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普通になれない僕らへ  作者:
第三章【秘密】

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6/11

第6話

湊side

「とりあえず手分けして探すよ。」

優雅が全体に指示を出し、各方向に走り出した。

――1時間くらい経っただろうか。かなり走り回ったはずのに、全然見つからない。

「はぁ、はぁ、ほんとにどこに行ったの。はや、すぎ……。」

ここまで息を切らして、全力で走り回るのはいつぶりだろう。

「おい!見つかったかよ!」

前方から魁斗の声が聞こえてきた。

「いや、いない、。」

「あいつ早過ぎんだろ。」

魁斗も珍しく肩を揺らしている。

「……とりあえず、一緒に探そう。」

そう言って、魁斗と一緒に翠を探し始めた。


優雅side

「……やっぱここだった。」

翠がびくっと肩を揺らす。

振り返れば、屋上入口の扉にもたれかかった優雅が苦笑していた。

「ゆうくん……。」

「逃げ切れると思った?」

「ちょっとだけ。」

「甘いなぁ。」

前に翠から、星が綺麗に見えると聞いていた屋上、もしかしたらここにいるかもしれないと思った。

……半分賭けだったけど。

少し俯いたあと、翠に問いかけた。

「……宵、なんでしょ?」

翠の肩がぴくっと揺れる。

数秒の沈黙。そのわずかな時間が、ひどく長く感じられた。

やがて翠は、困ったみたいに笑った。

「……バレちゃったかぁ。」

背筋がわずかに強張る。

都市伝説。

裏社会でその名を知らない人間はいない。

痕跡を残さない秘匿スパイ、“宵”。

存在自体が曖昧で、何度も「実在しない」って噂された人間。

——それが、翠。

「……ほんとにいたんだ。」

思わず零れた声に、翠が小さく吹き出す。

「ひどくない?一応存在してるよ?」

「いや、そういう意味じゃなくて。」

優雅は額を押さえた。

「僕、正直半分くらい都市伝説だと思ってた。」

「……まぁ、それがスパイだからね。暗殺者と違って、正体バレてたらマズイでしょ。」

翠はフェンスへ背中を預ける。

風が髪を揺らした。

さっきまで逃げ回っていた人間とは思えないくらい、静かな横顔だった。

「……ごめんね。」

翠がぽつりと呟く。

「ちゃんと話すつもりだったの。」

「東條のことが、せめて死体のことが落ち着いてから。」

優雅は翠を見つめた。

「……なんで今は嫌だったの?」

翠は少しだけ視線を逸らす。

「だって、“宵”って知ったら……。」

小さく笑う。

「……実際に能力を使うところ見たら、みんな今までみたいに接してくれなくなりそうだったから。」

翠は下を向き、沈黙する。

「まだ、みんなに化け物って拒絶された時のために、気持ちの整理ができてなかった。」

「……でもさ。」

翠が空を見上げた。

「みんなは蓮さんが能力使っても、驚くだけで否定しなかった。」

手を伸ばして空に浮かぶ月を掴もうとした。

「……もしかしたら、私が能力を使っても、使ってるとこを見ても拒絶しないんじゃないかなって思ったの。」

どれだけ手を伸ばしても掴めない月に、翠は諦めたように手を下ろした。

その横顔が、ひどく寂しそうに見えた。

この子はずっと一人で怯えていたんだ。……僕たちに拒絶される、その日を。

「僕ね、この前翠ちゃんがケーキを買って来てくれた日に、路地裏で能力を使ってるとこ見てるんだ。」

僕は翠との距離をゆっくりと縮めた。

「だから、こうしてここに来てることが、少なくとも僕の答えだよ。」

そっと頭を撫でると、翠が驚いたように僕を見る。

「一人で抱え込まなくていい。」

翠の目が少しだけ潤み、月が反射している。

「それに。」

僕はフェンスの外へ視線を向けた。

魁斗が必死に翠を探して走っているのが見えた。

「それでもみんなは翠ちゃんを探してるよ。……だから大丈夫。」

翠は少し俯く。

地面に小さな水滴が落ちる。

唇をぎゅっと結んだまま、何度か息を整えて。

やがて目尻を赤くしたまま、僕を見て笑った。

「ありがとう。」

翠は大きく深呼吸をした後、真剣な表情へ戻した。

「……あとね。」

小さく拳を握り、意を決したように口を開く。

「できれば、みんなにまた西影衆へ戻って来てほしいんだよね。」

一瞬、思考が止まった。

「……え?」

「東條、絶対また来るから。」

翠の声から、さっきまでの軽さが少し消える。

「次は、多分もっと大きい。」

その言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。

情報が多すぎた。

「……また、って。」

言いかけた、その瞬間だった。

――バンッ!!

