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普通になれない僕らへ  作者:
第三章【秘密】

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8/12

第8話

今回いつもより更新時間が遅れてすみません。

湊side

「……え?」

離れたところから、翠ちゃんの震えた声が聞こえた。

「……っ、どうしたの!」

黎くんとともに翠ちゃんの元へ駆け寄る。

翠が檻の鍵を急いで開けようとしている。

そこにいたのは、ボロボロになって倒れ込んでいる、まだ幼い少女だった。

「きみ、実験体なの、?い、いま、入れられて、どれくらいたった!?」

「……っ、2年、くらい……です。」

翠ちゃんすごい焦っている。

無理もない、ここ最近の実験体は、幼くても十五歳前後だと彩音さんが言っていた。

それなのに、この子はまだ幼い。

しかも、二年。

——能力が完全発現してから時間が経つほど、自我は削られていく。

普通なら、もうまともに会話なんてできないはず……。

「ごめん、鍵が開かないから先に応急処置だけさせて。」

翠は少女へ手を伸ばした。

淡い光とともに、少女の身体から能力が吸い上げられていく。

能力による侵食を止めれば、少しは精神の崩壊を遅らせられる。

「……間に合って!」

――バタン。

「おいおい、勝手にいじられちゃ困るなぁ。」

部屋の奥から、大柄な男が姿を現した。

四人の中で一番高い魁斗よりも、頭一つ分……いやそれ以上高い。

その背後には、様子のおかしい二人の男が、無言のまま控えている。

「お前、誰だよ。」

翠が低い声で聞いた。

ここまで怒っている翠ちゃんを、今まで見たことがあっただろうか。

「あ?俺はここの施設の最高責任者だ。それより、勝手に実験体に手出すとはどう言うことだぁ?」

男は翠を強く睨んだ。

「そう、後ろの奴らは能力者?」

翠は男の後ろへ視線を向けた。

二人の能力者は、獣みたいに低く唸りながら、今にも飛びかかってきそうな目でこちらを睨んでいる。

「あぁ、よくわかったな。」

「今にも暴れたくて仕方ないって顔してるじゃん。」

「あぁ、そうだな。ってことで……お前ら、あいつらぶっ殺せ。」

男が命令した瞬間、後ろにいた二人の能力者が前へ出た。

片方は痩せた男。

もう片方は、全身に包帯を巻いた大柄な男だった。

その目には感情らしいものがほとんどない。


「……っ。」

空気が一気に張り詰める。

翠は倒れている少女を庇うように前へ出たあと、素早く敵を見比べた。

「みな、この子の救出をお願い。」

翠は檻の中の少女を指差し、そのまま黎へ視線を向ける。

「黎は包帯の方お願い。私はもう片方やる。」

「了解。」

黎が低く返事をした瞬間、空気が揺れた。

包帯男が手をかざした瞬間、研究室の機材が一斉に浮き上がる。

机、鉄骨、ガラス片。

「死ね。」

次の瞬間、それらが弾丸と同じ速度で飛んできた。

――ガキィン!!

黎は最小限の動きでそれを弾く。

……が、金属片が頬を掠めた。

「……チッ。」

敵が舌打ちした瞬間、床が軋む。

今度は天井ごと押し潰すつもりらしい。

研究室全体が震えた。

「……うるさい。」

低い声と同時に、黎の姿が消える。

敵が目を見開く。

「は——」

言い終わる前に、懐へ潜り込まれていた。

腹へ重い一撃が叩き込まれる。

空気を吐きながら、能力者の身体が吹き飛んだ。

壁へ激突する。

それでも能力者は歪んだ笑みを浮かべた。

「俺に近付いたのが失敗——。」

瞬間、黎の周囲を取り囲むようにナイフが一斉に浮かび上がった。

「遅い。」

ナイフが黎の方向へ向くより先に、黎が床が凹むほど強く踏み込む。

敵がナイフを飛ばすより先に、黎は包帯男の首元へ手刀を叩き込んだ。

――ドサッ。

能力者の身体が、そのまま床へ崩れ落ちる。

同時に、宙へ浮いていたナイフも力を失い、乾いた音を立てて散らばった。

研究室に静寂が戻る。

黎は倒れた能力者を一瞥したあと、何事もなかったかのように振り返った。

「終わった。」

「え、もう!?」

翠が目を丸くする。

「……やっぱ強いな〜。」

少し呆れたみたいに笑ったあと、翠はくるりと残った能力者へ視線を向けた。


「じゃ、こっちもさっさと倒しますかー。」

「……ふっ、随分余裕じゃねぇか。」

男が不気味に笑った。

翠は床を蹴り、一気に距離を詰め、そのまま拳を振り抜——

――ズキッ。

「……っ!?」

突然、頭の奥に鋭い痛みが走った。

視界がぐらりと揺れる。

身体が思うように動かない。

「っ、しま——」

次の瞬間。

――ドンッ!!

