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修学旅行編 第七話

時計の針は、午前三時を少し回っていた。

さすがに部屋は静かだった。

さっきまで笑い声でいっぱいだった空間も、今は寝息だけがゆっくりと流れている。

遥菜は布団を蹴飛ばしながら爆睡。

唯月は布団をきちんとかぶったまま、小さく寝息を立てている。

音波は枕を抱きしめるように眠っていた。

琉生も眠っていた。

……はずだった。

ふと、目が覚める。

「……。」

何時だろう。

そう思って時計を見る。

午前三時十二分。

(早いな……。)

もう一度寝ようと寝返りを打った、そのときだった。

さらり。

カーテンが揺れる。

「……?」

ベランダへ続く窓。

少しだけ開いている。

夜風が障子を優しく揺らしていた。

(誰か起きてる?)

布団からゆっくり体を起こす。

みんなを起こさないように。

静かに。

静かに。

窓の方を見る。

そして。

琉生は思わず息を止めた。

ベランダに、一人。

立っていた。

青い浴衣。

夜風になびく長い髪。

月明かりが肩を照らしている。

奏音だった。

手すりに軽く手を添え、夜空を見上げている。

何も話さない。

何も動かない。

ただ、風の音だけが聞こえていた。

昼間の奏音とはまるで違う。

笑ってもいない。

走ってもいない。

猫じゃらしも持っていない。

ただ静かに、夜を眺めている。

その姿があまりにも綺麗で。

琉生は声を掛けることを少しためらった。

……それでも。

「寝れないのか。」

小さく声を掛ける。

奏音は少しだけ肩を揺らした。

振り返る。

「あ。」

小さく笑う。

「起こしちゃった?」

「いや。」

琉生もベランダへ出る。

夜風が少し冷たい。

昼間の暑さが嘘みたいだった。

隣に立つ。

しばらく二人とも何も話さない。

虫の声だけが響く。

やがて奏音が空を見たまま言う。

「静かだね。」

「ああ。」

「昼間はあんなに騒いでたのに。」

「その中心にいたの、お前だけどな。」

奏音は少し笑った。

「そうだった。」

また沈黙。

風が浴衣の袖を揺らす。

月明かりが畳まで伸びていた。

琉生は何となく聞いてみた。

「昔から夜、好きなのか。」

奏音は少しだけ考える。

「好き。」

「なんで。」

「夜って。」

少し間を置く。

「みんな寝てるでしょ。」

「うん。」

「だから静か。」

「静かな時間って落ち着く。」

その言葉に、琉生は少し納得した。

昼間の奏音は誰よりも元気だ。

笑って。

走って。

騒いで。

その反動なのかもしれない。

「考え事?」

「少しだけ。」

「何を。」

奏音は困ったように笑う。

「内緒。」

「そうか。」

無理には聞かなかった。

夜には、聞かない方がいいこともある。

しばらくして。

奏音がふと笑う。

「でもね。」

「ん?」

「今日、楽しかった。」

「それは分かる。」

「みんなで笑って。」

「先生に何回も見回られて。」

「恋バナして。」

「枕投げして。」

一つ一つ思い出すように話す。

「こういう時間って。」

空を見上げる。

「終わっちゃうの、少し寂しい。」

琉生も夜空を見る。

「修学旅行なんてそんなもんだ。」

「明日になればまた観光して。」

「帰ればいつもの学校。」

奏音は静かに頷いた。

「うん。」

風が少し強く吹く。

青い浴衣の帯が揺れた。

髪がふわりと舞う。

その姿は、昼間とは別人のようだった。

琉生は思わず言う。

「昼間のお前しか知らないやつが見たら。」

奏音が首を傾げる。

「ん?」

「同一人物だと思わないだろうな。」

奏音は少し吹き出した。

「そんなに?」

「そんなに。」

「昼は猿みたいに走り回って。」

「夜は急に静かになる。」

「失礼。」

笑いながら軽く肩を小突く。

「猿じゃない。」

「じゃあ何だ。」

「……狼?」

「自分で言うか。」

二人で小さく笑う。

その笑い声は、眠っている四人には届かないくらい小さかった。

すると。

部屋の中から、小さな寝言が聞こえる。

「……むにゃ……」

音波だった。

「奏音……」

その一言だけ。

奏音はくすっと笑う。

「呼ばれた。」

「寝言でも呼ぶんだな。」

「昔から。」

少し照れたように笑って部屋を見る。

「戻ろっか。」

「ああ。」

二人は静かに窓を閉める。

夜風が止む。

部屋はまた静かな空気に包まれた。

布団へ戻る前。

音波は眠ったまま少しだけ寝返りを打つ。

すると奏音は、ごく自然に音波の布団が少しはだけていることに気づき、そっと掛け直した。

その手つきは、とても優しかった。

それを見ていた琉生は、小さく笑う。

(……やっぱり姉なんだな。)

