かまぼこのゴール理論
胃痛=桐谷先生=苦労人=勇者
私は桐谷颯太。この学校の教師をやっている。
長年教師をやっていると、なんとなく分かることがある。
今日は何か起きる。
――朝の校門前。
空気は妙に静かだった。
遠足でもない。体育祭でもない。
ただのウォークラリーだ。
本来なら大きな問題は起きないはず。
だが、こういう日に限って何か起きる。
私は経験で知っていた。
そして開始三分。
「きりせーん!」
全力で走ってくる生徒が見えた瞬間、私は確信した。
来た。
「なんだ」
「サンダルで来ちゃいました!!」
来た。
思わず目を閉じる。
「履き慣れた靴で来てとは言ったけど……サンダルはないだろ!?」
「えぇ!?うそー!?履き慣れてるのにぃ!?」
悪気がない。
一番困るタイプだ。
私はため息をついた。
「先生の靴貸すから、それ履いとけ」
「いいんですか!?わぁ、ぴったりだ!」
なぜぴったりなのか。
私は考えないことにした。
朝から疲れる。
その横では二年B組が整列していた。
いつも通り賑やかだ。
特にあの班。
風間、夜凪姉妹、霧島、砂霧。
嫌な予感しかしない。
「よし、絶対楽しいやつじゃんこれ!」
風間はすでに楽しそうだ。
「歩くってどのくらい歩くんだろ……」
霧島は少し不安そう。
正常だ。
正常な反応だ。
「とりあえず、歩けばつくでしょ〜」
夜凪奏音。
始まった。
「その理屈は危ない」
砂霧が即座に止める。
助かる。
本当に助かる。
「奏音の言うとおり、歩けば、つくよねー」
夜凪音波。
増えた。
私は空を見上げた。
このクラスで山は大丈夫なのだろうか。
答えは分からなかった。
そして出発した。
最初のうちは平和だった。
少なくとも私にはそう見えた。
だが十分後。
見回り中の私は異変を目撃する。
田んぼ道の向こう。
何かが走っている。
最初は犬かと思った。
違った。
生徒だった。
しかも女子生徒二人。
猫じゃらしを振り回している。
「「わぁー!なにこれ!面白い!!」」
夜凪姉妹だった。
私は立ち止まった。
その後ろで砂霧が何か言っている。
止めようとしているらしい。
無理だろう。
私でも無理だ。
遠くで中3が固まっていた。
気持ちは分かる。
とても分かる。
――山の中間地点。
私は休憩所へ向かっていた。
そこで異様な光景を見る。
草むらが揺れた。
「やっほー」
「着いたよー」
夜凪姉妹だった。
山から出てきた。
正規ルートではない方向から。
私は地図を見た。
山を見た。
双子を見た。
もう一度地図を見た。
意味が分からなかった。
「え、どこ通ってきたの?」
風間が聞く。
ありがとう。
私も知りたい。
「こっち」
「道ないぞ」
その通りだ。
道はない。
なのにいる。
「道ってさ、歩いたあとにできるの。だから、歩ける場所は全部私たちの『らいふろーど』ってこと!」
私は思った。
教師人生二十年近くになるが、
らいふろーどという単語を聞いたのは初めてだ。
そしてできれば最後にしたい。
――再び山道。
少し離れた場所から様子を見る。
嫌な予感がする。
「こっち行った方が早くない?急斜面だけどね。」
やめてくれ。
「きっとかまぼこもゴールなんだよ。」
もっとやめてくれ。
かまぼこは何だ。
なぜ突然現れた。
私は教育学を学んだ。
心理学も学んだ。
しかし、かまぼこのゴール理論は習っていない。
その直後。
「左行こうか!」
夜凪奏音が言う。
体は右へ進んでいた。
「今左って言っただろ」
砂霧が言う。
正論だ。
「うん、右」
返事が返ってきた。
私は考えるのをやめた。
――しばらく後。
目の前を猫じゃらしを振り回す中学二年生二人が通過する。
ぶん。
ぶん。
風だけが忙しい。
私は言葉を失った。
後ろから砂霧が歩いてくる。
「すみません、気にしないでください」
私は返事をした。
「ア、ハイ」
自分でも驚くほど思考が停止していた。
――そしてゴール。
学校が見えた瞬間。
「ゴールだーー!!」
風間が走る。
元気だな。
本当に元気だ。
「「一旦ここで休憩しよう!!」」
夜凪姉妹が叫ぶ。
そこはゴールだ。
休憩所ではない。
私は訂正しなかった。
もういい。
全員無事ならそれでいい。
霧島は深く息を吐いた。
砂霧は遠い目をしている。
私も同じ気持ちだった。
だから最後にこう言った。
「……全員、無事でよかった…ということにしておく。」
本心だった。
本当に本心だった。
すると後ろから声がした。
「せんせー!靴返すの忘れてたー!!」
私は空を見上げた。
今日一日を振り返る。
クロックス。
猫じゃらし。
らいふろーど。
かまぼこ。
左右崩壊。
そして靴。
私は静かに思った。
明日は職員室で黙ってコーヒーを飲もう。
絶対に飲もう。
これでウォークラリー編は終了になります。次は、、、、、体育祭です!




