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修学旅行編 第一話

修学旅行編スタート!

朝六時三十分。

まだ眠気の残る空気の中、夜ヶ丘高等学校附属中学校の校門前だけは、いつもより少し賑やかだった。

大きなキャリーケースを引く音。

保護者と話す声。

友達を見つけて笑い合う声。

今日から二泊三日。

二年生最大のイベント、修学旅行だった。

桐谷先生は名簿を片手に、時計を見上げる。

(まだ集合十五分前。)

(……今のうちは平和だ。)

そう思った瞬間だった。

「きりせーーーん!!」

校門の向こうから元気な声が響く。

(来た。)

遥菜だった。

大きなリュックを背負い、キャリーケースを引きながら全力で走ってくる。

「走るな!」

「間に合ってるから大丈夫!」

「そういう問題じゃない!」

勢いそのままに止まろうとして、

ガラガラガラッ。

キャリーケースだけが前へ走った。

「あっ。」

「おい!」

桐谷先生が慌てて受け止める。

中身は無事。

本人も無事。

「セーフ!」

「アウトだ。」

朝一番から先生のため息が一つ増えた。

その様子を見ていた唯月は、小さく笑う。

「遥菜らしいね。」

「ごめんごめん!」

反省しているのか分からない笑顔だった。

少し離れた場所では、琉生が腕時計を見ている。

「あと十分か。」

班長として、すでに人数確認を始めていた。

「奏音と音波は?」

「いるよー!」

返事と同時に、二人が校門の外から現れる。

「おはよう!」

「おはよー!」

声まで明るい。

奏音は新品の旅行バッグを嬉しそうに持ち上げていた。

「見て見て!新しいバッグ!」

「お揃いなんだよ!」

音波も同じバッグを持って、くるりと一回転する。

遥菜が目を輝かせた。

「かわいい!」

「でしょー!」

朝から三人とも元気だった。

琉生は苦笑する。

「新幹線乗る前に体力使い切るなよ。」

「だいじょぶ!」

「いっぱい寝た!」

「私も!」

返事だけ聞くと、本当に大丈夫そうだった。

桐谷先生は名簿に目を落とす。

「二年B組。」

一人ずつ確認していく。

全員いる。

その瞬間だけは安心できた。

(よし。)

(ここまでは順調だ。)

校長先生の簡単な挨拶が終わり、荷物をバスへ積み込む時間になる。

「重い!」

遥菜がキャリーケースを持ち上げようとしている。

「何入れたんだ。」

琉生が聞く。

「お菓子!」

「そんな入るか。」

「あと着替え!」

「それでも重すぎる。」

「ぬいぐるみ!」

「犯人いた。」

唯月が思わず吹き出した。

「旅行にぬいぐるみ持ってくの?」

「一緒に旅行したいじゃん!」

「なるほど。」

妙に納得してしまう。

その横では奏音と音波がキャリーケースを軽々持ち上げていた。

「よいしょ!」

「せーの!」

息がぴったり合う。

「軽いね!」

「軽い!」

桐谷先生は思わず二度見した。

(……いや。)

(そのサイズ、結構重いはずなんだけど。)

本人たちは楽しそうに笑っている。

遥菜が近寄る。

「持たせて!」

受け取った瞬間。

「おもっ!?」

両腕が一気に沈んだ。

「え!?なんで二人普通に持ってるの!?」

奏音と音波は顔を見合わせる。

「え?」

「普通だよ?」

「普通じゃない!」

琉生が即座に突っ込む。

朝から笑い声が広がった。

そんな様子を見ながら、桐谷先生は小さく息をつく。

(……まあ、楽しそうで何よりか。)

