↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/21

海の向こう



北の港町ルーヴェンに来てから、二週間が経った。


最初に受けた海岸の魔物討伐を終えたあとも、三人はすぐに町を出なかった。

理由は、特にない。

次の目的地が決まっていなかったからだ。


「……もう、すっかり慣れましたね」


港を歩きながら、ミアが言った。


「何に?」

「この町にです」

「そうか?」


アレンは周囲を見回す。


石畳の道。

港に並ぶ船。

魚を売る声。

潮の匂い。


二週間もいれば、確かに見慣れた景色ではあった。


「私は結構好きですよ、この町」


ミアが笑う。


「魚も美味しいですし」

「結局、それか」


レナが呆れたように言う。


「いいじゃないですか。旅先で美味しいものを食べるのも大事ですよ」

「そうね」


レナも笑う。


三人は今日も、特に急ぐことなく港を歩いていた。






ルーヴェンでの二週間は、思っていた以上に穏やかだった。

最初の数日は、冒険者ギルドから受けた依頼をこなした。


北側海岸に出る魔物を討伐し、漁師たちが安全に船を出せるようにする。

その後は、港の荷物運び。

商船の護衛。

海岸近くの魔物の見回り。

時には、船の修理を手伝う依頼まであった。


「アレンさん、これ持てます?」

「持てる」

「じゃあ、こっちも」

「……これもか?」

「はい」

「何個あるんだ?」


「さあ?」

「君は持たないのか」

「私、重い物苦手なんです」

「なんなの君?」


そんなやり取りをしながら、三人は港町での日々を過ごしていた。


ミアは地の魔法を少しずつ使いこなせるようになっていた。

小石を浮かせる程度だったものが、今では地面から小さな岩を持ち上げたり、足場を作ったりできる。


「見てください!」


ある日の海岸。

ミアが両手を前に出す。

砂浜の一部が盛り上がり、小さな壁になった。


「どうですか?」


「前より安定してるわね」

レナが頷く。


「本当ですか?」

「ええ」


ミアは嬉しそうに笑う。

アレンも壁を見る。


「悪くない」

「……!」


ミアの顔が輝いた。


「今、褒めました?」

「そうだな」

「ちゃんと褒めました?」

「二回言う必要あるか?」

「あります!」


レナが笑う。


「アレンに褒められるの、嬉しいのね」

「だって、アレンさんってあんまり褒めてくれないじゃないですか」

「そうか?」

「そうですよ」


「なら、これからはもう少し言う」

「本当ですか?」

「ああ」


ミアが嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、頑張ります!」


その横でレナが小さく笑った。

アレンはそんな二人を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。






別の日には、三人で釣りをした。


正確には、ミアとレナが釣りをした。

アレンは少し離れた岩場に座っていた。

その足元には、すでに十匹以上の魚が並んでいる。


「……」


ミアが魚を見る。

それからアレンを見る。

もう一度、魚を見る。


「アレンさん」

「なんだ?」


「これ、いつ釣ったんですか?」

「さっきから」

「さっきって……」


ミアが魚の数を数える。


「……十匹以上ありますよ?」

「そうだな」

「私たち、まだ一匹も釣れてないんですけど」

「そうか」

「なんでそんなに普通なんですか!?」


レナも魚を見る。


「確かに、釣るの早すぎない?」

「そうか?」


「餌を入れてから、ほとんど待ってなかったでしょう」

「魚がいたからな」

「魚がいたからって釣れるわけじゃないのよ」

「そうなのか?」


レナが呆れたように笑う。


「あなた、本当に何でもできるわね」


アレンは特に気にした様子もなく、釣り糸を海へ垂らす。


「……ほら」


竿が軽く動いた。

アレンが引く。

魚が一匹、海面から飛び出した。


「……」


ミアが固まる。

レナも黙る。

