第7話
――車に乗り込み、五人で移動する。
「僕たちも一緒で良かったの?」
湊は少し不安そうな顔で翠に聞いた。
「大丈夫だよ。本人たちが入るって言ったら、入れるってもう言ってあるし。」
「そっか。」
車内に少しだけ緊張した空気が流れる。
「……瞬間移動とか使えたら、すぐ行けるのにね。」
「それは怖ぇ。」
「じゃあ屋根を飛んでくのは?10分で着くよ?」
翠は当然のように言ってのけた。
「はぁ?車で飛ばしても1時間はかかる距離だぞ?……どんだけ早いんだよ。」
魁斗は真顔で翠を見た。
そんな他愛もない話をしているうちに、西園寺の本邸へ到着した。
「……うわ、やっぱ大きいね。」
車から降りた湊が、目の前にそびえる屋敷を見上げて呟いた。
「みんなは来るの久しぶりだもんね。増築して、みんながいた頃の二倍の大きさになりました!」
翠は「ジャジャーン!」と言わんばかりに両手を広げ、誇らしげに建物を示す。
「さ、行きましょ〜。」
軽い足取りで中へ入っていく。
黎はそんな背中を見つめ、小さく息を吐いた。
「……行くぞ。」
三人も頷き、その後を追って建物の中へ入った。
「お父さん!さっきぶりだね!四人も連れてきたよ!こんな夜にどうしたのよ。」
翠は厳の姿を見るなり、マシンガントークのように質問を浴びせた。
「……翠ちゃん、元気だね。」
湊が苦笑する。
「あぁ。やっと来たか。」
厳が口を開いた瞬間だった。
四人の肩がぴくりと震える。
「……っ、はは。」
「何を笑っている?」
厳が四人を見渡す。
その鋭い視線に、四人は慌てて表情を引き締めた。
「いやぁ、私のモノマネ、似すぎちゃったかなぁ。」
翠が悪びれもせず笑う。
その一言で、四人は再び肩を震わせた。
「……おい、座れ。」
「はーい。」
五人は横に並び、正座で座った。
「緊急任務だ。今から向かってくれ。……説明しろ。」
そう言うと、厳は側近へ軽く顎をしゃくった。
側近が一歩前へ出る。
「東條の研究所を発見しました。施設内には能力者の存在も確認されています。任務は研究所の制圧、および関係者の確保です。」
静かな声が部屋に響く。
「能力者は吸収して殺す?」
翠が真剣な表情で厳を見た。
「いや。能力を吸収した後は、生け捕りにしろ。」
「了解。」
翠は小さく頷く。
「能力者から情報聞き終えたら教えて。記憶消すから。……そうすればきっと普通の人生を歩める。」
翠は小さく息を吐き、気持ちを切り替えるように顔を上げた。
「……あと、確認なんだけど。」
それから翠はいくつかの確認事項を厳へ問いかけた。
――すべての質問が終わると、厳は翠を真っ直ぐ見据える。
「絶対に身元を明かすな。宵として任務に当たれ。」
一拍置き、四人へ視線を向けた。
「お前らの任務は研究所の制圧だけじゃない。翠を守れ。傷一つでもつけたら許さん。」
「当然です。」
黎が間髪入れずに答える。
厳はその返事に小さく頷いた。
「……なら、さっさと行け。」
ほんの一瞬だけ、その硬い表情が和らぐ。
「了解。」
五人は揃って立ち上がり、部屋を後にした。
――五人が去った後、厳は背もたれに寄りかかり、無言のまま天井を仰いだ。
「……よかったな。」
そう言い、一筋の涙を流した。
優雅side
「さぁ!潰しますよ!」
車から降りた翠は、強く拳を握りながら、ふんと鼻を鳴らした。
「お前……随分意気込んでるな。」
魁斗は若干呆れたように翠を見ている。
「そりゃ、もちろん!みんなと初めての任務だもん!かっこいいとこ見せたいじゃん?」
またドヤ顔をしている。本当に可愛い。今日だけで何回見せてくれたんだろう。
「そうだね!僕もかっこいいとこ見せて、恋愛的な意味で好きになってもらうんだ!」
翠に続いて、湊も意気込みを言っている。
