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15/21

幕間 孤月ってどんな技?


遺跡の中で野営をして翌朝。

四人は、街へ戻る街道を歩いていた。


昨日までの戦いが嘘のように、空は晴れている。

鳥の声が聞こえる。

風が草原を撫でている。


ミアは歩きながら、何度もアレンを見ていた。

昨日の遺跡の中での戦い。


五千年前のアレンと戦った、あの影。

そして。

その戦いの中で、アレンが口にした言葉。


孤月。

どうしても気になっていた。


「……アレンさん」

「なんだ?」

「昨日の技」


「技?」

「孤月って言ってましたよね」

「ああ」

「どんな技なんですか?」


アレンは少し考えた。


「一人で戦うための剣だ」

「それは聞きました」

「そうか」

「そうじゃなくて」


ミアが少し困った顔をする。


「具体的に、どんな技なのかなって」


レナも興味を持ったらしい。


「私も気になるわ」

「そうか」


アレンは前を歩きながら答えた。


「見たいか?」

「はい」

「私も」


レナが頷く。


少し離れた場所を歩いていたマリスも、こちらへ視線を向けた。


「私も見てみたいわ」

「……分かった」


アレンは街道の脇へ視線を向けた。


「少し広い場所がある」


三人もついていく。






街道から少し離れた草原。

周囲には低い木々があるだけで、視界を遮るものはない。


アレンは中央へ歩いていくと、腰の剣を抜いた。

刃が朝の光を受けて輝く。


「まず」


アレンは剣を低く構えた。

右手を腰の近くまで下げる。

切っ先は地面へ向けられている。


身体も正面を向いていない。

右肩を少し引き、左足を前に出している。


「相手に攻撃させる」


レナが首を傾げた。


「待つの?」

「ああ」

「それだけ?」

「最初はな」


アレンは構えたまま動かない。


静かだった。

風が吹く。

草が揺れる。


ミアは思わず息を止めた。

ただ立っているだけなのに。

アレンの周囲だけ、空気が違って見える。


「……私がやってみようか?」


レナが槍を手に取る。


「ああ」

「本気で?」

「軽くでいい」

「分かった」


レナは数歩離れた。

槍を構える。


「行くわよ」

「ああ」


レナが踏み込んだ。

槍が一直線に突き出される。

軽くとはいえ、その速さは折り紙つきだ。


だが。

アレンは動かなかった。

槍の穂先が胸へ届く、その直前まで。


そして。

半歩。

アレンの右足が、斜め右後ろへ滑った。


身体が槍の正面から外れる。

穂先が、胸のあった場所を通り過ぎる。


さらにアレンは、

右足を着いた瞬間。


今度は左足を踏み込む。

レナの槍の外側へ。

槍の穂先が進んでいく方向とは逆側。


つまり、レナの腕の外へ身体を滑り込ませる。

レナから見れば、アレンの姿が視界の端へ消えていく。


「……!」


その瞬間。

アレンの右手が動いた。


腰の近く。

低く構えていた剣が、下から上へ走る。


ただの斬り上げではない。

最初はアレン自身の右側。

地面に近い低い位置から始まり。


そこから左上へ。

レナの脇腹。

胸元。

首元。


その前を通過するように、刃が大きな弧を描く。


――シュッ!