能力者の蹴りが迫る。

翠は反射的に体を捻り、紙一重で足は空を切り、攻撃は当たらなかった。

「っ……!」

だが着地が遅れた。

バランスを崩し、そのまま床へ転び込む。

「宵ちゃん!!」

湊が思わず叫ぶ。

黎も鋭い目で能力者を睨みつけた。

「危な……攻撃食らうかと思った。」

翠は、自分の身体がちゃんと動くか確かめるように、指先を軽く握って開く。

「ハハッ、もう効いてんだよ!」

能力者が口角を吊り上げた。

「俺の精神操作は、脳に直接干渉する。思考も感情も、そのうち全部ぐちゃぐちゃになるぜ?」

「……はぁ、精神操作系かよ。」

翠はゆっくり身体を起こした。

頭を押さえ、小さく息を吐く。

視界がぼやける。

思考が霞む。

頭の奥へ、無理やり誰かの手が入り込んでくるみたいな感覚。

「宵ちゃん、下がって!」

湊の声が聞こえる。

「……いや、大丈夫。」

翠はふらつきながら立ち上がった。

能力者が笑う。

「強がんなよ。もうまともに動けねぇだろ?」

「……いや。」

翠は小さく眉を寄せた。

「なんか、変なんだよね。」

「は?」

翠はゆっくり顔を上げる。

その視線が、檻の中で眠る少女へ向いた。

「……そっか。」

小さく呟く。

「この子の能力だったんだ。」

「何言って——」

「効かないよ。」

その瞬間。

能力者の笑みが固まった。

「……は?」

「最初はちょっと入ってきたけど、もう平気。」

翠はゆっくり拳を握る。

頭の中にあった違和感が、少しずつ消えていく。

「……ふふっ。」

翠は小さく笑った。

「私、もう自分を失えないみたい。」

「……は?そんなわけあるか!!洗脳だぞ!なんで効かねぇんだよ!!」

能力者が焦ったように叫ぶ。

精神操作が一気に強まった。

空気が重く歪む。

けれど、翠はそのまま歩いていく。

一歩、また一歩。

真っ直ぐ能力者へ近付いていく。

「だから言ったでしょ。」

翠が一瞬で懐へ潜り込む。

「効かねぇって。」

相手が反応するより早く、翠が敵の背後に回り込み、手が首元へ滑り込む。

――ガクッ。

能力者の身体から、一気に力が抜けた。

「がっ……!!」

崩れ落ちた能力者は、そのまま動かなくなる。

研究所の最高責任者は、初めて焦ったような表情を見せた。

「……待て。」

小さく呟いたあと、翠を睨みつける。

「さっき、“宵”って言ったか……?」

研究所の空気が張り詰める。

男の喉が小さく鳴った。

「まさか……あの都市伝説、本当に……?いや、それより……。」

翠は静かに男を見つめる。

「……知ってるんだ。」

男の視線が、倒れた能力者へ向く。

「それでも……、ありえねぇ……俺の最高傑作だぞ……!?」

呼吸が乱れる。

「な、なんで精神操作が効かねぇんだよ……!!」

男の顔に焦りが滲む。

「普通の人間なら、とっくに壊れて——。」

最後まで言う間もなく、翠が一瞬で距離を詰める。

「それ以上喋らなくていい。」

――ゴッ。

鈍い音とともに、拳が男の鳩尾へ突き刺さった。

男は白目を剥き、そのまま崩れ落ちる。

研究室に静寂が戻った。

翠はゆっくり息を吐いたあと、二人を振り返る。

「……みんな無事?」

「こっちは大丈夫、檻も開けられたよ。宵ちゃんは?大丈夫?」

湊は女の子を抱えて、翠の元へ駆け寄った。

「うん、大丈夫。精神干渉とかこっわいね。」

翠は笑いながら言った。

「笑い事じゃない、……怪我をしなくてよかった。」

黎は翠の頭に手をぽんっと置いた。

「……この子の能力がなかったら、危なかったな。」

翠の手がそっと少女に触れる。

少女に残っていた“半分の能力”が静かに吸い取られていく。

さらに倒れている敵二人へ視線を向けた。

「あとこれも。」

――念動力と精神操作。

吸収が終わった瞬間、空気がわずかに軽くなる。

