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修学旅行編 第二話

新幹線が速度を上げるにつれ、窓の外の景色もゆっくりと流れ始めた。

住宅街が過ぎ、ビルが遠ざかる。

やがて緑が増え、見慣れた街並みとは違う景色へ変わっていく。

車内には、どこか浮き足立った空気が流れていた。

先生たちからの話も終わり、「静かに過ごしてください」という約束だけが残る。

……その約束は、五分ほど守られた。

「ねぇねぇ!」

遥菜が身を乗り出す。

「駅弁まだ食べちゃだめ?」

「まだ早い。」

琉生が時計を見る。

「あと三十分くらい。」

「長い!」

「朝ご飯食べてきたろ。」

「でも駅弁は別腹!」

「別腹便利だな。」

そのやり取りを聞きながら、唯月は小さく笑った。

旅行になると、みんな少し子どもっぽくなる。

それが少しだけ嬉しかった。

窓際では、奏音と音波が景色を眺めている。

「速いね。」

「うん!」

「車が止まって見える!」

「本当に止まってるみたい!」

二人は窓に顔を近づけながら、次々に見える景色へ反応していた。

川を渡れば歓声。

トンネルに入れば「暗い!」と笑い。

また明るくなれば「戻った!」と笑う。

その一つひとつが新鮮らしい。

前の席の男子が振り返る。

「楽しそうだな。」

「楽しいよ!」

奏音が即答した。

「修学旅行だもん!」

その一言に、周りも自然と笑顔になる。

しばらくすると、車内販売のワゴンがゆっくり近づいてきた。

「車内販売だ!」

遥菜が真っ先に気付く。

「アイスあるかな!」

「朝からアイスか。」

「旅行だから!」

もう何でもその一言で押し切るつもりらしい。

ワゴンが横に止まる。

「失礼いたします。」

奏音はメニューをじっと見つめた。

「奏音。」

「ん?」

「アイスある!」

「本当だ!」

二人は顔を見合わせる。

「食べる?」

「食べたい!」

その様子を見ていた琉生が苦笑する。

「昼飯前だぞ。」

「じゃあお昼のあと!」

「それならいい。」

あっさり納得した。

「偉い。」

唯月が思わず笑う。

「えへへ。」

その笑顔は本当に嬉しそうだった。

新幹線はさらに西へ進む。

窓の外には、大きな山が少しずつ見え始めていた。

そのときだった。

「富士山!」

誰かが叫んだ。

一瞬で車内がざわつく。

「どこどこ!?」

「右!」

「左じゃない!?」

「右だって!」

あちこちから声が飛ぶ。

奏音も立ち上がりそうになる。

「どこ!?」

音波も窓へ身を乗り出した。

「見えた?」

「まだ!」

遥菜まで加わる。

「え、私見えない!」

「座れ。」

琉生が即座に言う。

「立つな。」

みんな慌てて座り直す。

その数秒後。

雲の向こうから、大きな山が姿を現した。

真っ白な雪をかぶった山頂。

青空の下に静かに立つ姿は、写真で見るよりずっと大きかった。

「わぁ……。」

奏音が小さく声を漏らす。

「きれい……。」

音波も見入っていた。

さっきまで騒いでいた車内が、不思議なくらい静かになる。

誰もが窓の外を見つめていた。

桐谷先生も、通路からその景色を見る。

(こういう瞬間はいいな。)

