どこだろ、異世界?
放課後。
夕暮れの道を、二人の少女が並んで歩いていた。
「今日さー、帰ったら何する?」
奏音が、隣を歩く音波に尋ねる。
「んー……おやつ食べる」
「いいね」
「奏音は?」
「私? 寝る」
「じゃあ一緒だね~」
「寝るのは一緒じゃないでしょ」
「そう?」
音波はのんびり笑った。
いつもの帰り道。
いつもの住宅街。
いつもの二人。
何も変わらない、普通の一日だった。
……そのはずだった。
「ねえ、音波」
「んー?」
奏音が足を止める。
「なんか、変じゃない?」
「なにが?」
「空」
音波も空を見上げた。
夕焼け色だった空に、いつの間にか妙な光が浮かんでいる。
赤でもない。
オレンジでもない。
青白い光。
それが、二人の頭上でゆっくりと渦を巻いていた。
「……きれい」
音波が呟く。
「ね」
奏音も見上げる。
二人とも、まだそれが何なのか理解していなかった。
ただ、綺麗だった。
だから。
「触ってみようかな」
「奏音?」
奏音が一歩、前へ出る。
「ちょっと待って」
音波が手を伸ばす。
その瞬間だった。
光が、弾けた。
「え?」
足元から、地面が消えた。
「わ」
奏音の身体が落ちる。
「奏音!」
音波が手を掴む。
けれど。
「音波も落ちてるよ」
「ほんとだ~」
二人はそのまま、光の中へ吸い込まれていった。
夕暮れの住宅街から。
二人の姿だけが、忽然と消えた。
---
次に目を開けたとき。
「……ん?」
奏音は、草の上に寝転がっていた。
「……ここ、どこ?」
身体を起こす。
見渡す。
木。
木。
木。
そして。
「……森?」
隣では、音波もゆっくり起き上がった。
「奏音~」
「なに?」
「ここ、知らない場所だね~」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
数秒。
沈黙。
そして奏音が、ぽつりと言った。
「……異世界じゃない?」
音波は少し考えた。
「異世界かも~」
「だよね」
「どうする?」
奏音は立ち上がった。
そして。
「冒険しよう」
「うん~」
迷いがなかった。
二人は、森の奥へ歩き出した。
その直後。
遠くから、巨大な獣の咆哮が響いた。
「…………」
「…………」
二人は止まる。
音波が奏音を見る。
奏音も音波を見る。
そして。
「……今の、動物?」
「たぶん~」
「見に行こうか」
「行こう~」
二人は、咆哮の聞こえた方向へ歩き出した。
このとき二人は、まだ知らなかった。
この世界で起こる出来事が。
後に、この国の歴史に残るほどの騒動になっていくことを。
森の奥へ進んでいくと、少し開けた場所に出た。
そこには、大きな岩がいくつも転がっている。
「ねえ、奏音」
「ん?」
「魔法って使えるかな~」
音波が何気なく言った。
「魔法?」
奏音は少し考える。
「……やってみよう」
「うん~」
二人は並んで立った。
奏音が右手を前に出す。
音波も右手を前に出す。
「ふぁいやー」
「ふぁいやー」
二人の声が、ぴったり重なった。
次の瞬間。
ボッ。
小さな火の玉が出る。
……はずだった。
「え?」
「ん?」
二人の目の前に現れたのは、想像していたものとはまるで違った。
巨大な炎。
一瞬で視界を埋め尽くすほどの火球が、轟音を響かせながら前方へ飛んでいく。
「「え?」」
ドゴォォォォォン!!