「宵ちゃんが精神攻撃が効かなかったのも、この子の感情が残ってたのも、この子の能力のおかげ、?」

湊が少女を見ながら呟いた。

翠は少しだけ考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。

「うん、皮肉にもね。この子の能力って“自分を失わない”ためのものなんだと思う。」

「精神操作とか、感情操作とか……そういうのに抵抗する能力。」

湊が小さく目を見開く。

翠は少女の頭を撫でた。

「でも、まだ小さかったから……感情が消えていく方が早かったんだと思う。」

静かな声だった。

「能力が“自分を保つための仕組み”としてちゃんと機能する前に、そっちが追いつかなかった」

「……あと一週間遅かったら、多分もう間に合わなかった。」

翠は悲しそうな顔で、少女を見下ろしたまま、しばらく言葉を探していた。

その横顔は、戦闘中の鋭さとはまるで違って、どこか沈んでいる。

「……多分、」

やっと絞り出した声は、少し掠れていた。

「この子、能力が発現しなかったって思われてたんだと思う。」

視線が少女の傷へ落ちる。

「それで……感情が消えないのを理由に“失敗作”扱いされて……、研究員に憂さ晴らしみたいに暴力を振るわれてたんだと思う。」

翠は一度大きく息を吐いた。

「……失敗作。」

黎が、その言葉だけを低く繰り返す。

感情が読めないほど静かな声なのに、空気だけが少し重くなる。

少女を見下ろしたまま、指先がわずかに強張った。

「……だから、こんな状態なのか。」

湊は何も言わないまま、少女を抱く腕にほんの少しだけ力を込めた。

壊さないように、でも落とさないように。

その沈黙が、逆に気持ちを物語っていた。

「……ぶっ殺したい。」

吐き捨てるように言ったのは翠だった。

怒りというより、抑えきれない感情がそのまま漏れた声。

一瞬だけその場が静まり返る。

翠は軽く息を吐き、乱れた感情を無理やり整えるように肩を回した。

「はぁ……ほんと、この研究所バカだね。」

そう言いながらも、目はまっすぐ少女を見ている。

そっと頭に手を置いた。

壊れないよう、確かめるように。

「守ってくれてありがとね。」

その声だけが、さっきまでと違ってやけに柔らかかった。

少し間を置いてから、翠は入ってきた方を見た。

「よし、撤収しよっか。」


「おう、遅かったな。」

魁斗が少し安堵したような顔で三人を見た。

「こっちはへっちゃらよ。……そっちは?大丈夫だった?」

翠が魁斗の顔を覗き込む。

「お、おう、大丈夫だ。回収班もすぐ近くで待機してる」

魁斗は少し気まずそうに視線を逸らし、待機班のいる方へ顎をしゃくった。

「わー、二人ともシゴデキだね〜」

翠が軽く笑う。

「たりめぇだ。……それより、そいつはなんだ?」

魁斗の視線が、湊の腕の中の少女に向いた。

「この子については車内で説明する。とりあえず西園寺本邸の医療センターに行くよ。能力関連の処置もできるから。」

「了解。」

五人は急いで外に出た。


――外は夜の暗さが少しだけ薄れていて、待機車両のライトが、地面を白く切り取っている。

五人は車に乗り込み、素早く車を走らせた。

「それで、その子は?」

運転席の優雅がバックミラー越しに問いかける。

「この子はね……。」

湊は少女を抱えたまま、ゆっくりと説明を始めた。

先の戦闘のこと、能力のこと、そして少女に救われたこと。

翠はその横で、少女を見つめたまま黙っている。

「……そっか。」

やがて小さく息を吐く。

「じゃあこの子、翠ちゃんの命の恩人だね」

優雅が軽く笑った。

「目が覚めたら、お礼言わないと。」

「……そうだな。」

黎が窓の外を見たまま静かに言う。


――しばらくして、西園寺本邸に到着した。

「先生!急いでこの子を治療して!」

少女を連れて建物の中へ駆け込む。