屋上の入口の扉が勢いよく開く。

「いたぞ!依頼の女だ!確保しろ!」

武装した男たちが雪崩れ込んできた。

咄嗟に翠を庇うように前へ出る。

「っ、下がって!」

けれど。

「……あーあ。」

翠が小さくため息を吐いた。

「だから急ぎたくなかったのに。」

次の瞬間。

翠の姿が消える。

「——は?」

思わず息を止めた。

一瞬遅れて、男たちの身体が次々と崩れ落ちた。

音すらほとんどない。

殴打音も、悲鳴も、衝突音すら。

ただ、倒れる。

「っ……。」

息を呑む。

”強い”とか、そういう次元じゃない。

まるで、“戦闘そのものを消してる”みたいだった。

……最後の一人が立ち上がる。

男の腕には、不自然な紋様が浮かんでいた。

「お前らさ、東條の人間じゃないよね。」

翠が音もなく男の背後へ回り込む。

その一言に、思わず息を呑んだ。

「……東條以外の組織にも、能力者がいる?」

男が能力を発動しかけた瞬間。

翠がその腕を掴む。

「ごめんね。」

次の瞬間、淡い光が男の身体から引き抜かれる。

目の前の光景が信じられなかった。

「……え。」

男はそのまま崩れ落ちる。

そして翠の指先に、見慣れない光が揺れていた。


湊side

「いた!!」

少し離れたビルの屋上。

指差した先には、翠と優雅が立っていた。

「はぁ!?なんであんなとこにいんだよ!」

魁斗が顔を顰める。

「とにかく行こう!」

二人が走り出した、その時だった。

「お前ら。」

低い声に振り返る。

「黎くん!」

黎もこちらへ向かって来ていた。

「翠ちゃん見つかったよ!」

「あぁ。」

黎が屋上へ視線を向ける。

次の瞬間。

――屋上入口の扉が勢いよく開いた。

武装した男たちが、次々と屋上へ雪崩れ込んでいく。

「っ!!」

嫌な予感が背筋を走る。

「おい、急ぐぞ!」

三人は一気に階段へ飛び込む。

鉄階段を駆け上がる音が響く。

胸のざわつきが収まらない。

優雅がいる。それに……翠ちゃんは強い。

そんなこと、もう分かってる。

だけど――。

それでも、あの人数は異常だった。

「くそっ……!」

魁斗が舌打ちする。

湊も必死に足を動かした。

そして屋上へ辿り着いた瞬間、三人は言葉を失った。


「……どういうことだよ。」

魁斗が呆然と呟く。

倒れている男たち。

そして、その中心に立つ翠。

その手には、淡い光が残っていた。

「翠ちゃん……今、何したの?」

湊の声が震える。

黎は黙ったまま、翠を見ていた。

翠は少し困ったように笑う。

「……えーっと。」

視線を逸らす。

「それは、その……。」

「説明しろ。」

黎の声が低い。

「……。」

翠は数秒黙り込んだあと、小さく肩を落とした。

「……家帰ったら、ちゃんと話す。」


――玄関の扉が閉まる。

沈黙。

「……。」

「……。」

「……。」

翠はそっと後ずさった。

「待て。」

黎の低い声が飛ぶ。

「はい。」

即座に正座。

「なんでそんな慣れてるの?」

湊が思わず突っ込む。

「お父さんに怒られる時、いつも正座だったから……。」

翠がしょんぼりしながら答える。

「はぁ……落ち着いたら、ちゃんと話すつもりだったのになぁ。」


五人はそれぞれソファや椅子に腰を下ろした。

翠は大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開く。

「……まず、一番大事なところから話すね。」

四人の視線が一斉に翠へ集まった。

「私は、西影衆のスパイ。“宵”。」

静かな声だった。

「宵って……。」

湊が驚いたように呟く。

「そう。みんなが都市伝説扱いしてる"宵"っていうのは……恥ずかしながら私のこと。」

翠は少し照れくさそうに頬を掻いた。

「マジかよ。」

魁斗は目を丸くする。

「普段は表に出ない仕事ばっかしてる。潜入とか、情報収集とか、暗殺とか。」

魁斗の表情が引きつる。

「サラッと物騒なこと言うな。」

「え?でも仕事だし。」

「そうじゃねぇ。」

翠は不思議そうに首を傾げた。

一度小さく息を吐き、表情を引き締める。

「……あとね。」

「今日、お父さんに許可もらったの。」

「許可?」

湊が首を傾げる。

「うん。」

翠は四人の顔をゆっくりと見回した。

「黒架のみんなを、西影衆へ戻していいかって。」

空気が止まる。

最初に口を開いたのは黎だった。

「……お前、知ってたのか。」

低い声だった。

「俺たちが、元々西影衆所属だったこと。」

「うん。」

翠はあっさり頷く。

「結構前から知ってたよ。」

「……どこまで。」

「黒架が元々、西影衆で戦闘訓練を受けていたことも、西影衆の訓練はただの訓練じゃなくて、幹部たちが直々に指導するような場所だったことも知ってるよ。うちの幹部って裏社会トップクラスなのにさ……。」

