文化祭
文化祭編です!
文化祭当日の校舎は、いつもとはまるで別世界だった。
廊下には色とりどりの装飾が並び、あちこちから呼び込みの声が響く。
「焼きそばいかがですかー!」
「お化け屋敷、待ち時間なしでーす!」
どのクラスも賑やかで、活気にあふれている。
そんな中。
二年B組の前だけは、不思議なくらい空気が落ち着いていた。
教室の扉には、丁寧に磨かれたプレート。
**『2-B メイド喫茶』**
文字はまっすぐ揃えられ、飾り付けも派手すぎない。
どこか上品で、静かな雰囲気が漂っていた。
ガラッ。
扉が開く。
中から、小さな声が重なった。
「「いらっしゃいませ。」」
ぴたり。
最初のお客さんが、入口で止まる。
「……え?」
「今、ハモった?」
「いや、録音じゃないよな?」
店内へ視線を向ける。
そこには白と黒のメイド服を身にまとった双子が立っていた。
皺ひとつないメイド服。
エプロンの位置。
リボンの角度。
髪飾りまで左右対称。
そして。
その中心に立つ二人。
如月奏音と如月音波。
今日は"瑠璃"と"翠"として、お客様を迎えている。
二人は軽く一礼した。
「「ご案内致します。」」
また同時だった。
客席から小さなどよめきが起こる。
「ずれてない……。」
「完全に一緒だ……。」
遥菜は少し離れた場所から、その様子を見て笑う。
「また止まってる。」
「毎回ああなるな。」
琉生は苦笑しながら肩をすくめた。
席へ案内されると、二人は迷いなく動き出す。
「お水です。」
「メニューです。」
コト。
ほとんど同時に、水とメニューが置かれた。
「ありがとうございます。」
お客さんが思わず言うと、
「「どういたしまして。」」
やっぱり同時。
「なんかもう機械みたいだな……。」
琉生が小さくつぶやく。
「えー? 私は好きだけどなぁ。」
遥菜は楽しそうに笑った。
「落ち着くよね。」
「怖いけどな。」
唯月も苦笑する。
しばらくして、一人のお客さんがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……おすすめは?」
二人は顔を見合わせることもなく答える。
「「萌え萌えキュンのオムライスです。」」
「また揃った……。」
思わず笑いが漏れる。
奥では桐谷先生が腕を組みながら店内を見渡していた。
(文化祭くらいは……平和でいてほしい。)
そんな願いも束の間。
厨房から声が響く。
「「オムライス、完成しました。」」
「まただ。」
「すご……。」
料理が運ばれてくる。
「「お待たせしました。」」
コト。
オムライス。
コト。
スプーン。
置くタイミングまで同じだった。
唯月が思わずつぶやく。
「これ、練習したのかな……。」
遥菜は首を振る。
「練習でできるレベルじゃなくない?」
瑠璃と翠は、そのまま静かに店内を回る。
「「ご注文をどうぞ。」」
「えっと……パフェ二つで。」
「「かしこまりました。」」
同時に一礼。
同時に一歩下がる。
同時に厨房へ向かう。
「本当に双子なんだよな……?」
誰かがぽつりと漏らした。
数分後。
パフェが運ばれてくる。
見た目は完全に同じ。
クリームの高さ。
フルーツの位置。
チョコソースの流れ方まで一致していた。
「えっ……。」
お客さんは思わず二つを見比べる。
「これ、どっちが作ったとかあるの?」
二人は穏やかな声で答えた。
「「ひとりひとつずつお作りいたしました。」」
その声は相変わらず揃っている。
けれど。
ほんの少しだけ。
目元が柔らかく笑っていた。
「ありがとうございます。」
そう言われると、二人は小さく会釈する。