先生として何度も修学旅行を引率してきた。

それでも、生徒たちが同じ景色に目を輝かせる瞬間だけは、何度見ても嫌いになれない。

だが、その感動は長くは続かなかった。

「ねぇ!」

遥菜が小声で言う。

「UNOやろ!」

「やる!」

奏音が即答する。

音波も笑顔で頷いた。

「私も!」

唯月は少し困ったように笑う。

「静かにね?」

「もちろん!」

五分後。

「うわあああ!!リバース!?」

「ごめん!」

「ごめんじゃない!」

「かーらーのー、リバース!」

「えぇー!」

桐谷先生は前の車両からその声を聞き、ゆっくりと目を閉じた。

「……まだ京都にも着いてないんだよな。」

その呟きは、新幹線の走行音に静かに溶けていった。













新幹線がゆっくりと速度を落とし始める。

車内アナウンスが静かに流れた。

「まもなく、京都。京都です。」

その一言だけで、車内の空気が変わった。

眠っていた生徒が目を覚まし、窓際の生徒が外を覗き込む。

奏音も窓に顔を近づけた。

「京都だ!」

音波も嬉しそうに頷く。

「着いたね!」

遥菜はもう荷物に手を伸ばしている。

「まだ止まってない。」

琉生がすかさず言う。

「座って。」

「はーい。」

返事はいい。

行動は二秒早い。

唯月は苦笑しながら荷物を足元へ寄せた。

新幹線は静かにホームへ滑り込み、ゆっくりと止まる。

ホームにはたくさんの人。

観光客。

修学旅行生。

スーツケースを引く家族。

朝とは違う空気がそこにあった。

ドアが開く。

「忘れ物ないか確認してから降りること!」

先生たちの声が車内に響く。

「帽子!」

「荷物!」

「班行動のしおり!」

次々と確認が進む。

奏音はリュックを背負いながら笑った。

「全部ある!」

音波も同じように頷く。

「私も!」

「じゃあ行こう!」

二人はホームへ降りた瞬間、

「広っ!」

「すごーい!」

同時に天井を見上げた。

京都駅。

ガラス張りの高い天井。

行き交う人の多さ。

聞き慣れない方言。

全部が新鮮だった。

遥菜は早速きょろきょろしている。

「あっ!」

「どうした。」

琉生が聞く。

「あそこ見て!」

指差した先には。

巨大なお土産売り場。

「まだだ。」

「まだだよ。」

唯月まで同じことを言った。

「えぇー。」

「帰り。」

三人同時だった。

「分かったよぉ。」

納得したような、していないような返事だった。

改札を抜けると、旅行会社の添乗員が待っていた。

「皆さん、おはようございます。」

明るい笑顔。

首から下げた名札。

手には小さな旗。

「これからバスへご案内します。」

クラスごとに移動が始まる。

桐谷先生は最後尾を歩きながら人数を確認した。

(よし。)

(今のところ全員いる。)

その瞬間。

「先生。」

「ん?」

唯月が小さく手を挙げた。

「遥菜がいません。」

「……は?」

桐谷先生の足が止まる。

周囲を見回す。

確かにいない。

(早い。)

(いなくなるのが早い。)

「どこ行った!?」

先生の声にクラス全員が振り返る。

その頃。

遥菜は。

「これ京都限定!?」

売店で八ツ橋の試食を見つめていた。

「おい。」

後ろから低い声。

振り向く。

桐谷先生だった。

「……。」

「……。」

「先生。」

「なんだ。」

「試食だけ。」

「集合中だ。」

「ですよね。」

しょんぼりしながら列へ戻る。

クラスのみんなが笑っている。

「遥菜らしい。」

「まだ五分しか経ってないよ?」

唯月は半分呆れ、半分安心していた。

その騒ぎを横で見ていた奏音は、少し笑ってから京都駅の案内板を見上げた。

そこには大きく、

『ようこそ 京都へ』

と書かれている。

「ねぇ。」

音波の袖を引く。

「これから京都なんだね。」

「うん!」

「いっぱい思い出作ろ!」

「うん!」

二人は顔を見合わせて笑った。

その笑顔を見ていた桐谷先生は、小さく息を吐く。

(……なんだかんだ。)

(こういう笑顔を見るために来てるんだよな。)

その気持ちは本物だった。

しかし。

その五秒後。

「先生ー!」

また遥菜だった。

「今度はなんだ。」

「鹿ってどこ!?」

「まだ駅だ。」

「そっか!」

「京都全部に鹿がいるわけじゃない。」

「えっ!?」

本気で驚いている。

琉生は静かに額を押さえた。

「奈良と混ざってる……。」

周囲から笑いが起こる。

そんな賑やかな二年B組を乗せるバスが、ゆっくりと動き始めた。

窓の外には、京都の街並み。

昔ながらの建物と近代的なビルが並ぶ、不思議な景色が続いている。

奏音と音波は窓に顔を寄せながら、小さく声を弾ませた。

「見て!」

「五重塔!」

「あっ!」

「ほんとだ!」

修学旅行は、まだ始まったばかり。

この先、誰も予想していない三日間が待っていた。

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