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修学旅行編 第三話

京都駅を出発したバスは、ゆっくりと市街地を走り始めた。

車内には、さっきまでの新幹線とは違う空気が流れている。

窓の外には、背の高いビル。

少し進めば、瓦屋根の家並み。

その隣には昔ながらの町家。

「なんか不思議だね。」

奏音が窓に頬を寄せながらつぶやく。

「新しい建物もあるのに、昔の家もある。」

音波も窓の外を見たまま頷いた。

「時間が混ざってるみたい。」

唯月はその言葉に少し驚く。

「……その表現、なんか素敵。」

奏音は照れくさそうに笑った。

「なんとなくだよ。」

最前列では、マイクを持ったバスガイドが明るく話し始める。

「皆さん、ようこそ京都へ。本日ご案内させていただきます、藤村です。」

拍手が起こる。

「京都にはお寺や神社がたくさんありますが、その数は何ヶ所くらいあると思いますか?」

車内が少しざわつく。

「百!」

遥菜が元気よく手を挙げる。

「もっとあると思いますよ。」

「五百!」

「もっとです。」

「千!」

「惜しいです。」

「えぇ!?」

正解は二千を超える数だと聞いて、車内から驚きの声が上がった。

「そんなにあるの!?」

奏音も目を丸くする。

「全部回るの大変そう……。」

「一生かかるかも。」

音波が真面目な顔で言う。

遥菜は窓の外を見ながら呟いた。

「じゃあ住めばいいのか。」

「解決方法がおかしい。」

琉生がすぐに返す。

笑いが広がる。

バスは鴨川を渡った。

キラキラと光る川面に、奏音が思わず声を上げる。

「見て見て!」

「川きれい!」

音波も身を乗り出しかける。

「魚いるかな?」

「座ったまま見ろ。」

琉生のツッコミも、もうすっかり日常だった。

窓の外を眺めながら、唯月はスマホ……ではなく学校用のカメラを構える。

カシャッ。

川。

町並み。

青空。

どれも思い出に残しておきたかった。

「あとでみんなに送るね。」

「やった!」

遥菜が嬉しそうに親指を立てる。

その頃、最後尾の席。

桐谷先生は腕を組みながら車内を見渡していた。

(今のところ平和だ。)

遥菜は席に座っている。

奏音も音波も楽しそうに景色を見ている。

唯月は写真。

琉生はしおりを確認。

(……奇跡か?)

そんなことを思った、その瞬間。

「先生ー!」

遥菜だった。

(早かった。)