「好きになってもらうには同意だけど、そこまで肩に力入れすぎても動けなくなっちゃうよ?」
あ、そっか。と納得したような顔で、二人は深呼吸を始めた。
「あ、ちょっと待って。二つ確認したいんだけど。」
優雅が翠へ視線を向ける。
「任務中は“宵ちゃん”呼びでいい?」
「うん、大丈夫だよ!認識阻害かけてるから、他の人からは高身長イケメンに見えてるだろうし。」
翠が笑顔で頷いた。
「はは、もうなんでもありだな……。」
魁斗が呆れたように笑う。
「あともう1個が……。」
その返事を聞きながら、優雅はさっきのやり取りを思い出す。
——“記憶消すから、……そうすればきっと普通の人生を歩める。”
きっと、能力者を殺したくない理由もそこにある。
東條の実験は、一般人を拉致して能力を植え付ける。
そして能力の発現とともに徐々に感情を奪われ、戦闘へ出される頃には、まともな精神ではいられなくなる。
つまり研究所にいる能力者たちの多くは、被害者だ。
「……なるほどね。」
優雅は小さく息を吐いた。
「能力者はできるだけ傷つけないようにした方がいい?」
翠は少し驚いたように目を瞬かせたあと、柔らかく笑う。
「うん。そうしてくれるとありがたいかも。」
「了解。」
全員の返事を聞きながら、優雅は小さく目を細めた。
それと今回は、もう一つ調べたいことがある。
——東條以外の組織にも能力者がいること。
理由はわからない。
けど、ちょうど研究所を制圧するから、中を調べれば何か掴めるかもしれない。
「はぁ……、頑張るか。」
肩の力を抜くように息を吐き、そっと研究所へ向けて歩き始めた。
「うわぁ、いっぱい出てきた。待ち伏せしてたみたいだね。」
翠が面倒くさそうな顔で呟く。
「とりあえず、ここは僕と湊と魁斗に任せて。」
優雅は辺りを軽く見回し、指先でナイフをくるりと回した。
「ざっと三十人しかいないし。まぁ、準備運動くらいにはなるかな。」
「いや、“しか”じゃねぇだろ。」
魁斗が呆れたように肩を竦める。
けれど、その口元はどこか楽しそうだった。
「でも、久しぶりに暴れられるね。」
湊もふわりと笑う。
翠はそんな三人を見回し、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「……みんな、やる気満々だ。」
次の瞬間。
優雅の姿が視界から消えた。
「は——?」
敵が反応するより早く、最前列にいた男の首筋へナイフの柄が叩き込まれる。
同時に、魁斗が真正面から突っ込んだ。
「邪魔。」
鈍い音とともに、一人の男が壁まで吹き飛ぶ。
その横を、湊が軽やかに駆け抜ける。
「ごめんね。」
笑顔のまま放った蹴りが敵を捉え、その身体を地面へ沈めた。
「わぁ……。」
翠は目を輝かせながら、小さく声を漏らした。
——数分後。
そこには床へ転がる敵たちと、ほとんど息一つ乱していない三人だけが立っていた。
「終わったよ。」
優雅が軽く手を振る。
「いや、早すぎない!?」
翠が思わずツッコむ。
「……ふん。」
黎は小さく鼻を鳴らし、倒れた敵たちを一瞥した。
その落ち着いた表情は、「当然だ」と言わんばかりだった。
「……顔がうぜぇ。」
黎の横顔を見た魁斗が、嫌そうに顔を顰める。
「翠ちゃんと会ってから、黎くん色んな表情するようになったよね。」
優雅が満足そうに微笑んだ。
そんな会話をよそに、翠と湊はすっかり盛り上がっていた。
「え! え! めっちゃかっこよかったよ! 私も早く戦いたくなっちゃった!」
翠は興奮した様子でエアーで拳を振る。
「本当!? かっこいいところ見せられたならよかった!」
湊は得意げに胸を張り、大きくポーズを決めた。
「宵、湊。そろそろ先行くよー。」
「はーい。」
二人は顔を見合わせて返事をすると、小走りで三人のもとへ駆け寄る。