翠は少し呆れたように笑った。

「それなのにみんな、相手が本気を出しても普通に勝ってた。……そのあと、西影衆を離れたことも。」

少し俯きながら呟いた。

「全部知ってる。」

魁斗が目を丸くする。

「いや待て、お前そんな前のことから知ってるのかよ。」

四人は顔を見合わせた。

翠だけが、その反応を不思議そうに見つめている。

「知ってた。……あ、でもみんなが元々西影衆所属って情報は公開してないし、一部の人間しか知らないから安心して!」

湊は少しだけ表情を曇らせる。

「……っ。なんで今まで言わなかったの?」

不思議そうに首を傾げた。

翠は少しだけ困ったように笑った。

「だって、その話って、みんなにとってあんまり軽く触れていいことじゃなさそうだったから。」

一度言葉を切り、小さく息を吐く。

「……それに、みんなが西影衆を離れた時のこと、私も知ってるし。」

翠は言い終えると、小さく唇を結んだ。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

「だから、“戻ってきて”なんて簡単には言えなかった。」

翠は少し視線を落とし、小さく息を吐く。

「……でも。」

ゆっくりと四人を見回した。

「私は、みんなと一緒にいたい。」

真っ直ぐな声だった。

「だから……戻ってきてほしい。」

静かな空気が部屋を包む。

「……断る理由がない。」

間を置くことなく、黎が口を開いた。

「お前がそう望むなら戻る。」

あまりにも迷いのない返事だった。

翠は目を丸くし、何度か瞬きを繰り返す。

「……即決なんだ。」

優雅は思わず苦笑した。

「いや、お前もだろ。」

「まぁね。」

魁斗が肩を竦める。

「俺も別にいいぜ。翠がいるなら。」

「僕も賛成!」

湊が嬉しそうに笑った。

翠は数秒きょとんとしていたが、やがて顔を綻ばせた。

「……やった。」


――しばらくの沈黙の後、翠が口を開いた。

「……で、次がさっきの能力の話ね。」

翠は頬を掻きながら、小さく「あ。」と声を漏らした。

「そうだ、言おうと思ってたんだけど、蓮さんの能力は死体を作ることじゃないの。そっくりなものを作り出せる、“フェイク”って能力なの。」

四人は一斉に目を見開く。

「あんだけ完成度高ぇのに、それでも能力の一部なのかよ……。」

「うん。でもね。」

翠は四人の顔をゆっくりと見回した。

「蓮さんのこと、"死体を作る人"って思ってほしくなかったの。」

その表情を確かめるように、少しだけ目を細める。

「あの能力は、そういう能力じゃないから。」

一度小さく息を吐き、気持ちを切り替えるように姿勢を正した。

「……じゃあ次は、私の能力の話かな。」

翠は一度言葉を探すように視線を落とす。

「前に、“吸収”って能力だって話したでしょ?」

「あぁ。」

黎が短く頷く。

「能力を取り込めるってやつだよね。」

優雅が続ける。

「うん。」

翠は少し視線を伏せた。

「取り込んだ能力は、基本的にずっと使える。」

空気が静まる。

「……ずっと?」

湊が目を丸くした。

「うん。消えない。」

翠は軽く指先を見つめる。

「だから、使える能力は結構多いよ。」

魁斗が眉を顰める。

「例えば?」

翠は少し考えてあと、指を折りながら話し始めた。

「えっとね、身体強化、再生、発火、電気、幻覚、記憶操作……あと今日吸収した感覚操作とか。」

さらっと告げられた内容に、四人が黙り込む。

「……いや待て。」

魁斗が頭を抱えた。

「多すぎんだろ。」

「え?そう?」

「うん。」

優雅が即答する。

「まだあるよ?……面白いやつだと、これかな。」

そう言って、翠は十歳くらいの少女の姿になった。

「……は?」

四人は息を呑んだ。

「いや待て待て待て。」

魁斗が混乱した顔で指差す。

「なんでそんなサラッと姿変わってんだよ!」

「え?能力だし、変態能力。便利だよ〜。」

「変身じゃないのか。」

