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修学旅行編 第八話

清水寺をあとにした五人は、ゆるやかな坂道を歩いていた。

石畳。

町家。

軒先に並ぶ和雑貨。

京都らしい景色がどこまでも続いている。

「わぁ……。」

遥菜は歩きながら何度も辺りを見回す。

「どこ見ても写真撮りたくなる!」

「歩きながら撮るなよ。」

琉生が声を掛ける。

「前見て。」

「はーい。」

返事は元気だが、カメラはまだ構えている。

唯月はお店を一軒一軒見ていた。

「かわいい小物多いね。」

「お箸とか扇子とか……。」

「見て!」

奏音がショーウィンドウを指差す。

そこにはガラス細工が並んでいた。

青や緑、赤。

光を受けてきらきら輝いている。

「きれい。」

音波も思わず足を止める。

二人は顔を近づけるように見つめていた。

「欲しい?」

琉生が聞く。

奏音は少し考えてから首を振る。

「見るだけでも楽しい。」

「うん。」

音波も笑う。

その言葉に、唯月も微笑んだ。

「なんか二人らしい。」

また歩き始める。

今度は、お茶の香りがふわっと漂ってきた。

「抹茶だ!」

遥菜の鼻が反応する。

「絶対あっち!」

香りのする方を見ると、小さな甘味処があった。

店先には抹茶ソフトクリームの看板。

「食べたい!」

遥菜が振り返る。

「いい?」

琉生は時計を見る。

「少しくらいなら。」

「やったー!」

五人は列に並ぶ。

「私は抹茶!」

「私はミックス!」

「奏音たちは?」

奏音はメニューを見つめる。

「……。」

音波も見つめる。

「決まらない。」

「いっぱいある。」

「じゃあ一緒に選ぼう。」

二人は顔を見合わせる。

「抹茶。」

「抹茶。」

「同じ。」

「同じ。」

結局、双子は同じ抹茶ソフトを選んだ。

受け取ると、奏音は目を輝かせる。

「いただきます。」

一口。

「!」

目が丸くなる。

「おいしい!」

音波も一口。

「濃い。」

「抹茶だ。」

「抹茶だね。」

遥菜が笑う。

「それ以外の感想!」

五人で笑いながら坂を歩く。

その途中。

奏音が立ち止まった。

「……。」

「どうした?」

琉生が振り返る。

奏音は道路脇を指差した。

小さな猫が一匹。

店先で丸くなって眠っている。

「猫。」

音波もしゃがみ込む。

「寝てる。」

二人は少し離れた場所から静かに見守る。

起こさないように。

ただ見ているだけ。

猫は気持ちよさそうに眠ったままだ。

「かわいい……。」

奏音が小さく笑う。

その優しい表情に、唯月もつられて笑顔になる。

「連れて帰りたい?」

遥菜が聞く。

奏音は首を振った。

「ここがお家だから。」

音波も頷く。

「ここが一番。」

猫は少しだけ目を開ける。

双子を見る。

「にゃあ。」

一声鳴くと、また丸くなった。

「挨拶された。」

奏音が嬉しそうに笑う。

「認められた。」

音波もどこか満足そうだった。

「そろそろ行くぞ。」

琉生が声を掛ける。

「うん!」

双子は猫に小さく手を振る。

「またね。」

「ばいばい。」

歩き始める五人。

その少し後ろ。

桐谷先生が他の班の確認をしながら歩いていた。

ふと、双子たちの班を見る。

(ちゃんと歩いてるな。)

寄り道も少ない。

迷子にもなっていない。

(今日は平和だ。)

そう思った、そのときだった。

遥菜が勢いよく前を指差す。

「見て!」

「八つ橋の試食だ!」

五人の視線が一斉に向く。

奏音と音波の目が、ぴかっと輝いた。

「試食。」

「ある。」

「行こう。」

「行こう。」

二人が同時に歩き出す。

桐谷先生はその様子を見て、小さく笑った。

(……いや。)

(やっぱり平和では終わらないか。)