奏音は何も言わず、自分の布団へ入る。

目を閉じる前に、もう一度だけ窓の外を見た。

京都の夜空は、変わらず静かだった。

そして二〇三号室は今度こそ、本当の眠りへ落ちていった。


朝六時。

旅館の館内放送が静かに流れた。

『おはようございます。本日の起床時間となりました。』

静かな部屋に、その声だけが響く。

……

誰も起きない。

一分後。

遥菜がもぞもぞと布団から顔を出した。

「……朝?」

まだ半分夢の中だ。

唯月もゆっくり目を開ける。

「眠い……。」

琉生は目覚ましが鳴る少し前に起きていた。

「ほら、起きろ。」

返事はない。

布団を見回す。

音波。

すやすや。

奏音。

すやすや。

「……。」

昨日、一番はしゃいでいた二人が、一番ぐっすり眠っていた。

遥菜が笑う。

「珍しい。」

唯月も頷く。

「起こそうか。」

遥菜は奏音の布団を軽く揺らした。

「奏音ー、朝だよー。」

反応なし。

「奏音。」

「……。」

「起きて。」

「……。」

「朝ごはん!」

ぴくっ。

布団が少しだけ動く。

「食べる……。」

目は閉じたまま返事だけする。

「起きてないじゃん!」

部屋に笑いが広がる。

今度は音波。

「音波ー。」

「……。」

「起きよう。」

「……五分。」

「あと五分禁止。」

「十分。」

「増えた。」

琉生が苦笑する。

「昨日の夜更かし組だからな。」

そのとき。

奏音がようやく目を開けた。

ぼんやり天井を見つめる。

「……おはよ。」

「おはよう。」

唯月が笑う。

奏音は起き上がろうとして。

また布団へ戻った。

「眠い……。」

「昨日あんなに元気だったのに。」

遥菜が笑う。

「充電切れ。」

奏音は小さく答えた。

音波もゆっくり起き上がる。

髪が少しだけ跳ねている。

「おはよう。」

「音波も眠そう。」

「眠い。」

即答だった。

五人は順番に洗面所へ向かう。

旅館の廊下には、他の部屋の生徒たちも歩いていた。

「あ、おはよう。」

「昨日ちゃんと寝た?」

「うん。」

「……たぶん。」

曖昧な返事に笑いが起こる。

部屋へ戻ると、それぞれ浴衣をたたみ始めた。

奏音は自分の青い浴衣を丁寧に整える。

音波も隣でピンクの浴衣をきれいに畳んでいた。

遥菜がそれを見て驚く。

「二人とも畳むの早い。」

「家でやってるから。」

奏音が答える。

「なるほど。」

琉生は荷物を確認していた。

「忘れ物ないか。」

「大丈夫!」

遥菜は元気よく返事をする。

「猫じゃらしも持ってない!」

「最初から持ってくるな。」

すぐにツッコミが飛ぶ。

唯月が笑いながら言う。

「昨日の猫じゃらし、まだ覚えてるんだ。」

「忘れられないよ。」

全員が笑った。

荷物をまとめ終え、部屋を出る前。

奏音が一度だけ振り返る。

昨日一晩過ごした部屋。

笑って。

騒いで。

先生に何度も見回られて。

恋バナをして。

夜中に星を見た。

たった一泊なのに、思い出がぎゅっと詰まっている。

「ありがとう。」

小さくつぶやく。

