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修学旅行編 第四話

部屋で一息ついた頃。

館内放送が静かに流れた。

『まもなく入浴のお時間となります。お部屋ごとに順番にお越しください。』

遥菜が勢いよく立ち上がる。

「お風呂!」

「温泉かな!」

奏音も目を輝かせる。

音波も嬉しそうに頷いた。

「温泉楽しみ!」

琉生はしおりを開く。

「タオル持ったか?」

「持った!」

「着替え。」

「ある!」

「部屋の鍵。」

「……。」

遥菜の動きが止まる。

「忘れてた。」

「まだ部屋出てないだろ。」

「セーフ!」

「ギリギリな。」

唯月は笑いながら自分のバッグを確認する。

シャンプー。

タオル。

着替え。

全部入っていた。

「準備できたよ。」

「よし、行こう!」

五人は部屋を出て、大浴場へ向かう。

廊下には、同じようにタオルを持った生徒たちが歩いていた。

「早く入りたーい!」

「あったかそう!」

あちこちから楽しそうな声が聞こえる。

大浴場の暖簾が見えてくる。

木の香りがふわりと漂った。

「それじゃ、一回ここで。」

琉生が立ち止まる。

「あとで夕食会場な。」

「うん!」

「またね!」

奏音と音波が手を振る。

遥菜も笑顔で振り返った。

「誰が一番早いかな!」

「競争じゃない。」

琉生が苦笑した。

それぞれ暖簾をくぐり、中へ入っていく。


夕方。

廊下には浴衣姿の生徒たちが増えていた。

旅館で用意された紺色の浴衣。

みんな同じ柄。

「あー、帯難しかった……。」

遥菜が歩きながら帯を見下ろす。

「唯月、ありがとう。」

「ほどけてない?」

「たぶん大丈夫!」

二人が部屋へ戻ると、すでに琉生も着替え終わっていた。

「時間ぴったりだな。」

「あと二人は?」

そのとき。

襖がゆっくり開いた。

「お待たせ。」

奏音だった。

淡い水色の浴衣。

白い花模様が裾に咲いている。

濃い青の帯が全体を引き締めていた。

少しだけ髪をまとめ、いつもより大人びた雰囲気になっている。

その後ろから音波が入ってくる。

桜色の浴衣。

小さな花柄が優しく散りばめられ、えんじ色の帯がよく映えていた。

二人が並ぶ。

部屋が少し静かになった。

遥菜が最初に口を開く。

「……かわいい。」

唯月も頷く。

「すごく似合ってる。」

奏音は照れくさそうに笑った。

「ありがとう。」

音波も袖を少し広げる。

「お母さんが持たせてくれたんだ。」

「修学旅行だから着ておいでって。」

「なるほど。」

遥菜は嬉しそうに二人の周りを一周する。

「いいなぁ!」

「私もこういう浴衣着てみたい!」

「今度お祭り行こう!」

奏音が笑う。

「一緒に!」

「行く!」

そんなやり取りをしているうちに、廊下から先生の声が聞こえた。

「夕食会場へ移動するぞー。」

「はーい!」

五人は部屋を出る。

廊下を歩いていると、他のクラスの生徒も思わず双子へ目を向けていた。

「あの浴衣かわいい。」

「持ってきたのかな。」

「似合ってるね。」

小さな声が聞こえる。

奏音と音波は少し照れながら歩いていた。

食事会場は大広間だった。

襖が開く。

「わぁ……。」

思わず誰かが声を漏らす。

広い畳の間。

ずらりと並んだ机。

一人ずつ用意された料理。

天ぷら。

お刺身。

茶碗蒸し。

焼き魚。

小鉢。

釜飯。

まだ火のついていない小鍋。

どれも湯気を立てて待っていた。

遥菜は目を丸くする。

「これ……全部食べていいの?」

「君のじゃなければダメだな。」

桐谷先生が笑う。

「もちろん自分の!」

「なら食べていい。」

「やった!」

みんなが席に着く。

桐谷先生が前へ出た。

「それじゃあ、一日目お疲れ様。」

「いただきます!」

声が揃う。

料理に箸が伸びた。

「おいしい!」

遥菜が最初に声を上げる。

「この天ぷら、さくさくだ!」

唯月は茶碗蒸しを一口食べる。

「優しい味……。」

奏音は釜飯を見つめて目を輝かせた。

「いい匂い!」

音波も笑う。

「おかわりあるかな。」

「まだ一杯目。」

琉生がすぐに突っ込む。

笑い声が広がる。

その様子を少し離れた席から見ていた桐谷先生は、静かに湯のみを手に取った。

(今日はよく笑ってるな。)