アレンは魚を釣り上げると、足元へ置いた。


「これで14匹目だ」

「数えてたんですか!?」

「なんとなく」


ミアが頬を膨らませる。


「ずるいです……」

「何がだ?」

「私たちにも釣らせてください!」


「釣ればいいだろ」

「それができないから言ってるんです!」


レナが吹き出した。


「ほら、ミア。焦らないで。魚が来るまで待ちましょう」

「はい……」


二人は並んで釣り糸を垂らす。

しばらくして。


「……来ました!」


ミアの竿が大きくしなる。


「えっ、えっ、どうすれば!?」

「引け」

「分かりません!」


レナが横から竿を支える。


「ミア、落ち着いて!」

「はい!」


二人で力を合わせて引き上げる。

水面から飛び出した魚が、砂浜に落ちた。


「やった!」


ミアが両手を上げる。

レナも笑った。


「初めてにしては上出来ね」

「アレンさん!」


ミアが振り返る。


「見ました!?」

「ああ」

「どうでした?」


「魚だな」

「またそれですか!」


レナが吹き出した。


「もう少し何か言ってあげなさいよ」


アレンはミアの釣った魚を見る。


「……食べれそうだ」

「それだけ!?」


ミアの声が海岸に響いた。






そんな日々を繰り返しているうちに、二週間が過ぎた。

ある日の夕方。

三人は冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。


「次はどこに行きましょうか?」


ミアが言う。


「西へ行く依頼もあるわね」


レナがいくつかの依頼書を見る。


「南にも町があるみたい」

「北は海しかないですね」


ミアが地図を見る。


アレンは、壁に貼られた一枚の紙を見ていた。

それは依頼書ではなかった。

船の運航予定表だった。


ルーヴェンから北西へ。

海を越えた先には、別の国がある。


「……海の向こう」


ミアがアレンの視線に気づく。


「向こうにも国があるんですよね」

「ああ」


レナも地図を覗き込む。


「この先には大きな国があるみたいね」

「行ってみたいです」


ミアが二人を見る。

レナは少し考えた。


「私はいいと思うわ」


アレンは特に反対しなかった。


「じゃあ、決まりですね」


ミアが笑った。


「明日の船を調べてみましょう!」





翌朝。


港には、いつもより多くの人が集まっていた。

船員たちが荷物を運び、商人たちが積み荷を確認している。

三人は乗船券を手に、船着き場へ向かった。


「本当に船に乗るんですね……」


ミアが船を見上げる。

大きな帆船だった。

何本もの帆柱が空へ伸びている。


「怖い?」


レナが聞く。


「少しだけ」

「大丈夫よ」

「レナさんは平気なんですか?」

「私はこういうの、嫌いじゃないわ」


レナは船を見上げる。


「新しい場所へ行くって感じがするから」

「なるほど……」


ミアは頷いた。

そしてアレンを見る。


「アレンさんは?」

「乗ったことはある」

「え?」


ミアが目を丸くする。


「船に?」

「ああ」

「いつですか?」


「昔」

「……またそれですか」


レナが笑う。


「もう驚かなくなってきたわ」

「でも気になりますよ!」


ミアがアレンを見る。


「どんな船だったんですか?」


アレンは少しだけ考えた。


「……小さかった」

「え?」

「今の船より、ずっと」


それだけ言うと、アレンは船へ向かって歩き始めた。

ミアは少し考え込んだ。


「……昔の船って、どんなだったんでしょう?」

「本人に聞いても、たぶん『昔は昔だ』で終わるわよ」


レナが笑う。


「それもそうですね」


二人も後を追った。



大きな汽笛と共に船が港を離れる。

ゆっくりと陸地が遠ざかっていく。


「わぁ……」


ミアが甲板から海を見下ろした。

ルーヴェンの町が、少しずつ小さくなっていく。


「二週間しかいなかったのに」


ミアが呟く。


「なんだか、ちょっと寂しいですね」

「そうね」


レナも港を見る。

アレンは黙っていた。


遠ざかっていく町。

