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普通になれない僕らへ  作者:
第三章【秘密】

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第5話

――それから半月の間、翠の検査は毎日のように続いた。

そしてある日の朝、翠の携帯に一通の通知が入る。

「できたって!彩ちゃんたちから連絡きた!」

スマホを見た翠が勢いよく立ち上がる。

その声に、リビングでくつろいでいた湊が顔を上げた。

「本当!?」

ぱっと表情を明るくした湊は、そのまま勢いよく立ち上がる。

「みんな呼んでくる!」

その言葉を吐いた直後、湊はいつの間にか目の前から消え、家の中を駆け回っていた。

数分後。

半ば強引に集められた四人がリビングへ揃う。

「湊、急に呼び出すな。」

黎が呆れたように椅子へ腰を下ろした。

「いや、絶対大事な話だと思って。」

「まぁ実際そうなんだけどね。」

翠は笑いながら前へ出る。

「皆さんにご報告です!」

突然の大声に、湊以外の三人が一斉に翠を見る。

その元気な姿に、優雅の口元が少しだけ緩んだ。

「元気だね〜。どうしたの?」

「実はね〜……。」

翠はニコニコしながら四人の顔を順番に見回した。

そして大きく息を吸い込み、

「完成したって!!これで東條を騙そう作戦を開始できるよ!」

勢いよく両手を突き上げた。

「おぉ!やっとか!」

魁斗が思わず立ち上がる。

「魁斗、うるさい。」

黎が呆れたように言う。

睨む目は鋭いが、その声はどこか嬉しそうだった。

「だって長かっただろ。」

魁斗は珍しく素直にそう返した。

「そんなこと言ってもめちゃめちゃ急いでもらったけどね。」

翠は苦笑いをしながら呟く。

優雅はそんな三人を見て小さく笑う。

そしてすぐに表情を引き締めた。

「じゃあ今日の動きを確認しないとだね。」

その一言で空気が少し変わる。

「……東條のところにも行かなきゃいけないし。」

さっきまでの喜びが少しだけ静まった。

「あぁ。」

黎が短く頷く。

喜んでばかりもいられない。

ここからが本番だ。

五人はテーブルを囲み、作戦会議を始めた。


優雅side

「まず、五人で藤堂のところへ翠の死体を取りに行くこと。その後、俺たち四人で東條へ向かい……。」

黎はそこで一度言葉を切った。

わずかに表情が歪む。

「……東條に死体を引き渡し、“依頼対象は死亡した”と報告する。そして依頼が取り消しになるよう仕向けること。」

その言葉に、湊と魁斗も表情を曇らせた。

無理もない。

始まりは、殺したくないという理由で監禁した相手だった。

そんな相手を今度は、自分たちの手で“死んだこと”にしようとしているのだから。

重い沈黙が落ちる。

やがて黎が小さく息を吐いた。

「……作戦の内容は以上だ。確認だが、翠の東條としての戸籍や、生き延びていることを示す証拠は残っていないんだな?」

「うん!」

翠は元気よく頷いた。

「西園寺としての戸籍はちゃんとあるし、お父さんにも東條翠が西園寺に籍を置いてることは全部秘匿扱いにしてもらってるから、大丈夫!」

そう言ったあと、翠は少しだけ俯く。

何かを考えるように視線を落とし、

そして勢いよく顔を上げた。

「……まぁ、もしこの作戦がうまくいかなくても、一時的に態勢を整える時間を作れれば大丈夫だから!」

東條を騙せなかった場合の対応を考えるのは当然だ。

実際、僕たちもいくつか代替案は用意している。

だから、その言葉自体に違和感はなかった。

ただ――。

「ん?態勢?どういうこと?」

思わず口から零れた。

引っかかったのは別の部分だ。

まるで翠ちゃんだけが知っている何かがあるような言い方だったから。

「……あ、そのことについては、みんなが東條のところへ行ってる間に、お父さんのところへ行って確認しないとだから。もう少々お待ちを。」

翠は笑って誤魔化した。

けれど、その笑顔はどこか不自然だった。

小さな違和感だけが胸に残る。

しばらくの沈黙のあと、口を開いたのは黎だった。

「あぁ、あとで報告しろ。……移動の間は十分気をつけろ。」

案じるような視線が翠へ向けられる。

「あいあいさー!みんなと離れ離れになるようなことは絶対起こさせません!」

翠は敬礼しながら元気よく答えた。

その姿を見て、少しだけ肩の力が抜ける。

……本当に大丈夫だろうか。

そんな不安を押し込めるように、黎は表情を引き締めた。

「……取り掛かるぞ。」

その一言で空気が切り替わる。

僕たちは一斉に動き出した。


――五人で藤堂の元へ向かう。

「おはよ〜。どうどう?どんな感じっすか!!」

翠はキラキラした目で彩音に飛び寄った。

蓮司が白い布をかけた台車を、こちらに運んできた。

「死因は暴行と刺傷による出血死ということにしてある。」

蓮司が白い布をめくった。

そこにはあまりにそっくりな翠の死体だった。

「……っ。」