音波も同じように部屋を見つめた。

「また泊まりたいね。」

「うん。」

遥菜が笑顔で振り向く。

「ほらー!みんな行くよ!」

「朝ごはん!」

「結局そこなんだ。」

琉生が笑う。

五人は部屋の鍵を返し、朝の食事会場へ向かって歩き始めた。

修学旅行二日目が、ゆっくりと始まる。



旅館の大広間。

ずらりと並んだ机には、すでに朝食が用意されていた。

焼き魚。

だし巻き玉子。

ご飯。

味噌汁。

湯豆腐。

旅館らしい和食だった。

「うわぁ……。」

遥菜が目を輝かせる。

「めっちゃ豪華!」

「朝からこんなに食べられるかな……。」

唯月は少し心配そうに席へ座る。

奏音は湯気の立つ味噌汁を見て笑った。

「いい匂い。」

音波も小さく頷く。

「お腹すいた。」

「昨日あれだけ夜更かししたからな。」

琉生が苦笑する。

五人が席につく。

周りの班も次々と集まってきた。

桐谷先生が前へ立つ。

「全員いるな。」

出席を確認すると、小さく息を吐く。

「今日は班行動だ。体調が悪かったらすぐ言え。」

「「はーい。」」

元気な返事が返ってくる。

「それじゃあ。」

「いただきます!」

あちこちから声が重なった。

遥菜はさっそく焼き魚へ箸を伸ばす。

「おいしい!」

「朝から元気だな。」

琉生が笑う。

唯月も一口食べる。

「ほんとだ。」

「旅館のご飯っておいしいね。」

奏音はだし巻きを食べて目を丸くした。

「ふわふわ。」

音波も同じものを口へ運ぶ。

「甘い。」

二人が同じタイミングで頷く。

遥菜が笑った。

「また同じ反応!」

そのとき。

向かいの席の男子がぼそっと言う。

「双子って食べる速さまで一緒なんだな。」

五人が見てみると。

本当だった。

ご飯を食べるタイミング。

味噌汁を飲むタイミング。

箸を置くタイミング。

ほとんど同じ。

「狙ってるの?」

遥菜が聞く。

奏音は首を振る。

「普通。」

音波も首を振る。

「いつも通り。」

「普通じゃないんだよなぁ……。」

琉生が苦笑する。

しばらく穏やかな時間が流れる。

そのとき。

遥菜が急に立ち上がった。

「奏音!」

「ん?」

「競争!」

「何の?」

「牛乳!」

テーブルの端に置かれた紙パックの牛乳を指差す。

「どっちが早く飲めるか!」

「朝から?」

唯月が笑う。

奏音も少し考えてから笑顔になる。

「いいよ。」

「よーい!」

「スタート!」

二人が同時に牛乳を飲み始める。

ゴクゴクゴク。

周りの生徒まで見始めた。

「どっち勝つ?」

「奏音じゃない?」

「遥菜も速いぞ。」

数秒後。

ストン。

奏音が空になった紙パックを置く。

「ごちそうさま。」

一拍遅れて。

遥菜も飲み切る。

「負けたー!」

「惜しかった。」

奏音が笑う。

「勝負するところそこなの?」

唯月が笑いながらツッコむ。

音波は静かに牛乳を飲み終えた。

「私は普通。」

その一言でまた笑いが起きる。

大広間の端では、桐谷先生がその様子を見ていた。

(朝から元気だな……。)