学校では見られない笑顔。

友達同士で囲む夕食。

修学旅行だからこその空気だった。

……そのとき。

遥菜が小鍋の固形燃料に火がついたのを見つける。

「見て見て!」

鍋を指さしながら目を輝かせる。

「ぐつぐつしてきた!」

奏音も身を乗り出す。

「ほんとだ!」

音波も嬉しそうに頷く。

「すごい!」

三人は鍋を囲んで小さく盛り上がる。

その様子を見て、唯月がくすっと笑った。

「みんな子どもみたい。」

琉生はため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。

「修学旅行なんだから、それでいいんじゃないか。」

その一言に、四人は顔を見合わせる。

そしてまた笑った。

旅館の夜は、まだ始まったばかりだった。





夕食会場を出ると、廊下にはほんのりと湯上がりの匂いが漂っていた。

窓の外はすっかり暗くなり、庭の灯籠だけが柔らかな光を落としている。

昼間とはまるで違う景色だった。

「お腹いっぱい……。」

遥菜がぽんぽんとお腹を叩く。

「もう動けない。」

「さっきまでおかわりするって言ってたのに。」

唯月が笑う。

「したかったんだけどねぇ。」

「限界だった。」

その横では、奏音と音波が並んで歩いていた。

浴衣の袖を揺らしながら、小さな中庭を眺めている。

「夜もきれいだね。」

「うん。」

池に映る灯りが風で揺れる。

「なんか静か。」

「学校じゃこんなの見られないね。」

二人は足を止めてしばらく眺めていた。

その様子を見つけた遥菜が駆け寄る。

「写真撮ろ!」

「今?」

「今!」

返事を待たずにカメラを構える。

「はい、みんな並んで!」

五人は自然と横一列になる。

琉生だけ少し後ろへ下がろうとした。

「琉生も!」

「俺はいい。」

「ダメ。」

「修学旅行の思い出!」

「……分かった。」

少し照れくさそうに並ぶ。

「いくよー!」

カシャッ。

一枚。

もう一枚。

今度は変顔。

遥菜だけ本気だった。

「なんで私だけ!?」

「遥菜しかしてない。」

唯月が吹き出す。

「えぇー!」

笑い声が廊下まで響いた。

そこへ桐谷先生が歩いてくる。

「静かにな。」

「あ。」

五人そろって背筋を伸ばす。

「「すみません。」」

「旅館だからな。」

「はい!」

先生は少しだけ笑った。

「でも楽しそうで何より。」

そう言い残して歩いていく。

「怒られなかった。」

遥菜がほっと息をつく。

「今日は優しい。」

「先生も修学旅行だからかな。」

奏音が小さく笑う。

その後、一度部屋へ戻る。

畳の部屋は夕方より少し暗く、照明だけが柔らかく灯っていた。

遥菜はその場でごろんと寝転がる。

「畳最高。」

「シワになるよ。」

唯月が苦笑する。

「あとで直す!」

「絶対直さない。」

「ばれた?」

そのやり取りを聞きながら、奏音は窓を開けた。

ひんやりした夜風が部屋へ流れ込む。

遠くで虫の声が聞こえる。

「涼しい。」

音波も隣へ来た。

「気持ちいいね。」

しばらく二人で外を眺める。

山の向こうには、小さな町の灯り。

空には星が少しだけ見えていた。

「東京より見える。」

「うん。」

「明日も晴れるかな。」

「晴れるといいね。」

その穏やかな時間を破ったのは、もちろん遥菜だった。

「トランプしよう!」

「急だね。」

唯月が笑う。

「UNO持ってる!」

「新幹線でやったじゃん。」

「夜は夜!」

理由になっているようで、なっていない。

奏音は振り返って笑った。

「やる!」

音波も元気よく手を挙げる。

「私も!」

琉生はため息をつきながらバッグを開ける。

「結局やるんだな。」

「だって楽しそう。」

「……まあな。」

テーブルを囲んで座る五人。

カードが配られる。

「最初はグー!」

「じゃんけんぽん!」

ゲームが始まった。

最初は静かだった。

「スキップ。」

「リバース。」

「ドロー2。」

淡々と進む。

ところが。

「うわっ!」

遥菜が思わず声を上げる。

「またドロー4!?」

「ごめん!」

奏音が笑う。

「引いてね!」

「なんで私ばっかり!」

音波がくすくす笑う。

「運だね。」

「運悪すぎる!」

笑い声がまた部屋いっぱいに広がる。

廊下では桐谷先生が巡回を始めていた。

襖越しに聞こえる楽しそうな声。

先生は少し立ち止まる。

(……今日くらいは。)

腕時計を見る。

まだ消灯までは時間がある。

(少しくらいなら、いいか。)

そう思って歩き出した、そのとき。

部屋の中から遥菜の叫び声が聞こえた。

「奏音強すぎる!」

「また一位!」

「えへへ。」

桐谷先生は思わず笑ってしまう。

(元気だな。)

旅館の夜は、まだまだ終わりそうになかった。

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