その自然な仕草に、お客さんも思わず笑顔になった。
「ねぇ。」
遥菜がぽつりと言う。
「なんかここ、落ち着くんだけど。」
唯月も静かに頷いた。
「怖いけど落ち着くの、変だよね。」
気付けば店内はほぼ満席になっていた。
注文は途切れない。
「「注文、紅茶。」」
「「ケーキセット。」」
厨房との連携も、息がぴったり合っている。
そして。
店内の照明が少しだけ落ちた。
「おっ。」
誰かが小さく声を上げる。
イベントタイム。
瑠璃と翠が店の中央へ歩み出る。
自然と店内が静かになった。
二人は深く一礼する。
「「本日の特別サービスです。」」
二人はゆっくりと顔を上げる。
店内にいる全員の視線が自然と集まった。
瑠璃と翠は一歩前へ出る。
そして。
「「おかえりなさいませ。」」
一拍置いて。
「「ご主人様・お嬢様。」」
ぴたりと重なった声が、静かな店内に優しく響く。
感情を大きく乗せているわけではない。
それなのに、どこか温かい。
「おぉ……。」
誰かが思わず声を漏らした。
小さな拍手が起こる。
遥菜は両手を口元で組みながら目を輝かせた。
「え、今の普通によかった……。」
「お前、こういうの弱いよな。」
琉生が苦笑する。
「だってかわいいじゃん!」
唯月も小さく笑う。
「確かに……これは人気出るね。」
イベントが終わると、二人は何事もなかったように持ち場へ戻る。
「「ご注文をどうぞ。」」
さっきまでの空気が嘘だったかのように、また静かな接客が始まった。
そのときだった。
ガラッ。
教室の扉が勢いよく開く。
一人の男子生徒が入ってくる。
教室を見回し、双子を見つけた瞬間。
口元がゆがんだ。
「あれ? お前らじゃん。」
瑠璃と翠は同時に視線を向ける。
「「いらっしゃいませ。」」
変わらない。
礼も、声も、表情も。
男子は鼻で笑った。
「へぇ。メイドなんかやってんの?」
二人は答えない。
「「こちらのお席へどうぞ。」」
案内だけは丁寧だった。
男子は席には向かわない。
そのまま二人の前まで歩いてくる。
「あれだけビクビクしてたくせに。」
「昔はもっとオドオドしてたよな?」
周りのお客さんが顔を見合わせる。
何人かは空気の変化に気付き、会話を止めていた。
それでも二人は変わらない。
「「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください。」」
接客の言葉だけを返す。
男子は眉をひそめた。
「無視してんの?」
翠は瑠璃の方を向く。
少しだけ首をかしげた。
「瑠璃、瑠璃、お客様ってばどうかしちゃったみたい。」
瑠璃も翠の方を見ながら穏やかな声で返す。
「翠、翠、お客様ってば頭に脳みそが詰まってないみたいよ。」
一瞬。
店内が静まり返る。
「ぶっ……!」
遥菜は慌てて両手で口を押さえた。
肩だけが小刻みに震えている。
唯月も顔を伏せて笑いをこらえていた。
琉生は額を押さえる。
「それ今言うのか……。」
男子の顔がみるみる赤くなった。
「お、お前……!」
店内の空気が、少しだけ張り詰めた。
男子は顔を真っ赤にしながら、一歩踏み出した。
そのまま翠へ向かって腕を伸ばす。
「翠!」
遥菜が思わず声を上げる。
唯月も立ち上がりかけた。
次の瞬間だった。
ガシッ。
教室の空気が止まる。
男子の手首を掴んでいたのは、瑠璃だった。
ぎゅっと力を入れているようには見えない。
包み込むように、そっと添えているだけ。
それなのに。
「……あれ?」
男子が眉をひそめる。
腕が動かない。
少しだけ力を入れる。
びくともしない。
(なんでだ……?)