その考えは、十分後には撤回することになる。

バスへ向かう列が動き始めた。

その先には駅。

そして新幹線。

二泊三日の修学旅行が、いよいよ始まろうとしていた。

駅へ向かうバスの中は、朝とは思えないほど賑やかだった。

窓の外を流れる街並みを眺める人。

まだ眠そうに目をこする人。

そして、朝から元気が有り余っている人。

その代表が、遥菜だった。

「ねぇねぇ!あとどれくらいで着く?」

前の席から振り返る。

「あと2時間くらい。」

琉生がスマホ……ではなく、先生から配られた行程表を見ながら答えた。

「2時間かぁ。」

三秒後。

「まだ?」

「今ので三秒しか経ってない。」

「えへへ。」

唯月は小さく笑いながら窓の外を見る。

朝日に照らされた街並みが少しずつ駅へ近付いていく。

修学旅行。

その言葉だけで、なんだか胸が弾んでいた。

後ろの席では、奏音と音波が並んで座っている。

「楽しみだね!」

「うん!」

「駅弁何にしよう!」

「いっぱいあるかな!」

二人とも目がきらきらしていた。

話題はすでに京都ではなく駅弁だった。

「牛タンかな!」

「カツもいい!」

「うなぎ!」

「お肉!」

「全部食べたい!」

「一個しか買えないぞ。」

琉生が後ろを振り向く。

「えぇー!」

二人の声がぴったり重なった。

遥菜が笑い転げる。

「シンクロした!」

「したね!」

「「した!」」

また揃う。

唯月は肩を震わせながら笑った。

「そこまで揃う?」

駅へ到着すると、先生たちはすぐに整列を始めた。

「荷物は忘れないこと!」

「走らない!」

「ホームでは黄色い線の内側!」

桐谷先生の声が駅に響く。

その後ろでは。

「広い!」

「うひょー!」

「すごい!」

遥菜と奏音と音波が天井を見上げていた。

都会の大きな駅。

何本もの線路。

何本ものホーム。

旅行客であふれる改札。

全部が新鮮だった。

唯月も負けていない。

「あっ、お土産屋さん!」

「まだ買わない。」

琉生のツッコミは反射だった。

「えぇ?」

「帰り。」

「そっか。」

唯月が納得した三秒後。ん?唯月?

今度は双子。

「「あっ!駅弁!」」

「だから落ち着け。」

先生の号令でホームへ向かう。

ホームにはすでに新幹線を待つ人たちが並んでいた。

その中に二年B組も並ぶ。

風が吹く。

遠くから、低く長い音が聞こえてきた。

ブォーーーーーーーーー

「来た!」

遥菜が目を輝かせる。

線路の向こう。

白い車体がゆっくり近付いてくる。

「わぁ……。」

奏音が思わず声を漏らした。

音波も隣で笑っている。

「速そう!」

新幹線は音もなく滑るようにホームへ入ってくる。

ブレーキの音さえ上品だった。

目の前で止まる。

ドアが開く。

「乗るよ!」

先生の合図で、一列ずつ車内へ入っていく。

指定席。

荷物を棚へ上げる人。

座席を確認する人。

窓際を取り合う人。

「窓!窓!」

奏音が嬉しそうに座る。

音波もその隣。

「見えるかな!」

「富士山見えるかな!」

遥菜は通路を挟んだ反対側。

唯月はその隣。

琉生は通路側で周りを確認している。

「全員座ったな。」

班長の仕事はまだ終わらない。

その頃、桐谷先生は車両の前方から人数確認をしていた。

(ここまでは順調。)

その瞬間だった。

「きりせーん!」

また呼ばれた。

(またか。)

振り返る。

遥菜だった。

「どうした。」

「座席倒していいですか!」

「後ろに聞いてからな。」

「あっ、そうだった!」

桐谷先生は小さく笑う。

(今回は平和だ。)

「ねぇ音波。」

奏音が窓を指差す。

「見て。」

「ん?」

「新幹線って。」

「うん。」

「まだ動いてないのに、もう楽しい。」

音波が笑う。

「私も。」

その言葉につられて、唯月も窓の外を見る。

ホームには見送りに来た家族。

手を振る小さな子。

旅行へ向かう人たち。

修学旅行が、本当に始まる。

その空気が車内いっぱいに広がっていた。

やがて発車ベルが鳴る。

ドアが閉まり、新幹線は静かに動き始めた。

遥菜が窓に張り付く。

「動いたー!」

奏音も音波も思わず笑顔になる。

「出発だ!」

「行ってきます!」

誰に言ったのかは分からない。

でも、その一言だけで。

二年B組の修学旅行は、本当の意味で始まった。

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