京都の街に、五人の笑い声がまた響き始めた。


二年坂を歩き終え、五人は次の目的地へ向かっていた。

両手には少しずつ増えたお土産袋。

遥菜は抹茶味のお菓子。

唯月は和柄のしおり。

琉生は家族への八つ橋。

奏音と音波は、おそろいの小さなガラス細工を買っていた。

青と桃色。

光に当たると、きらりと輝く。

「これ、部屋に飾ろ。」

奏音が嬉しそうに笑う。

音波も同じように眺める。

「並べよう。」

「絶対きれい。」

歩きながら何度も箱を見てしまう二人に、遥菜が笑う。

「そんなに嬉しい?」

「うん。」

即答だった。

そのまま石畳を歩いていると、角を曲がった先に人だかりが見えた。

「なんだろ。」

唯月が背伸びをする。

大道芸人だった。

細長い棒を立て、その上で皿を回している。

「すご!」

遥菜が思わず立ち止まる。

「ちょっとだけ見よう!」

琉生は時計を見る。

「……五分だけな。」

「やった!」

五人は人混みの後ろへ並んだ。

皿が回る。

拍手が起こる。

今度はジャグリング。

会場がどっと沸いた。

奏音は目を輝かせていた。

「すごい。」

音波も頷く。

「落ちない。」

最後は大技。

高く投げたクラブをきれいに受け止める。

大きな拍手。

「ありがとうございました!」

大道芸が終わる。

「面白かった!」

遥菜は満足そうだった。

「さて。」

琉生が時計を見る。

「五分どころじゃ……」

そこで止まった。

「……あれ。」

唯月も周りを見る。

「え。」

「先生たちの班、どこ?」

さっきまで近くにいた修学旅行生の姿がない。

五人だけが取り残されていた。

「……。」

沈黙。

遥菜が乾いた笑いを浮かべる。

「あはは。」

「これ。」

「迷った?」

奏音は周囲を見回す。

「たぶん。」

音波も静かに頷く。

「迷った。」

琉生は深く息を吸う。

「落ち着け。」

「地図はある。」

「集合時間まで余裕もある。」

唯月も頷いた。

「うん。」

「まず現在地を確認しよう。」

そのとき。

奏音が前を指差す。

「あ。」

「案内板。」

「助かった。」

五人は急いで案内板へ向かった。

しかし。

案内板の前まで来た瞬間。

奏音が小さく首を傾げる。

「……。」

「どうした?」

「読める。」

「うん。」

「でも。」

「現在地が分からない。」

全員が案内板を見る。

確かに。

現在地を示す赤い印だけが、なぜか見当たらなかった。

「……。」

五人は同時に黙った。

その頃。

少し離れた場所では。

桐谷先生が出席表を見ながら人数を数えていた。

「……。」

もう一度数える。

「……。」

三度目。

「……五人いない。」

先生はゆっくり顔を上げた。

嫌な予感しかしない。

「……また、あの班か。やっぱり最凶だった。」

京都の空へ向かって、小さなため息が消えていった。



「現在地が分からない……。」

案内板の前で五人は立ち尽くしていた。

遥菜が地図をぐるぐる回す。

「こっち?」

「いや、逆。」

琉生が直す。

唯月も案内板を見比べる。

「同じ景色に見えてきた……。」

そのときだった。

「Excuse me?」

五人が同時に振り向く。

外国人の夫婦だった。

地図を片手に、少し困ったような表情をしている。

「Oh...」

遥菜が固まる。

唯月も固まる。

琉生も固まる。

(英語だ。)

(終わった。)

夫婦はもう一度尋ねる。

「Could you tell us the way to Kiyomizu-dera?」

沈黙。

遥菜が小さく琉生を見る。

「……分かった?」

「"Kiyomizu-dera"しか分からん。」

唯月も小声になる。

「どうしよう……。」

その瞬間だった。

奏音が一歩前へ出る。

「Sure!」

四人。

「……え?」

奏音はにこっと笑う。

「Go straight along this street, then turn left at the next intersection. You'll see a big gate, so you can't miss it. It's about five minutes from here.」

流れるような英語だった。

夫婦の表情がぱっと明るくなる。

「Oh! Thank you so much!」

「You're welcome! Have a nice trip!」

「You too!」

夫婦は笑顔で手を振り、教えてもらった方向へ歩いていった。

静寂。

遥菜がゆっくり奏音を見る。

「……。」

唯月も口が開いたまま。

「……。」

琉生も固まっている。

音波だけが普通だった。

「奏音、英語得意。」

「えぇぇぇぇ!?」

遥菜が思わず叫ぶ。

「今の何!?」

「めっちゃしゃべってたじゃん!」

唯月も驚きを隠せない。

「発音きれいだったよね……?」

奏音は首をかしげる。

「普通だよ?」

「普通じゃない!」

三人の声がそろった。

琉生が苦笑する。

「……初耳なんだけど。」

奏音は少し照れくさそうに笑う。

「小さい頃、お母さんと英語で遊んでたから。」

「遊ぶレベルじゃないよ!」

遥菜はまだ興奮していた。

そのとき。

さっきの夫婦が、またこちらを振り返る。

「あ!」

男性が抹茶ソフトを持ち上げた。

「One more question!」

奏音が笑顔で振り返る。

「Yes?」

男性がソフトクリームを指差す。

「Is this good?」

奏音は一瞬だけ考えて。

にっこり笑った。

「Very good!」

「It's rich, not too sweet, and the matcha flavor is really strong.」

「If you like green tea, I think you'll love it.」

「I ate one this morning.」

夫婦は目を輝かせる。

「Really!?」

「Yes!」

「It's delicious!」

奏音は親指を立てた。

「I recommend it!」

夫婦は嬉しそうに笑う。

「Thank you! We'll try it!」

「Enjoy!」

二人は手を振りながら去っていった。

「Bye!」

「Bye-bye!」

奏音も笑顔で手を振る。

夫婦の姿が見えなくなった頃。

また静寂が訪れた。

遥菜がゆっくり口を開く。

「……奏音。」

「ん?」

「何者?」

「中学生。」

「そうじゃなくて!」

唯月も笑いながら言う。

「英語の授業、いらないじゃん。」

「授業はいるよ。」

奏音は笑った。

「もっと難しい英語あるし。」

琉生は感心したように息をつく。

「昨日の夜は星見て静かだったし。」

「今日は外国人と普通に話すし。」

「お前、本当に何でもできるな。」

奏音は照れくさそうに頭をかいた。

「そんなことないよ。」

音波がぽつりと言う。

「奏音は英語で寝言言うときある。」

「え?」

「え?」

「え?」

三人が同時に振り向く。

奏音は真っ赤になった。

「音波!」

「ほんと。」

「『May I help you?』って。」

「やめてぇ!」

珍しく奏音が慌てる。

その姿を見て、四人は大笑いした。

その頃。

少し離れた場所で五人を探していた桐谷先生は、外国人観光客と楽しそうに話す奏音の姿を見つける。

「……。」

話が終わり、外国人が笑顔で去っていく。

桐谷先生はぽつりとつぶやいた。

「……迷子になってるのに、観光案内はできるんだな。」

その一言に、自分で少し笑ってしまった。

「先に、自分たちの道を探してくれ……。」

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