黎が即座に訂正した。

「違うよ?正式名称、“変態”。」

「最悪なネーミングだな。」

魁斗が真顔で引いている。

「東條の研究員、頭おかしいの?」

優雅が乾いた笑いを漏らす。

「いや、私も最初そう思った。」

少女の姿のまま、翠はえへへと笑った。

湊が恐る恐る近づく。

「え、本当に翠ちゃん……?」

「そうだよ?」

少女姿のまま首を傾げる。

「こんな感じで年齢に合わせて、見た目もある程度調整できる。」

「……いや情報量が多い。」

優雅が言葉を失う。

「あと男にもなれる。」

「は?」

次の瞬間。

そこにいたのは、身長190センチはありそうな白髪赤目の男だった。

空気が凍る。

整いすぎた顔立ち。

広い肩。

静かに立っているだけなのに、異様な圧がある。

「こんな感じ。」

低い声が響いた。

「……………………。」

四人とも黙った。

「え、どうしたの?これなら、れいれいのお兄ちゃんっぽいかと思ったんだけど。」

「……やめろ。」

黎が片手で顔を覆う。

「なんで?」

「違和感がなさすぎて困っちゃうんじゃない?」

優雅が苦笑いをする。

魁斗が翠を凝視した。

「普通に腹立つくらいイケメンだな。」

「わかる。」

湊が真剣な顔で頷く。

……黎は未だに片手で顔を覆ったままだ。

「なんで翠ちゃんが男になるとそんな完成度高いの?」

翠は腕を組み、小さく「うーん」と唸る。

「……待て。」

魁斗が険しい顔になる。

「その姿で外歩くな。」

翠は不思議そうに首を傾げた。

「なんで?」

魁斗は一瞬言葉に詰まり、視線を逸らす。

「女が寄ってくる。」

翠はきょとんと目を瞬かせた。

「え、そんなこと気にしてるの?」

「はぁ?そんなことじゃねぇよ。」

魁斗は頭をがしがしと掻き、観念したように息を吐く。

「……取られたら嫌じゃねぇか。」

言い切った瞬間、自分でも照れくさくなったのか、魁斗の顔が一気に赤く染まった。

翠は魁斗を思いっきり抱き寄せた。

「かいちゃん可愛い!!」

魁斗は、突然ガタイのいい男に抱き寄せられ、硬直したまま動けなくなっている。

その様子に湊と優雅は驚いて、目を合わせた。

しばらくした後、視線を二人へ戻し、込み上げたように笑い始めた。

「翠ちゃん、魁斗……これっ、カオス過ぎる!」

「あはは、!ちょっと、羨ましいっ、んだけどっ!」

ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑い出した。

笑い声で正気に戻った魁斗は、弱い力で抵抗した。

「おい!何笑ってんだよ!っすいも、はなせっ!」

「ふふ、そろ、そろ離して、あげなよ。」

湊と優雅はまだ笑っている。

「いやぁ、本当に面白すぎる。」

「えー、仕方ないなぁ。」

翠はちょっと悲しそうに魁斗を離し、元の姿に戻った。

「ふふっ。……うん、やっぱこっちの翠ちゃんの方が落ち着くね。」

「そうだね、翠ちゃん可愛い〜!」

優雅は納得したように頷き、湊は翠の頭をわしゃわしゃしている。

翠は不機嫌そうに頬を膨らませながら、満更でもなさそうな顔をしていた。

――プルルル

その時翠の携帯に着信があった。

「誰だろ……?」

翠はズボンのポケットから携帯を取り出し、画面を見た。

”西園寺厳”

西園寺厳という名前を見て、四人は少し強張る。

「あ、お父さんからだ。もしもし?」

「……緊急任務だ。至急、本邸に来い。」

――プツッ

「あら、切れちゃった。」

「……なんだ?」

黎は真剣な表情で翠を見た。

「今から任務だ、はよ本邸に来いや。だって。」

翠は厳の低い声を妙に似せて真似した。

四人は一瞬ぽかんとする。

「……今その真似する?」

湊が呆れたように笑う。

「緊張するとふざける癖がありまして……。」

翠は照れ笑いを浮かべた。

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