そこにはすでに西園寺厳の姿もあった。

「状況は?」

医者の短い問いに、湊が要点だけを落とす。

戦闘経緯、能力の異常、そして保護の必要性。

一通りを聞き終えた厳と医者は、少女を見下ろしたまま静かに言った。

「……この子の状態は?」

翠が一歩前に出る。

「今まで通り、能力の“因子”は取り除いた。記憶を消せば感情自体は戻るよ。完全じゃないけどね」

一瞬、空気が動く。

「あと、今回手に入れた“精神操作”って能力を使えば、感情の安定化ができると思う。経過観察を挟めば、能力者は少し記憶がないことを除けば、完全に元に戻せるはず。」

魁斗が眉を上げる。

「それ、つまり全部いけるってことか?」

「うん、理論上はいけるはず。」

翠は淡々と答えたあと、少女に視線を落とした。

「ただ、この子はまだ幼すぎる。能力を使うにはまだ安定してない。今は治すより経過を見た方がいい。」

沈黙が落ちる。

西園寺は短く頷いた。

「……あぁ。本邸で経過観察をしよう。」

「うん、お願い。私もこの子の様子見にくる。」

誰も異論を挟まなかった。

と言うより、翠以外はどうしようもできないため、誰も異論を挟めなかった。


その後、しばらく任務はなく、平穏な日常に戻る中、五人は何度か少女の病室へ通い続けた。

そしてその日も、翠は少女の経過観察のため本邸へ向かう。

「んじゃ、いってきまーす。」

「はーい。いってらっしゃい、気をつけてね〜。」

湊に見送られ、翠は勢いよく家を飛び出し、屋根を渡っていった。


西園寺本邸に到着し、静かな廊下を抜け、病室の前で足を止める。

少女は変わらず眠っている。

規則正しい呼吸だけが、静かに部屋を満たしていた。

「……問題なしっと。……ちょっとだけ、寄ってから帰ろうかな。」

それだけ言って、廊下へ出た。

階段を降りかけた、その瞬間。

ふっと、意識の輪郭が曖昧になる。

「……あれ?」

急に、頭の奥が重く沈んだ。

「なんか……すごく眠いかも」

まぶたが落ちそうになる。

「でも大丈夫……ただの疲れでしょ。」

軽く息を吐き、壁に手をついて体を支えようとした——が。

――ダンッ、ガタガタッ

翠は階段を勢いよく転げ落ち、そのまま意識が途切れた。


黎side

「おい、翠遅くねぇか。」

魁斗がそう言ったのは、何気ない違和感だった。

「今日、本邸行ってるんだよな?」

「うん、あの女の子の経過観察って言ってた」

優雅が軽く答える。

「……でも、戻ってきてない。」

その一言で空気が少し変わる。

「連絡は?」

「既読にならねぇ。」

魁斗がスマホを見せる。

嫌な予感がする。

「うーん、いくら強いとは言え、不安だな。」

湊が眉を下げる。

「……行くか。」

その言葉に魁斗が即座に立ち上がった。

「本邸だな。」

「待って。」

優雅が二人を止める。

「全員で動く必要はないよ。もし翠ちゃんが帰ってきたらおかえりっていう人も必要でしょ?」

「……っ。」

魁斗の動きが止まった。

「そしたら誰が行くんだよ。」

「だから魁斗と湊で行って。」

優雅は静かに続けた。

「僕と黎はここに残る。ね?黎くん。」

短い沈黙。

本当は、自分も探しに行きたい。

けれど——

「……頼んだ。」

“おかえり”は、自分の口で言いたかった。


――西園寺本邸。

だが、内部は広すぎる。

案内も曖昧なまま、それぞれが手分けして探す。

「……どこだよここ。」

魁斗が舌打ちする。

「病室は分かるけど、それ以外が分からないね」

湊が苦笑する。

「……どこにいるんだろう。」


だが、どこを探しても翠はいなかった。

――この時まだ、翠の身体に起きた異変に、誰も気づいていなかった。 

来週もよろしくお願いします!

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