地面が揺れた。
木々が大きく揺さぶられる。
遠くにあった岩が、まとめて吹き飛んだ。
しばらくして。
森が静かになった。
二人は無言で、前を見る。
そこには。
さっきまで岩が転がっていた場所とは思えないほど、大きく開いた地面が広がっていた。
「…………」
「…………」
奏音が音波を見る。
音波も奏音を見る。
「……今の、ふぁいやー?」
「ふぁいやーだね~」
「強くない?」
「強いね~」
奏音は自分の手を見る。
「……もう一回やってみる?」
「いいよ~」
「待て待て待て!!」
突然、森の奥から声が飛んできた。
二人が振り向く。
そこには、顔を真っ青にした男が立っていた。
「何をやってるんだ、お前たちは!?」
「ふぁいやー」
奏音が答える。
「見れば分かる!!」
男は叫んだ。
「普通の子供が使う火属性魔法で、森の一部を吹き飛ばすな!!」
「普通じゃないの?」
音波が首を傾げる。
「普通じゃない!!」
即答だった。
奏音と音波は、もう一度顔を見合わせる。
そして。
「「へぇ~」」
異世界に来て、まだ数十分。
二人はすでに、この世界の「普通」から大きく外れていた。
「と、とりあえず……!」
男は額を押さえた。
「お前たち、ここにいたら危ない。俺についてこい」
「どこ行くの?」
奏音が聞く。
「王都だ」
「おうと?」
「この国で一番大きな街だ。お前たちみたいな……その、よく分からない子を森に放置するわけにはいかない」
「じゃあ行こう」
「うん~」
あまりにもあっさりしていた。
男は少しだけ不安そうな顔をした。
「……本当にいいのか?」
「いいよ」
「王都って楽しそうだし~」
「……そうか」
こうして二人は、男の案内で森を抜けることになった。
---
しばらく歩くと。
木々の隙間から、巨大な城壁が見えてきた。
「わぁ」
奏音が足を止める。
「大きいね~」
音波も見上げる。
高くそびえる白い城壁。
その向こうには、いくつもの塔と建物が並んでいる。
門の前には、鎧を着た兵士たち。
馬車が行き交い、人々が忙しそうに歩いていた。
「ここが……王都」
奏音の目が輝く。
「なんかゲームみたい」
「人いっぱいだね~」
「おい、二人とも」
案内してくれた男が振り返る。
「勝手にどこかへ行くなよ」
「分かった」
「うん~」
二人は素直に返事をした。
ただし。
奏音はすでに左右をきょろきょろ見回している。
音波もその隣で、同じように街を眺めている。
「……本当に大丈夫だろうな」
男は小さく呟いた。
---
王都の中心部。
大通りには、見たことのない店が並んでいた。
武器屋。
防具屋。
魔道具店。
見たことのない食べ物を売る屋台。
そして、魔法使いらしき人々。
「奏音」
「なに?」
「この世界、面白いね~」
「うん」
二人は楽しそうに笑った。
まだ自分たちが、どうしてこの世界に来たのかも分からない。
元の世界に帰れるのかも分からない。
それでも。
今はただ。
目の前に広がる未知の世界が、楽しかった。
「……まずは王城に行くぞ」
男が言った。
「王様に、この二人のことを報告する」
「王様!?」
奏音の目がさらに輝く。
「会えるの?」
「たぶんな」
「すごいね~」
音波も楽しそうに笑う。
男は二人を見て、深くため息をついた。
どうやら。
この二人を王城へ連れていくこと自体が、すでに大事件の始まりだった。
王城へ通されると、二人は大きな部屋へ案内された。
中央には、透明な水晶が置かれている。
「これは職業を確認するための魔導具だ」
案内してくれた男が説明する。
「手を触れるだけで、その者に最も適した職業が表示される」
「へぇー」
奏音が水晶を覗き込む。
「やってみていい?」
「もちろんだ」
奏音が水晶に手を置いた。
すると。
水晶が眩い光を放つ。
文字が浮かび上がった。
【職業:聖騎士】
「おお……!」
周囲から声が上がる。
「聖騎士だと!?」
「しかも、この年齢で……?」
奏音本人はというと。
「聖騎士だって」
「すごいね~」
音波が拍手する。
「じゃあ次、音波ね」
「うん~」
音波が水晶へ手を伸ばす。
再び、光が弾けた。
【職業:聖女】
「……聖女!?」
今度こそ、部屋が騒然とした。
「聖女だと!?」
「まさか……!」
「この二人、いったい何者なんだ……!?」
奏音と音波は顔を見合わせる。
「聖騎士と聖女だって」
「姉妹で?」
「双子だよ~」
「そこじゃない!!」
王城中に響きそうな声だった。
その瞬間。
ぽんっ。
奏音の頭に、何かが生えた。
「……?」
白銀色の狼耳。
ぴくっ。
「…………」
部屋が静まり返る。
奏音が頭に手を伸ばす。
触れる。
ふわっ。
「……耳?」
音波が奏音の頭をじっと見る。
「狼さんの耳だね~」
「なんで?」
その直後。
ぽんっ。
今度は音波の頭にも何かが生えた。
白くて長い耳。
「…………」
「…………」
音波が自分の頭を触る。
「うさぎさん?」
「うさぎだね~」
二人はしばらく無言で見つめ合った。
そして。
奏音の狼耳が、ぴくぴく動いた。
「……動く」
音波のうさぎ耳も、ぴょこんと揺れる。
「私も動く~」
王城の人々は完全に固まっていた。
聖騎士。
聖女。
そして、それぞれに現れた獣耳。
そんな前例は、誰も知らなかった。
奏音は自分の耳を触りながら首を傾げる。
「これ、取れないのかな」
音波も自分の耳を触る。
「かわいいからいいんじゃない?」
「そう?」
「うん~」
二人は特に気にしていなかった。
一方。
部屋の隅にいた魔導師は、震える手で記録用の紙を握りしめていた。
「……王に報告しなければ」
今日、王都に現れた二人の少女。
この時点で、すでにただの異世界人ではないことが明らかになり始めていた。




