眉を寄せた。


「それでも寝てください」

「……」

「一人で起きてるの、嫌じゃないですか?」


アレンは答えなかった。

少女はそのまま毛布にくるまった。


「おやすみなさい」

「ああ」


やがて寝息が聞こえてくる。


アレンは椅子に座ったまま、窓の外を見ていた。

雨が降っている。

どんなに季節が過ぎようとも、雨は変わらない。


変わったのは、隣に人がいることだった。





そんな日々を繰り返しながら。

二人はいくつもの町を渡り歩いた。


討伐。

護衛。

荷物の運搬。

魔物の素材採取。


そして、薬草の採取。


報酬は高くない。

けれど、二人が生きていくには十分だった。


少女は少しずつ旅に慣れていった。

最初は野宿するだけで不安そうにしていたのに、今では自分から薪を集めるようになった。


最初は魔物の気配に怯えていたのに、今ではアレンが「来るぞ」と言えば、すぐに杖を構える。


戦闘ではまだアレンに遠く及ばない。

けれど、少女なりにできることは増えていた。


そして何より。

二人で過ごすことが、当たり前になっていた。






今、二人がいるのは町から少し離れた森だった。

今回受けた依頼は、薬草の採取。

町の近くで採れる薬草が不足しているらしく、冒険者ギルドには同じ内容の依頼がいくつも貼られていた。


「薬草なら私詳しいですよ?」


少女が胸を張る。

アレンは足元の植物を指差した。


「これとこれの違いは?」

「……」


少女がしゃがみ込む。


葉を見る。

花を見る。

茎を見る。


しばらく観察したあと。


「……見たことないので分かりませんね」

「……」


アレンは少女を見る。


「なんなの君?」

「何ですか!」


少女は頬を膨らませた。


「詳しいって自慢してなかった?」

「そんなこと言ってません!」

「言った」

「言ってません!」


「そうか」

「絶対納得してないですよね?」

「してない」

「もう!」


少女が薬草を睨む。


それから依頼書を取り出して、もう一度確認する。


「……でも、これは確かに違いますね」

「分かるのか?」

「依頼書に書いてあります」

「なるほど」

「そこは感心するところじゃないです」


少女は小さくため息をついた。

それでも、次の瞬間には別の薬草を探し始めている。


「白い花に、細長い葉。根の部分に青い斑点があるもの」

「あれか」


アレンが少し先を指差した。

木の根元に、小さな白い花が咲いている。


「あれです!」


少女が駆け寄る。

しゃがみ込み、葉の裏まで確認する。


「……はい。間違いないです」

「分かるのか」

「これくらい分かりますよ」

「さっき間違えてたけどな」


「……」


少女の手が止まる。


「アレンさん」

「なんだ」

「そういうところですよ」

「どういうところだ?」


「嫌なところです」

「そうか」

「否定してくださいよ!」



アレンは気にも留めず木の幹に背を預けた。


少女は慣れた手つきで薬草を摘んでいく。

根を傷つけすぎないように土を掘り、必要な部分だけを切り取る。

採取した薬草は、腰につけた小さなポーチへ丁寧にしまっていく。


「これで三つ」

「あといくつだ?」

「七つです」

「多いな」


「依頼ですから」

「そうか」

「そうです」


少女はそう言って、次の場所へ向かう。

アレンも後ろをついていく。


一ヶ月前なら。

こんなことはなかった。


アレンは一人で歩き、必要なことだけを考えていた。

食事も一人。

野営も一人。

依頼も一人。


誰かと話す必要などなかった。


今は違う。


歩けば隣から声がする。

食事をすれば「今日は何を食べます?」と聞かれる。

火を起こせば、その向かいに少女が座る。

眠る前には「おやすみなさい」と言われる。

朝になれば「おはようございます」と言われる。


そんな些細なことが、いつの間にか日常になっていた。


「アレンさん」

「なんだ」

「これ、何ですか?」


少女が、見慣れない植物を指差した。

紫色の小さな実がいくつもついている。

アレンはしゃがみ込んで観察する。

長い間旅をしているが、見たことのない植物だ。


「……知らない」

「え?」

「見たことがない」

「アレンさんでも?」

「ああ」


少女は少し嬉しそうな顔をした。


「よかった」

「何がだ」

「私だけ分からないんじゃなかったんですね」

「……」


アレンは植物を見る。


「食べるなよ」

「食べませんよ」

「毒かもしれない」

「分かってます」

「ならいい」


少女は植物を見つめた。


「でも、アレンさんでも知らないものがあるんですね」

「ある」

「なんだか安心しました」

「……なんなの君?」

「何がですか?」

「いや」


アレンは立ち上がった。


「何でもない」


少女は首を傾げる。

それから、ふっと笑った。






気づけば、依頼された薬草はすべて集まっていた。

少女がポーチの中を確認する。


「……うん。これで全部です」

「帰るか」

「はい」


二人は来た道を戻り始めた。

森の中には、昼過ぎの柔らかな光が差し込んでいる。


木々の間から見える空は青く、風が吹くたびに葉が揺れていた。

少女は歩きながら、ポーチを確認する。


「ちゃんと十個あります」

「そうか」

「アレンさん」

「なんだ」

「帰ったら、何食べます?」


「肉」

「またですか?」

「ああ」

「昨日も肉でしたよ」


「昨日は鳥だった」

「今日は?」

「分からない」

「……」


少女は少し考える。


「じゃあ、魚にしましょう」

「魚か」

「この近くに川がありましたよね」

「ああ」


「釣りましょう」

「俺が?」

「私がやってみます」

「釣ったことあるのか?」

「ありません」


「……」

「なんですか?」

「いや」


アレンは前を向いたまま言った。


「なんなの君?」

「知りませんよ!」


少女の声が森に響く。

アレンは歩き続ける。


少女も、その隣へ並ぶ。

気づけば、二人の歩幅は揃っていた。


少女が少し遅れれば、アレンは自然と歩く速度を落とす。

少女が足元の木の根に躓けば、何も言わずに手を差し出す。

少女が寒そうにしていれば、火を少し大きくする。

少女もまた、それを当たり前のように受け入れている。

それは、特別なことではない。


少なくとも、二人にとっては。


ただの一ヶ月。

町を歩き。

依頼を受け。


失敗して。

笑って。

食事をして。

眠って。


また次の町へ向かう。

そんな日々だった。


けれど、五千年間ずっと一人だった男にとって。

その一ヶ月は、決して短い時間ではなかった。


アレンは隣を歩く少女を見た。

少女は何かを話している。


今日の夕食のこと。

明日の町のこと。

新しく買いたい道具のこと。

どうでもいい話ばかりだ。


アレンはそれを聞きながら歩く。

そして。


ほんの少しだけ、口元を緩めた。

本人は、それに気づいていなかった。


――この何気ない一ヶ月が。

やがて二人にとって、忘れられない時間になることを。



まだ、このときの二人は知らなかった。

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