そして五人は再び隊列を整え、研究所の奥へ向かって歩き始めた。
その後も、現れた敵を次々と制圧していく。
けれど、五人の誰一人として疲れた様子はなかった。
やがて辿り着いたのは、研究所最奥へ続く長い廊下。
突き当たりには、重々しい鉄製の扉が静かに佇んでいた。
「じゃ、先進むか。」
魁斗が肩を回しながら歩き出す。
——その瞬間だった。
ブツッ。
「……え?」
湊が足を止める。
耳につけていた通信機へ、不快なノイズが走った。
『こちら回収班――』
通信は途中で途切れ、そのまま沈黙した。
優雅が眉を寄せる。
「……通信が切られた?」
その一言で空気が張り詰める。
さっきまでの和やかな雰囲気は、一瞬で消え去った。
翠だけが静かに目を閉じ、周囲へ意識を巡らせる。
「……この先。」
ゆっくりと目を開く。
その声は、先ほどまでの明るさが嘘のように静かだった。
「誰かいる。」
黎も扉の奥へ視線を向ける。
「数は。」
「……わかんない。でも、嫌な感じ。」
短い沈黙が流れる。
「うん。とりあえず二手に分かれよっか。」
翠の提案に全員が小さく頷く。
そして翠、黎、湊の三人が先へ進み、優雅と魁斗は外で待機することになった。
「なんで俺が優雅のお守りしなきゃいけねぇんだよ。」
魁斗が少し不機嫌そうにぼやく。
「僕が外部との連絡を取る役だから、その間に敵が来ても対応できるようにって決めたじゃない。」
優雅は苦笑しながら肩を竦めた。
「それに翠ちゃんも言ってたでしょ? 『魁斗は一人でもすごく強いから、複数人で対応しなくても大丈夫』って。」
少しだけ笑みを深める。
「僕も、魁斗が一緒だと心強いし。」
「……そうかよ。」
ぶっきらぼうに返しながらも、魁斗の表情は少しだけ和らいだ。
――さて。
さっき研究室で見つけた、あの謎の契約書。
他組織の名前。
そして、『交換条件』という記載。
……多分、あれが他組織に能力者がいた理由だ。
翠ちゃんなら、何か知っているかもしれない。
今度聞いてみよう。
「……おい。」
「…………おいって。」
「……あっ、ごめん。どうしたの?」
ハッとして顔を上げる。
どうやら考え事に夢中で、魁斗の呼びかけが耳に入っていなかったらしい。
「ぼーっとしてるから、何かあったのかと思った。」
魁斗は優雅をじっと見つめる。
「……なんかあったのか?」
「んー、ちょっと気になることがね。」
優雅は小さく笑った。
「はっきりしたら、ちゃんと言うよ。」
「当たり前だ。」
魁斗は納得したように鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
翠side
――ギィ。
重々しい鉄の扉を開ける。
「ここって、こんなに広いんだね。」
扉の先には、天井の高い巨大な空間が広がっていた。
一目では端が見えないほどの広さだ。
周囲には無数の檻が並び、かつて実験体を収容していたことを物語っていた。
「……ここは闘技場か何かか?」
黎が辺りを見渡しながら低く呟く。
「そうかもね……。」
湊も険しい表情で檻へ近づいた。
「こんなに檻があるってことは……全部に実験体が入ってたのかな。」
「……たす、けて。」
「……?」
微かな声が耳に届く。
……今の、敵?
いや、違う。
気配は動いていない。
……檻の中だ。
翠は息を潜めながら、声のした方へゆっくり歩み寄る。
「……助けて。」
檻の奥。
壁にもたれかかるように、一人の少女が座り込んでいた。
全身は傷だらけで、肩は小刻みに震えている。
その姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
少女はゆっくりと顔を上げる。
そして、翠と目が合った。
「……え?」