昨日の夜更かしが嘘のようだった。

先生は少し安心する。

「さて。」

食べ終えた生徒たちへ声をかける。

「食べたら荷物を持ってロビー集合!」

「今日は京都班別自主研修だ!」

その一言で、大広間の空気がまた少しだけ引き締まった。

二日目。

修学旅行最大のイベントが、いよいよ始まろうとしていた。


朝食を終えた生徒たちは、旅館のロビーへ集まっていた。

制服姿に戻り、それぞれリュックを背負っている。

先生たちは地図や緊急連絡先の紙を配っていた。

桐谷先生が前へ出る。

「今日は班別自主研修だ。」

「班ごとに計画したルートで回ること。」

「時間厳守。」

「危険な場所には行かない。」

「迷ったら先生に連絡。」

「以上。」

話は簡潔だった。

遥菜が小さくつぶやく。

「最後だけ急に重い。」

「当たり前。」

琉生が返す。

唯月は配られた地図を何度も見直していた。

「最初は清水寺、それから二年坂、三年坂、お昼を食べて、八坂神社……。」

「完璧!」

遥菜が親指を立てる。

奏音は地図を逆さまに持っていた。

「……。」

音波も同じように逆さまに持っている。

「見やすい?」

唯月が思わず聞く。

「うん。」

「いや、逆だけど!?」

慌てて地図を回す。

奏音は笑った。

「ほんとだ。」

「気づいてなかった。」

琉生は静かに地図を受け取る。

「俺が持つ。」

「お願いします。」

唯月が即答した。

その様子を見ていた桐谷先生が、小さくため息をつく。

(正解だ。)

出発時刻。

各班が次々と旅館を出ていく。

「いってきまーす!」

遥菜が元気よく手を振る。

「いってらっしゃい。」

先生たちも見送る。

五人は京都の街へ歩き出した。

朝の空気はまだ少し涼しい。

石畳の道を歩いているだけで、旅行に来た実感が湧いてくる。

「京都っていいね。」

唯月が周りを見回す。

「景色がきれい。」

「写真撮ろ!」

遥菜はスマホ……ではなく学校のカメラを構えた。

「はい、みんな並んで!」

「え。」

「早く!」

五人が並ぶ。

遥菜がセルフタイマーを押し、急いで走ってくる。

カシャッ。

ちょうどその瞬間。

奏音がぴょこんとピース。

音波も同じタイミングでピース。

まるで打ち合わせでもしたかのようにぴったりだった。

「また揃った。」

唯月が笑う。

「狙ってないよ。」

奏音も笑う。

歩き始めて十分ほど。

道が二つに分かれていた。

右。

左。

遥菜は勢いよく右を指さす。

「こっち!」

「待て。」

琉生が地図を見る。

「左だ。」

「あれ?」

「右行ったら全然違う方向。」

遥菜は照れ笑いする。

「危なかった。」

奏音が右の道を見つめる。

「でも、あっちも楽しそう。」

「だからって行かない。」

「だめ?」

「だめ。」

音波が静かに頷く。

「だめだって。」

「うん。」

「納得。」

琉生は少し笑った。

「今日はちゃんと計画通りな。」

「はーい。」

返事だけはとても素直だった。

その頃。

少し後ろを歩いていた桐谷先生は、遠ざかる五人を見送る。

(頼むから今日は予定通り進んでくれ。)

心からそう願った。

しかし。

その数秒後。

「わぁ!」

「見て!」

奏音と音波が、小さな和菓子屋の店先に飾られた季節の練り切りを見つけ、同時に立ち止まる。

「あ、かわいい。」

「紫陽花。」

「こら、寄り道するな。」

琉生の声が飛ぶ。

「まだ開いてない。」

奏音が少し残念そうに言う。

「また帰り!」

遥菜が笑う。

「約束!」

「約束。」

二人は素直に歩き始めた。

その様子を見ていた桐谷先生は、小さく息を吐く。

(……今日は、まだ平和だ。)