「どうした。」

「トイレ。」

「あと十分。」

「いける!」

「聞いてない。」

車内にまた笑いが広がる。

ガイドさんまで肩を震わせて笑っていた。

「皆さん、本当に仲がいいですね。」

「毎日こんな感じです。」

桐谷先生は少し遠い目をした。

バスは市街地を抜け、少しずつ山の近くへ。

窓を開けると、街中とは違う少しひんやりした風が入り込んでくる。

「空気がおいしい!」

奏音が大きく息を吸い込む。

音波も真似をする。

「ほんとだ!」

遥菜も吸う。

「……。」

「どう?」

唯月が聞く。

「京都の味。」

「空気だからね。」

思わず笑ってしまう。

しばらくして、バスガイドがマイクを取った。

「皆さん、お疲れ様でした。まもなく本日お泊まりいただく旅館へ到着します。」

その一言で車内がざわつく。

「着く!」

「旅館!」

「温泉!」

「ご飯!」

「布団!」

楽しみが次々に口から飛び出す。

奏音は窓の外を見つめた。

木々に囲まれた坂道を登った先。

立派な木造の建物が見えてくる。

大きな門。

手入れの行き届いた庭。

玄関には「ようこそ」と書かれた立て看板。

「わぁ……。」

思わず声が漏れた。

「すごい。」

音波も目を輝かせる。

「ここに泊まるの?」

「ほんとに旅館だ!」

遥菜は窓に張り付きそうになりながら叫ぶ。

「だから座れ。」

琉生のツッコミも、もう反射だった。

バスがゆっくりと停まり、ドアが開く。

外へ出ると、木の香りを含んだ風がふわりと頬をなでた。

「いらっしゃいませ。」

旅館の方々が笑顔で迎えてくれる。

二年B組は自然と背筋を伸ばした。

玄関をくぐると、磨き上げられた木の床がやさしく光っている。

「わぁ……。」

誰かが小さくつぶやく。

その声は、みんなの気持ちをそのまま表していた。

修学旅行一日目。

本当の楽しみは、ここから始まる。

街中とは違う、少し静かな空気。

目の前には、大きな旅館が建っていた。

瓦屋根。

手入れの行き届いた庭。

玄関脇では、小さな池の鯉がゆっくりと泳いでいる。

「すご……。」

遥菜が思わず立ち止まった。

「テレビで見るやつだ。」

奏音も建物を見上げる。

「大きい!」

音波は庭を指さした。

「見て、お庭きれい!」

玄関には旅館の方々が並んでいた。

「皆様、ようこそお越しくださいました。」

深く一礼。

その姿につられるように、生徒たちも軽く頭を下げる。

桐谷先生はクラスを振り返った。

「お世話になる場所だからな。挨拶はきちんと。」

「「はい!」」

元気な返事がロビーに響く。

靴を脱ぎ、館内へ入る。

木の床がつやつやと光っていた。

廊下には季節の花が飾られ、どこからかお茶の香りが漂ってくる。

「いい匂い……。」

唯月が小さくつぶやく。

「落ち着くね。」

奏音も頷いた。

「なんか、おばあちゃんのお家みたい。」

「すごく大きいけどね。」

音波が笑う。

ロビーへ集まると、仲居さんが部屋割りを読み上げ始めた。

「それでは、お部屋をご案内いたします。」

みんながしおりを見る。

「二〇三号室……。」

琉生が確認する。

「俺たちの班だ。」

「やった!」

遥菜が飛び跳ねた。

「みんな一緒!」

「班だからね。」

唯月が笑う。

荷物を持ち、階段を上る。

廊下を歩くだけでも、床がきしりと小さな音を立てる。

「旅館って感じ!」

奏音は周りをきょろきょろ。

掛け軸。

生け花。

障子。

見るもの全部が新鮮だった。

二〇三号室。

仲居さんが襖を開ける。

「こちらのお部屋になります。」

「失礼します。」

一礼して中へ入る。

その瞬間。

「広ーーーい!!」

遥菜の声が響いた。

畳の香り。

大きな窓。

低いテーブル。

座布団。

床の間には季節の掛け軸。

その奥には広縁があり、ガラス越しに山の景色が広がっていた。

「すごい!」

奏音は靴下のまま畳へ上がる。

「ふかふか!」

音波もその場でぺたんと座った。

「畳って気持ちいい……。」

唯月は窓際へ歩く。

障子をそっと開けると、山々が夕日に照らされていた。

「きれい……。」

少し風が入り、カーテン代わりの障子が揺れる。

その静かな景色に、みんな少しだけ言葉を失った。

「写真撮ろ!」

遥菜がカメラを構える。

「はい、チーズ!」

パシャッ。

一枚目の部屋写真。

みんな笑顔だった。

そのとき。

「見て!」

奏音が押し入れを開けた。

中には、きれいに畳まれた布団が並んでいる。

「布団いっぱい!」

音波も覗き込む。

「今日これで寝るんだ!」

遥菜も近寄る。

「秘密基地作れそう。」

「やめろ。」

琉生の声が即座に飛ぶ。

「まだ敷かない。」

「えー。」

「仲居さん困るだろ。」

「たしかに。」

素直に押し入れを閉めた。

その様子を見ていた唯月が笑う。

「今日はちゃんと言うこと聞くんだ。」

「旅行だから!」

理由になっているような、なっていないような返事だった。

廊下では、桐谷先生が各部屋を回っていた。

襖を開ける。

「荷物は整理しろよ。」

「貴重品は各自管理。」

「廊下は走らない。」

先生らしい注意をしながら、二〇三号室の前まで来る。

襖を開けると。

遥菜は窓から景色を眺め。

唯月はしおりを読んでいて。

琉生は荷物を整理している。

奏音と音波は。

テーブルの上のお茶請けを見つめていた。

「これ食べていいのかな。」

「あとでって書いてある。」

「あとでかぁ。」

「あとでだね。」

ちゃんと待っている。

桐谷先生は小さく笑った。

(……珍しく平和だ。)

その安心は、ほんの束の間。

廊下の向こうから、別の部屋の先生の声が聞こえた。

「こら!押し入れに入るな!」

「「きゃー!」」

どこかの部屋が、もう騒がしいらしい。

桐谷先生は額に手を当てる。

(……まあ、修学旅行だもんな。)

二〇三号室では、その声を聞いた遥菜がぽつりと言った。

「押し入れ、入っちゃダメなんだ。」

琉生がゆっくり振り向く。

「……入ろうとしてた?」

遥菜は、にこっと笑った。

答えは、その笑顔だけで十分だった。

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