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18/21

これをくれ


翌日


朝食を終えた四人は町の市場を歩いていた。


大きな町ということもあり、通りには多くの店が並んでいる。


野菜。

肉。

魚。

旅道具。

衣服。

薬草。


ミアは次々と店を覗き込んでいた。


「見てください、レナさん」

「何?」

「この薬草袋、可愛くないですか?」


小さな革袋だった。

表面に簡単な花の刺繍が施されている。


「いいんじゃない?」

「でも、ちょっと高い……」


ミアが値札を見る。


「……銀貨二枚」

「今の持ち金なら買えるでしょう」


レナが言う。


「でも、まだ使える袋がありますし」

「じゃあ、買わなくていいんじゃない?」

「そうなんですけど……」


ミアが名残惜しそうに袋を見る。

その横から、アレンが袋を取った。


「これをくれ」

「え?」


店主に銀貨を渡す。


ミアが目を丸くする。


「アレンさん?」

「薬草を入れるなら必要だろ」

「でも……」


「今の袋、紐が切れかけている」

「……見てたんですか?」

「ああ」


アレンは袋をミアへ渡した。


「使え」


ミアは両手で受け取った。


「……ありがとうございます」

「ああ」


レナが隣で笑う。


「優しいじゃない」

「必要なものを買っただけだ」

「はいはい」


マリスが小さく笑った。


「分かりやすいわね」

「何がだ?」

「何でもないわ」


ミアは新しい袋を胸に抱えた。





その少し先。

今度はレナが武器屋の前で足を止めた。


「……」

「レナさん?」

「ちょっと待って」


店先に並んでいる槍用の手入れ道具を見ている。

穂先を磨くための布。

油。

柄を補修するための木材。


「今の武器、折れかけているだろ」


アレンが言った。


「ええ。そろそろ替えようと思ってたの」

「新しい武器を買えばいい」

「簡単に言うわね」

「必要なんだろ?」

「そうだけど……」


レナは手入れ道具を一つ取った。

値段を見る。


「……高い」

「いくらだ?」

「銀貨三枚」

「そんなもんか」

「だから簡単に――」


アレンが店主へ銀貨を三枚置いた。


「これを」

「ちょっと!」


レナが慌てる。


「待って、私が払うわよ!」

「なら後でいい」

「そういう問題じゃないの!」


ミアが笑いをこらえている。


「レナさん、アレンさんには何を言っても無駄ですよ」

「あなた、最近この人の扱いに慣れすぎじゃない?」

「一ヶ月以上一緒ですから」

「そうね……」


レナはため息をついた。

それから手入れ道具を受け取る。


「……ありがとう」

「礼はいらない」

「でも、今度から勝手に買わないで」

「分かった」

「本当に分かってる?」


「ああ」

「……ならいいけど」


マリスが横から言う。


「仲がいいわね」

「どこが?」


レナとアレンの声が重なった。

ミアが吹き出した。


「ほら」

「何がよ」

「息ぴったりです」

「……」


レナは少しだけ視線を逸らして店の外へ出た。





その日の午後。

四人は宿へ戻る前に、町の外れにある小さな広場へ寄った。

広場の中央には噴水があり、その周囲にベンチが並んでいる。


ミアが買ったばかりの薬草袋を眺めている。


「これ、使いやすそうです」

「よかったわね」


レナが言う。

マリスはベンチに座って本を読んでいる。


アレンは噴水の近くで剣の手入れをしていた。

四人とも、それぞれ好きなことをしている。


それでも。

誰も離れていかなかった。


「……不思議ですね」


ミアが言った。


「何が?」


レナが尋ねる。


「何もしてないのに、四人でいるんですよね」

「そうね」

「前は、アレンさんと二人だったのに」

「最初は私も一人だったわ」


マリスが本から目を上げずに言う。


「そうなんですか?」

「ええ」

「一人で旅してたんですか?」

「そうよ」


「寂しくなかったですか?」

「別に」

「……」


ミアはアレンを見る。


「アレンさんは?」

「何が?」

「一人で旅してた頃」

「普通だった」

「やっぱり」


ミアは少し笑った。


「今は?」


アレンの手が止まった。


「……今も普通だ」

「絶対ちょっと違いますよ」

「そうか?」

「はい」


レナが笑う。


「私もそう思うわ」


マリスも本を閉じた。


「私も」


三人の視線がアレンへ集まる。


「……そうか」


アレンはそれ以上何も言わなかった。

けれど。