白い建物。

大きな港。


その景色を見ていると、一瞬だけ別の景色が重なった。

小さな桟橋。

今よりずっと少ない船。

海風に揺れる粗末な網。


――それだけだった。


アレンは目を瞬く。

目の前にあるのは、見慣れた大きな港町だった。


「アレンさん?」


ミアが振り返る。


「どうした?」

「また、何か考えてました?」

「いや」


アレンは海を見る。


「……変わったなと思っただけだ」

「町が?」

「ああ」


ミアは少し不思議そうにしながらも、それ以上は聞かなかった。

三人はしばらく甲板に並んで立っていた。





船旅は順調だった。


初日の昼を過ぎた頃。

ミアが甲板の端で海を眺めている。


「海って、どこまで続いてるんでしょうね」

「向こうまでよ」


レナが答える。


「その向こうは?」

「また海じゃない?」

「じゃあ、その先は?」

「……世界の果てまで?」


ミアが真剣な顔で海を見る。

アレンが言った。


「世界の果てなんてない」

「え?」

「海の向こうにも土地がある」

「知ってるんですか?」

「ああ」


「……昔、行ったことが?」

「ある」

「やっぱり!」


ミアが声を上げる。

レナが笑う。


「もう聞くのやめた方がいいわよ」

「でも気になります!」


アレンは海を見たまま言った。


「そのうち分かる」

「そのうち……」


ミアは少しだけ考えてから、

「じゃあ、楽しみにしてます」

と笑った。


アレンは何も言わなかった。

ただ、遠くの海を見ていた。





その日の夕方。

ミアが船酔いで甲板の端に座り込んでいた。


「……気持ち悪いです」

「だから昼から走り回るなと言っただろ」

「走ってません……」

「ずっと船の上を歩いてただろ」

「それは……」


レナが隣で笑う。


「初めての船なんだから仕方ないわよ」

「レナさんは平気なんですね」

「私は大丈夫」

「羨ましい……」


アレンが水を渡す。


「飲め」

「ありがとうございます……」


ミアは水を受け取る。

少し飲んでから、アレンを見上げた。


「アレンさんって、本当に何でも平気ですよね」

「そうか?」

「船も平気だし、魔物も平気だし、山も平気だし……」


「慣れてるだけだ」

「何年くらい?」


「……5000年?」


「また適当!」


レナが笑った。


「まあ、アレンらしいけどね」


三人の笑い声が、夕暮れの海に溶けていった。





翌日の朝。


海の向こうに、陸地が見えた。


「見えてきました!」


ミアが声を上げる。

甲板から遠くを見る。

水平線の先。

薄い霧の向こうに、大きな陸地が浮かんでいる。


「隣の国ね」


レナが言う。

港が近づくにつれ、建物の姿も見えてきた。

ルーヴェンとは違う街並み。


高い塔。

石造りの建物。

そして、港を行き交う人々。


その中には、人間とは少し違う姿をした者たちもいた。


「……あれ?」


ミアが目を凝らす。

長い耳を持った女性が、港の奥を歩いている。


「エルフですよね?」

「ああ」


レナも頷く。


「初めて見たわ」


ミアは興味深そうに眺める。

アレンは何も言わなかった。

ただ、その姿を一瞬だけ見ていた。


長い耳。

淡い髪。

そして、背中に弓を背負っている。


珍しいものではない。

少なくとも、アレンにとっては。


けれど。

そのエルフがこちらを振り返った。

一瞬。

目が合った。


彼女は何かを感じ取ったように、わずかに目を細める。

アレンも同じように彼女を見る。

しかし、船はそのまま港へ進んでいった。

やがて視線が途切れる。


「アレンさん?」


ミアが振り返る。


「どうしました?」

「……なんでもない」


アレンは海の向こうを見た。


新しい国。

新しい土地。


そして――

まだ知らない人々。


三人の旅は、海を越えた。

この先で待っている出会いが、

彼らの旅を大きく変えていくことを

このときの三人は、まだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。