もう一度。
今度は本気で引く。
それでも動かない。
瑠璃は静かに男子を見つめていた。
怒っているわけでもない。
睨んでいるわけでもない。
接客中と変わらない、穏やかな表情。
「お客様。」
その声は静かだった。
「翠には、指一本触れさせませんよ。」
男子は思わず息をのむ。
その反対側では、翠がそっと男子の腕に手を添えた。
まるで転ばないよう支えるような、優しい手つきだった。
「お客様。」
翠も穏やかに微笑む。
「瑠璃には、指一本触れさせませんよ。」
「な、なんだよ……!」
男子は必死に腕を引く。
抜けない。
もう一度。
抜けない。
「うそだろ……。」
小さくつぶやいた声は、自分に言い聞かせるようだった。
(こんな力……。)
目の前の双子は、小学生の頃とほとんど変わらないくらい細い。
押せば倒れそうだった。
からかえば俯いていた。
泣きそうな顔で逃げていった。
そんな記憶しかない。
なのに。
目の前の瑠璃は片手だけで男子の腕を止めていた。
力任せではない。
それでも、まるで大きな岩に掴まれているように動かない。
周りのお客さんも息をのんで見守っている。
誰も騒がない。
静かだった。
静かだからこそ、余計に緊張が伝わってくる。
桐谷先生も異変に気付き、急いで近付いてくる。
「どうした!」
その声が聞こえた瞬間。
瑠璃と翠は顔を見合わせる。
小さく頷き合うと、
同時に、
ぱっ。
手を離した。
「うわっ!」
支えを失った男子は勢い余って一歩よろける。
転びそうになった体を、自分でなんとか立て直した。
瑠璃と翠は何事もなかったように制服を整え、
深く一礼する。
「「お客様。」」
声が重なる。
「「これ以上、他のお客様のご迷惑となる行為をされるようでしたら、ご退出をお願いいたします。」」
店内には静かな空気だけが流れていた。
怒鳴る者はいない。
責める者もいない。
それでも。
男子は、その場から一歩も動けなかった。
男子は瑠璃と翠を交互に見つめた。
動けない。
いや、動きたくても足が前へ出なかった。
(……なんなんだ。)
手首にはもう何の力もかかっていない。
それなのに、さっきまでの感覚だけが残っている。
小学校の頃とは、何もかも違った。
少しからかえば俯いていた。
何も言い返せなかった。
そんな二人だったはずなのに。
目の前にいる瑠璃と翠は違う。
強い。
腕力だけじゃない。
何を言われても表情を崩さない。
怒鳴らない。
言い返さない。
それでも、自分は何もできなかった。
男子は小さく舌打ちをした。
「……帰る。」
踵を返し、出口へ向かって歩き出す。
瑠璃と翠は、最後までメイドだった。
二人は深く一礼する。
「「ありがとうございました。またのお越しを。」」
男子の足が一瞬だけ止まる。
教室を出る、その直前。
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「「……お待ちしておりません。」」
ほんのわずかに間を置いて放たれたその一言に、
教室中が静まり返る。
男子は何も返さなかった。
返せなかった。
そのまま扉を開け、教室を後にする。
ガラッ。
バタン。
扉が閉まる音と同時に、張り詰めていた空気がふっとほどけた。
「ぷっ……!」
遥菜がとうとう吹き出した。
「最後の一言だけ本音じゃん!」
「そこは『またのお越しを』で終われよ……。」
琉生も苦笑する。
唯月は胸をなで下ろした。
「でも……よかった。」
「騒ぎにならなくて。」
桐谷先生もゆっくり息を吐く。
(怒らなかった。)
(取り乱さなかった。)
(ちゃんと接客を最後まで続けた。)
視線を向けると、双子はもう次のお客様のもとへ歩いていた。
まるで何事もなかったかのように。
「「お待たせいたしました。ケーキセットでございます。」」
「ありがとう。」
「「ごゆっくりどうぞ。」」
さっきまでの出来事が嘘のように、穏やかな時間が流れ始める。
店内では再び笑い声が聞こえ、
紅茶の香りが漂う。
桐谷先生は胸ポケットからメモ帳を取り出した。
さらさらと書き込む。
『二年B組 メイド喫茶』
『異常なし。』
そこまで書いて、ペンが止まる。
「……いや。」
小さく苦笑する。
『接客精度が高すぎる点を除く。』
書き足してから、自分で首をかしげた。
「異常なしって……何だ?」
その独り言を聞いた琉生が笑う。
「先生、そのクラスで普通を探す方が難しいですよ。」
「……それもそうか。」
桐谷先生は肩の力を抜き、小さく笑った。
文化祭はまだ続く。
二年B組メイド喫茶も、静かに、穏やかに。
そして今日も満席のままだった。
そして双子のメイドも、完璧だった。
双子メイド、いかがだったでしょうか?
感想、お待ちしています!(ログインしてなくてもかけるので、是非どうぞ!)