その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。





夕方。

宿へ戻る途中、四人は屋台の前で足を止めた。


「焼き菓子?」


ミアが目を輝かせる。


「食べる?」


レナが聞く。


「食べたいです」

「夕ご飯もあるから軽めにしておけよ」

「アレンさんはお母さんか何かですか?」


アレンとミアの漫才を聞き流しつつ

レナが店主へ声をかける。


「四つください」


焼きたての菓子が四つ渡される。

ミアが一口食べる。


「……おいしい!」


マリスも食べる。


「確かに」


レナが頷く。


「悪くないわね」


三人が食べている横で、アレンは黙っている。


「アレンさんは?」

「いらない」

「食べないんですか?」

「ああ」


「でも、おいしいですよ?」

「そうか」


ミアが少し考える。

そして。


「じゃあ、一口だけ」

「いらない」

「一口だけです」

「……」


ミアが焼き菓子を差し出す。

アレンはしばらく見つめたあと、仕方なさそうに一口食べた。


「……甘いな」

「おいしいですか?」

「まあ」

「ですよね!」


ミアが嬉しそうに笑う。

マリスが呟いた。


「食べるじゃない」

「一口だけだ」

「はいはい」


レナが笑った。


「本当に、変わったわね」


アレンは何も答えなかった。




宿へ戻ると、四人は部屋へ荷物を置いた。

ミアがベッドへ腰を下ろす。


「疲れました……」

「今日はほとんど歩いてないでしょう」


レナが呆れたように言う。


「遺跡から戻ってきたんですよ?」

「いつの話をしているんだ?」


ミアは毛布へ倒れ込む。

マリスは窓辺に座り、外を見ていた。

アレンは部屋の隅で剣の手入れをしている。


しばらくして。


「……私」


マリスが言った。

三人が顔を上げる。


「明日、ここで別れるわ」

「え?」


ミアが起き上がった。


「別れる?」

「ええ」

「エルフの里へ戻るの?」


レナが尋ねる。


「そう」


マリスは窓の外を見たまま答えた。


「今回の遺跡について、村の記録を調べたいの」

「村って……エルフの里?」

「そうよ」


ミアは少し黙った。


「……そうなんですね」

「ええ」


「どのくらいで戻ってくるんですか?」

「分からないわ」

「……」


ミアの表情が少しだけ曇った。

マリスはそれを見て、ほんの少しだけ目を細めた。


「別に、二度と会わないと言っているわけじゃないわよ」

「本当ですか?」

「ええ」

「じゃあ、また会えます?」

「たぶん」

「たぶん……」

「あなたたちが遺跡を追いかけるなら、どこかで会うでしょう」


レナが笑う。


「確かにね」

「レナさんは寂しくないんですか?」

「寂しいわよ」


ミアが驚いた顔をする。


「でも、旅ってそういうものでしょう」


レナは窓の外を見る。


「同じ道を歩いて、別の道へ分かれる」

「また会うこともある」

「会わないこともある」


マリスが静かに続けた。


「そういうものよ」


ミアは少し考えた。


「……そうですね」


それから。

少しだけ笑った。


「じゃあ、また会えるって思っておきます」

「それでいいと思うわ」


マリスはそう言った。





その夜。


四人は宿の食堂で夕食を取った。

特別な料理ではなかった。


肉と野菜の煮込み。

焼いたパン。

簡単なスープ。


けれど。


四人で食べる最後の夕食になるかもしれない。

そう思うと、ミアは少しだけ寂しかった。


「マリスさん」

「何?」

「エルフの里って、おいしい料理あります?」

「あるわよ」


「どんなのですか?」

「木の実とか、野菜とか」

「……肉は?」

「ある」

「よかった」


ミアが安心したように息を吐く。

レナが笑う。


「そこなの?」

「大事ですよ」


マリスも少し笑った。


「あなた、本当に食べること好きね」

「旅をするなら大事です」

「それはそうね」


アレンは黙々と食事をしている。

ミアが彼を見る。


「アレンさんは何か言わないんですか?」

「何を?」

「マリスさんが明日いなくなるんですよ」


「そうだな」

「それだけですか?」

「本人が決めたことだ」


マリスがアレンを見る。


「……相変わらずね」

「何が?」

「そういうところ」

「そうか?」

「ええ」


少しだけ沈黙が流れる。

やがてマリスが尋ねた。


「アレン」

「なんだ」

「一つ聞いていい?」


「ああ」

「あなたは、寂しくないの?」


アレンの手が止まった。

ミアもレナも、何も言わない。