刃の軌道は、完全な直線ではない。

アレンの身体の回転とともに、緩やかな円弧を描いている。


下から始まった刃が、相手の身体の前を斜めに横切りながら上へ抜ける。


そして。

刃が首元の高さへ達した瞬間。


アレンはさらに一歩、前へ踏み込んだ。

斬撃の勢いを殺さない。


剣を途中で止めない。

身体ごとレナの横を通り抜ける。


最後には、刃がアレンの左肩より後ろへ抜けた。

その頃には。

アレンはすでにレナの背後にいた。


剣先は斜め上。

身体はレナと同じ方向を向いている。


そして。

振り返らない。


数歩進んでから、アレンが足を止めた。

静寂。

レナがゆっくりと槍を下ろした。


「……」


ミアは目を丸くしている。


「今の……」

「これが孤月だ」


アレンが答えた。

レナは自分の身体を見る。

もちろん、刃は当たっていない。


だが。

もし実戦だったなら。

槍を突き出した勢いのまま、首元を斬られていた。


「避けてから斬ったんじゃないのね」


レナが言った。


「ああ」

「避ける動きの途中から、もう斬撃が始まってる」

「その通りだ」

「しかも、斬ったあとに止まらない」


レナがアレンの背中を見る。


「そのまま相手の横を抜けて、背後まで行く」

「そうだ」


マリスが静かに口を開いた。


「最初の半歩が重要なのね」


アレンが振り返る。


「よく分かったな」

「ただ横へ避けているわけじゃない」


マリスが続ける。


「相手の攻撃線から外れながら、次の一歩で相手の外側へ入るための位置を取っている」

「ああ」

「だから、相手が攻撃を終えたときには、すでにこちらの斬撃が始まっている」

「そういうことだ」


マリスはアレンの足元を見る。


「そして最後は、斬撃だけで敵を倒すんじゃない。身体ごと敵の横を抜ける」

「ああ」

「だから背後に出られる」


アレンは頷いた。


「剣だけを振っても、孤月にはならない」

「……なるほど」


レナが腕を組む。


「つまり、避ける、踏み込む、斬る、抜ける。この四つが一つの動きなのね」

「そうだ」

「途中で止まったら?」

「失敗だ」

「なるほどね」


レナはもう一度、アレンの動きを思い返す。

半歩。

外側。

踏み込み。

下から上へ。

弧を描き、通り抜ける。

そして背後。


「月っていうのは、あの斬撃の軌道?」


レナが尋ねた。

アレンは少し考えた。


「それもある」

「それも?」

「ああ」


アレンは剣を見た。


「斬撃の軌道が、三日月に見える」


低い位置から始まり。

敵の身体の前を弧を描いて通り。

最後には高い位置へ抜ける。


「だから孤月だ」


ミアが小さく呟く。


「……綺麗ですね」

「でも」


 レナが槍を見た。


「複数相手には使いにくそう」


アレンは頷いた。


「その通りだ」

「やっぱり」

「孤月は一対一を前提にしている」


アレンは剣を軽く振った。


「相手が一人なら、攻撃を避ける」


半歩。


「外側へ入る」


一歩。


「斬る」


剣が下から上へ走る。


「そのまま抜ける」


アレンが身体を半回転させる。


「そして背後へ出る」


剣が止まった。


「相手が一人なら、これで終わる」

「でも、二人目がいたら?」

「背後へ回った瞬間、もう一人の攻撃を受ける」

「三人なら?」

「さらに難しい」


レナは腕を組んだ。


「つまり、強いけど条件が厳しい技なのね」

「そうだ」

「どうしてそんな技を?」


レナの問いに。

アレンは少しだけ黙った。


「……前は、それで十分だったからだ」


ミアが首を傾げる。


「十分?」

「ああ」

「どうして?」

「一人で戦っていたからな」


短い言葉だった。

それだけ。

けれど、三人は何も言わなかった。





アレンは再び剣を構えた。


「もう一度やる」

「え?」


ミアが目を瞬く。


「今度は、誰か一人が攻撃して、もう一人が邪魔してみろ」

「邪魔?」

「ああ」


レナが笑った。


「なるほど。孤月の弱点を試すのね」

「そうだ」

「じゃあ私が攻撃する」


レナが槍を構える。

ミアは少し離れたところへ立った。


「私はどうすれば?」

「俺の動きを見て、横から近づいてくれ」

「攻撃するんですか?」

「任せる」

「分かりました」


レナが踏み込む。

槍が突き出される。

アレンは先ほどと同じように半歩ずれる。


右足が斜め後ろへ。

槍が身体の横を通り過ぎる。


次の一歩。

左足がレナの外側へ入る。


ここまでは、同じ。

アレンの剣が低く構えられる。


そして。


「アレンさん!」