その予感は。

たぶん。

まだ外れていなかった。



京都の朝は、少しだけ涼しかった。

旅館を出た五人は、地図を片手に石畳の道を歩いていく。

修学旅行生らしい班が、あちこちを歩いていた。

「京都って、歩いてるだけで楽しい!」

遥菜が伸びをする。

「まだ何も見てないけどね。」

唯月が笑う。

「最初は清水寺。」

琉生が地図を確認する。

「この坂を上れば着く。」

奏音は辺りを見回していた。

「あ、あのお店かわいい。」

「寄らない。」

「まだ何も言ってないよ。」

「顔に書いてある。」

音波がくすっと笑う。

「奏音、すぐ寄り道する。」

「しないよ。」

「さっき和菓子屋さん見つけて止まった。」

「……した。」

「認めた。」

笑いながら歩いていると、坂の向こうに大きな山門が見えてきた。

「わぁ……!」

遥菜が思わず足を止める。

「着いた!」

「すごい……。」

唯月も見上げる。

朝日を浴びた朱色の門は、想像以上に迫力があった。

修学旅行生や観光客が、次々と中へ入っていく。

「はい、一枚!」

遥菜が学校用カメラを構える。

「そこ並んで!」

五人が門の前へ並ぶ。

「せーの!」

カシャッ。

「いい感じ!」

「今度は先生も!」

遥菜が振り返る。

少し離れた場所では、桐谷先生が他の班の確認をしていた。

「きりせーん!」

「写真撮ろ!」

「……俺?」

「先生も修学旅行の思い出!」

「俺はいい。」

「だめ!」

半ば強引に引っ張られる。

結局。

門の前には六人。

通りがかった先生がシャッターを押してくれた。

「はい、撮りますよ。」

カシャッ。

「ありがとうございました!」

桐谷先生は写真を見て、小さくため息をつく。

(まあ……悪くないか。)

五人はさらに奥へ進む。

やがて、有名な舞台へたどり着いた。

「広っ!」

遥菜が手すりまで駆け寄る。

京都の街並みが、一望できた。

「きれい……。」

唯月が静かにつぶやく。

風が吹く。

木々が揺れる。

遠くには京都の街。

奏音は目を輝かせていた。

「すごーい!」

音波も隣で景色を見渡す。

「高い。」

「ここが有名な清水の舞台か。」

琉生が景色を眺める。

そのとき。

近くを歩いていた観光ガイドさんの声が聞こえてきた。

「『清水の舞台から飛び降りる』ということわざは、大きな決断をするという意味があります。」

奏音が振り向く。

「飛び降りる?」

「うん。」

「なるほど。」

嫌な予感がした。

琉生がゆっくり振り返る。

「……奏音?」

奏音は舞台の手すりを見つめている。

「飛び降りるんだ。」

「違う。」

即答だった。

「ことわざ。」

「そういう意味じゃない。」

奏音は首を傾げる。

「飛ばないの?」

「飛ばない。」

音波も頷く。

「飛んじゃだめ。」

「そうなんだ。」

遥菜は笑い転げている。

「奏音なら『なるほどー!』って本気で納得しそうだった!」

「ちょっとだけ。」

「ちょっとあったんかい!」

唯月も肩を震わせて笑う。

そのやり取りを少し離れた場所で聞いていた桐谷先生は、そっと空を見上げた。

(頼む。)

(今日は飛ばないでくれ。)