「……何が?」

「仲間が一人減るのに」

「仲間?」


アレンがマリスを見る。

マリスは少しだけ目を細めた。


「そういうところよ」

「……」


「私たち、四人で旅したでしょう」

「ああ」

「それを、仲間って言わないの?」


アレンは少し考えた。

五千年前。

仲間という言葉を、彼は何度も聞いた。


王都の人々。

兵士たち。

魔法使いたち。

そして、魔王と戦うことを望んだ者たち。


けれど。

最後まで隣にいた者はいなかった。


自分一人で戦った。

自分一人で終わらせた。

だから。


「……分からない」


アレンは答えた。

マリスは少し笑った。


「そう」

「何だ?」

「別に」


マリスはそれ以上、何も言わなかった。





翌朝。


町の門の前。

四人は並んで立っていた。

マリスは弓を背負い、荷物をまとめている。


「本当に、ここで別れるんですね」


ミアが言う。


「ええ」

「……寂しいです」


ミアは正直に言った。

マリスは少し驚いたような顔をした。


「そう?」

「はい」

「あなたらしいわね」


マリスはミアの頭に手を置いた。


「でも、また会うわよ」

「絶対ですか?」

「絶対とは言わない」

「もう……」

「でも」


マリスは少し笑った。


「会いたいと思っていれば、たぶん会えるわ」


ミアは笑った。


「はい」


レナがマリスに近づく。


「気をつけて」

「ええ」

「エルフの里に戻ったら、ちゃんと休みなさいよ」

「分かってるわ」


「あと、一人で遺跡に潜らないこと」

「……善処する」

「絶対やる気ないでしょう」

「そんなことないわ」


レナが笑った。

最後に。

アレンがマリスの前に立った。


「気をつけろ」

「ええ」

「古代遺跡は危険だ」


「知ってるわ」

「無理をするな」

「あなたに言われると変な感じね」

「そうか?」

「ええ」


マリスは少しだけ黙った。


「アレン」

「なんだ」

「ありがとう」


「何が?」

「一緒に旅してくれて」


アレンは答えなかった。

マリスは続ける。


「最初は、ただの調査対象だったの」

「あなたが何者なのかも気になってた」

「今も気になるけど」


少し笑う。


「それだけじゃなくなったわ」

「……そうか」

「ええ」


マリスは一歩下がった。


「それじゃあ」


ミアが手を振る。


「また会いましょう!」

「ええ」


レナも手を上げる。


「またね」

「ああ」


アレンも短く答えた。

マリスは背を向ける。


森へ続く道を歩き始めた。

三人は、その背中を見送った。


しばらくして。

ミアが小さく呟く。


「……行っちゃいましたね」

「ああ」

「静かになりますね」

「そうだな」


レナが二人を見る。


「寂しい?」

「はい」

「私も」


アレンは何も言わない。

ただ。

マリスの姿が見えなくなるまで、そこに立っていた。





森の中。

マリスは一人で歩いていた。


木々の間から差し込む光。

鳥の囀る声。

風に揺れる葉。

いつもの森だった。


けれど。

なぜか少しだけ、静かすぎるように感じる。


「……変ね」


マリスが呟いた。

いつもなら、一人でいることに何も感じない。

長い時間を生きるエルフにとって、孤独は珍しいものではない。


それでも。

少し前まで隣にいた三人の姿を思い出す。


ミアの声。

レナの槍の音。

アレンの短い返事。


「……騒がしかったわね」


そう言いながら。

マリスの口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

歩きながら、空を見上げる。


「早く戻らないと」


エルフの里へ。

古い記録を調べる。

今回の遺跡について。


そして――。

あの黒い結晶について。


「面白くなってきたわね」


彼女の姿は森の奥へ消えていった。


 


その頃。

三人は町の外へ向かって歩いていた。


「次は、どこへ行きます?」


ミアが尋ねる。


「船で西の方に向かう」


アレンが答える。


「西に何かあるんですか?」

「ない」

「ないんですか?」


「ああ」

「じゃあ、どうして西なんです?」

「なんとなく」

「……」


レナが笑った。


「本当にいつも通りね」

「そうだな」


三人は歩き始める。

マリスとは別の道。


それでも。

どこかでまた交わるような気がしていた。


また三人。

この旅は、終わっていない。



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