ミアが横から近づいた。

アレンの足が止まる。


ほんの一瞬。

それだけだった。


だが。

孤月の軌道は、そこで途切れた。

刃を振れば、ミアへ背中を向けることになる。

そのまま抜ければ、ミアのいる方向へ踏み込むことになる。


孤月は、次の敵を考えていない。

アレンは剣を振らず、後ろへ下がった。

レナも槍を止める。


「……なるほど」


レナが頷いた。


「二人目がいるだけで、完成しない」

「ああ」

「相手の背後へ抜けることを前提にしているから、そこを塞がれると使えない」

「そうだ」


ミアが少し考える。


「じゃあ、昨日の影と戦ったときも……」

「ああ」


アレンは剣を鞘へ戻した。


「あいつは孤月を知っていた」

「五千年前のアレンさんだから?」

「そうだ」

「だから、同じ技で戦っても勝てなかったんですね」

「ああ」


ミアは昨日の戦いを思い出した。

二人の剣は、まるで鏡だった。

どちらも相手の動きを知っていた。


どちらも同じ技を使えた。

だから。

一人では、決着がつかなかった。


「でも」


ミアが言う。


「昨日は、私たちがいた」

「ああ」

「だから勝てた」


アレンは答えなかった。

代わりに、少しだけ空を見上げた。

朝の空に、月はもう見えない。


「……そうだな」


レナがアレンを見る。


「孤月って、月が一人で浮かんでいるように見えるから?」


アレンは少し考えた。


「昔、そう思った」

「昔?」

「ああ」

「五千年前?」

「そうだ」


レナは黙った。

ミアが小さく笑う。


「じゃあ、名前も五千年前につけたんですね」

「ああ」

「アレンさんが?」

「そうだ」


マリスが口を挟んだ。


「ずいぶん詩的なのね」

「そうか?」

「ええ」


マリスは空を見上げる。


「一人で戦うための技に、孤月なんて名前をつけるくらいだから」

「……」


アレンは何も言わなかった。

ただ。

剣の柄へ手を置いた。


「もう一つ」


ミアが言った。


「何だ?」

「私たちにも使えますか?」

「無理だ」

「即答……」


ミアが頬を膨らませる。


「どうしてですか?」

「剣技だからな」

「剣を使えば?」

「君は杖以外使えないだろ」

「……」


ミアは杖を見る。


「レナさんは?」

「槍だ」

「マリスさんは?」

「弓」


 

「……」

ミアが少し考える。


「じゃあ、私たちは孤月を使えないんですね」

「ああ」


アレンはそう答えた。

けれど。

少しだけ考えてから。


「ただ」

「ただ?」

「同じ考え方なら、別の形にはできるかもしれない」


三人がアレンを見る。


「攻撃を避ける」


アレンが言う。


「相手の動きを利用する」

「そして、自分の攻撃へ繋げる」


レナが頷く。


「なるほど」

「武器が違えば、形も変わる」


マリスが静かに言った。


「つまり、孤月そのものではなく、その本質を使う」

「ああ」


アレンは頷いた。


ミアが笑った。


「なんだか、少し楽しみですね」

「何がだ?」

「いつか私たちにも、そういう技ができるかもしれないじゃないですか」

「……そうだな」


アレンは剣を鞘へ戻した。

そのとき。

ミアがふと尋ねた。


「アレンさん」

「なんだ?」

「五千年前も、こうやって一人で技の練習をしてたんですか?」


アレンの足が止まった。


「……ああ」

「ずっと?」

「ああ」

「一人で?」

「ああ」


ミアは少しだけ黙った。

レナも何も言わない。


マリスだけが、アレンをじっと見ていた。

けれど、誰もそれ以上は聞かなかった。


アレンは街道へ戻る。

三人も後を追う。


歩きながら、アレンは一度だけ振り返った。

さっきまで立っていた草原。


そこには、もう誰もいない。

五千年前。

同じように一人で剣を振っていた。


何度も。

何度も。


誰かに見せるためでもなく。

誰かに教えるためでもなく。


ただ、生き残るために。

その技に。

孤月という名前をつけた。


けれど今。

その技を見せた場所には、三人がいた。


ミア。

レナ。

マリス。


アレンは前を向いた。


「……行くか」

「はい」

「ええ」

「そうね」


三人の返事が返ってくる。

四人の足音が、街道に重なった。


孤月は、一人で戦うための剣だった。

五千年前のアレンには、それで十分だった。


けれど今。

その技を語るために振り返ったとき。

アレンは、一人ではなかった。

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