心の底から願う。

奏音は景色を眺めながら笑った。

「でも。」

「ん?」

「飛ばなくても十分楽しいね。」

音波も笑う。

「うん。」

五人はしばらく景色を眺めていた。

その時間だけは、誰も騒がない。

京都の風が、静かに吹き抜けていった。

そして舞台を降りる途中。

遥菜が案内板を見つける。

「あっ!」

「おみくじあるよ!」

奏音の目が一瞬で輝いた。

「引く!」

音波も同時に頷く。

「引く。」

琉生はその反応を見て苦笑する。

「……これはまた、何か起きそうだな。」


清水寺の一角。

観光客でにぎわう中、おみくじ売り場の前だけは、なぜか五人の足が止まっていた。

「引こう!」

遥菜が真っ先に小銭を取り出す。

「せっかくだしね。」

唯月も財布を開く。

奏音と音波は顔を見合わせた。

「引く?」

「引こう。」

琉生も苦笑しながら列に並ぶ。

「こういうのは運試しだな。」

五人はそれぞれ一本ずつ、おみくじを引いた。

「せーので開ける?」

遥菜が提案する。

「いいね!」

奏音が笑う。

「じゃあ。」

「せーの!」

一斉に紙を開く。

「……。」

最初に声を上げたのは奏音だった。

「やった!」

目を輝かせる。

「大吉!」

「すごーい!」

遥菜がのぞき込む。

「ほんとだ!」

『大吉』

大きく書かれた文字が目に飛び込んでくる。

奏音は嬉しそうに笑った。

「今日はいい日だ。」

その隣では、音波が紙をじっと見つめていた。

「……。」

「音波?」

唯月がのぞく。

そして固まった。

「え。」

「凶。」

「えぇ!?」

遥菜が思わず大声を出す。

音波は紙と奏音を交互に見た。

「奏音、大吉。」

「私、凶。」

奏音も紙を見る。

「ほんとだ。」

「真逆だ。」

音波は少し考えたあと、ふっと笑った。

「逆に面白い。」

「落ち込まないの?」

唯月が聞く。

「ううん。」

音波は首を振る。

「大吉と凶が並ぶ確率って低そう。」

「確かに。」

奏音も笑う。

「記念だね。」

「結ぶ?」

遥菜が聞く。

すると音波は即答した。

「持って帰る。」

「え?」

「面白いから。」

「理由それ!?」

奏音も紙をたたむ。

「じゃあ私も持って帰る。」

「おそろい。」

「うん。」

「普通、大吉だけ持ち帰るとかじゃない?」

唯月が苦笑する。

「凶も記念。」

音波は真面目な顔だった。

「ネタになる。」

「その発想はなかった。」

その横で、琉生も自分のおみくじを開く。

「俺は……。」

『吉』

「普通だな。」

「一番安心じゃん。」

遥菜が笑う。

「私は……。」

紙を開く。

「中吉!」

「おぉ!」

「なんかちょうどいい!」

「遥菜らしい。」

「どういう意味!?」

また笑いが起こる。

唯月もそっと紙を開く。

「小吉。」

「みんなバラバラだね。」

五人で見せ合って笑っていると、後ろから足音が聞こえた。

桐谷先生だった。

「お前ら、おみくじか。」

「きりせんも引いて!」

遥菜が笑う。

「先生の運勢見たい!」

「いや、私は……。」

「せっかくだから!」

押し切られた。

桐谷先生は苦笑しながら、おみくじを一本引く。

「先生、早く!」

「開けて!」

「はいはい。」

紙を開く。

沈黙。

「……。」

「あれ?」

遥菜が首を傾げる。

先生が何も言わない。

唯月がそっとのぞき込む。

「え。」

固まる。

琉生ものぞく。

「……。」

奏音とのぞく。

「……。」

音波ものぞく。

「……。」

そこには。

『最凶』

と、はっきり書かれていた。

五人全員が固まる。

「最……?」

遥菜が目をぱちぱちさせる。

「最凶ってあるの!?」

唯月も驚く。

「初めて見た……。」

桐谷先生は静かに空を見上げた。

「……。」

何も言えない。

奏音が紙を見つめる。

「レアだ。」

音波も真面目に頷く。

「SSR。」

「ガチャじゃないんだよ。」

琉生が思わずツッコむ。

遥菜は笑いをこらえきれない。

「きりせん、すごい!」

「すごくない。」

先生は即答した。

「人生で初めて見ました。」

「私も。」

「俺も。」

五人が口々に言う。

桐谷先生はもう一度おみくじを見た。

『焦らず慎重に行動しましょう』

『無理は禁物』

『今日は予想外の出来事に注意』

「……。」

先生はゆっくり紙をたたむ。

「今日はお前らの班から離れないことにする。」

「え?」

遥菜が笑う。

「最凶だから?」

「いや。」

桐谷先生は五人を見回した。

「最凶じゃなくても心配だからだ。」

「「あははは!」」

五人の笑い声が、境内に響いた。

その様子を見ていた近くの観光客は、不思議そうに首を傾げていた。

一人は大吉。

一人は凶。

そして先生は、まさかの最凶。

この日一番の話題は、景色でも歴史でもなく。

おみくじの結果だった。

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