四人が暗い表情をする。

「え……すご。」

翠は擬似死体をまじまじと見つめた。

「私って死んだらこんな感じなんだ。」

翠は冗談っぽく笑いながら、擬似死体の隣へ寝転がった。

「ね、似てる?」

「……やめろ。」

黎の声が低く落ちる。

「俺たちは、お前のそんな姿見たくない。」

黎は視線を逸らし、湊は唇を噛む。

魁斗は拳を握り締め、優雅は何も言えずに俯いた。

翠は四人の暗い表情を見て、気まずそうに肩を竦めた。

「……ごめん。」

さっきまでの明るい笑顔はもうなかった。

重たい沈黙が落ちる。

誰も言葉を続けられなかった。

——誰一人、翠を失うつもりなんてなかった。

「……っ。まぁでもこんだけリアルだったら、当分はバレないだろ。」

魁斗が暗い空気を破った。

「そうだね。本当にすごいや。」

湊が魁斗に同意した。

「本当にありがとうございます。えっと、お代は……?」

彩音と蓮司は顔を見合わせたあと、おかしそうに笑った。

「いいのよ、翠ちゃんの頼みなら。命の恩人だもの。」

「当たり前だ。大事な翠にお金を払わせるわけないだろ。」

その言葉に、四人は小さく目を見開いた。

「ただ、お前ら俺の能力に関して口外するな。これは本業じゃない。」

蓮司の表情が少しだけ引き締まる。

「能力の詳細が、東條にバレたら殺される。翠の死体も偽りだとバレる。」

四人も真剣な表情で頷いた。

「もちろんです。」

「絶対に口外しません。」

「安心しろ。」

「約束する。」

四人がそれぞれ答える。

それを聞いて、彩音と蓮司はようやく安心したように息を吐いた。

「なら良かった。」

そう言って、彩音は翠の頭を優しく撫でる。

蓮司も大きな手でぽんと頭を叩いた。

翠は少しだけ目を丸くしたあと、照れたように笑う。

その表情は、どこか子供みたいに嬉しそうだった。

「……っ。ありがとう。」

四人は顔を見合わせて、お辞儀をした。

「翠、そろそろ行くぞ。」

黎が静かに声をかけた。

「うん、彩さん、蓮さん。本当にありがとう!」

「こちらこそ!また会いましょ!次はこんな形じゃなくて、ね?」

彩音はうっすら涙を浮かべながら翠を抱きしめた。

「もちろん!会お!」

一度言葉を切る。

「……っ、じゃあね!」

翠はそう言って、二人に大きく腕を振った。

「気をつけてね!行ってらっしゃい!」


――そうして五人は店の外へ出た。

路地裏の出口で足を止める。

「……これから翠は別行動になる。くれぐれも気をつけろ。」

黎が静かに切り出した。

「当たり前!みんなも絶対気をつけてね。」

翠は四人を見て元気よく答えた。

「当たりめぇだろ。」

「もちろん!」

「……言われなくても。」

魁斗、湊、優雅がそれぞれ頷く。

翠は少しだけ安心したように笑った。

「絶対だからね。」

優雅が翠の頭を撫でる。

「子供じゃないんだけどなぁ。」

そう言いながらも、翠は嫌がる様子を見せない。

「じゃあ、また家で!」

大きく手を振る。

四人もそれぞれ応えるように手を上げた。

そして――。

翠と四人は別々の方向へ歩き出した。


翠side

翠が向かった先は、西園寺家——通称“西影衆にしかげしゅう”の本拠地だった。

だが、翠はそこを当たり前のように進んでいく。

警備の人間は誰一人として彼女を止めない。

むしろ、翠の姿を見た構成員たちは静かに頭を下げ、道を開けていた。

その様子は、まるで次期総長でも迎えるかのようだった。

「おとーさん、ただいまー。」

扉を開けた瞬間、部屋にいた構成員たちが立ち上がる。

「失礼します。」

資料を抱えたまま、次々と部屋を後にしていった。

やがて静かになった部屋の奥。

ソファには、一人の男が座っていた。

短く整えられた黒髪。鍛え上げられた体躯はスーツ越しでも隠しきれず、腕を組むだけで圧迫感があった。

——なのに、不思議と荒々しさはない。

背筋を伸ばして腰掛ける姿は静かで、まるで獣ではなく、研ぎ澄まされた刃みたいだった。

「来たか。」

低い声が落ちる。

たったそれだけで、部屋にいた全員の背筋が無意識に伸びていた。

「来たよ〜。おとーさん元気?」

翠は慣れた様子で厳の向かいへ腰を下ろした。

「……あぁ。元気だ。それで今日はどうした。」

「あー、もう知ってると思うけど、最近あいつらが……。」

翠は最近の東條の動きについて、話し始めた。

「そうか。……それで本題はなんだ。」

「あぁ、それは……。」


黎side

魁斗の運転する車に乗り、四人は東條のアジトへ向かっていた。

荷台には、白い布に包まれた"翠"がいる。

偽物だ、そう分かっている。

……分かっているのに。

視界に入るたび、胸の奥がざわついた。

喉の奥が焼けるように苦しい。

やがて車は東條のアジトへ到着した。

「さっさと終わらせて、家に帰るぞ。」

黎の言葉に三人が頷く。

四人は擬似死体を台車へ乗せ換え、アジトの中に入り、受付へ向かう。

「依頼の件だ。東條の元へ通せ。」

受付の女は四人を見て、一瞬だけ表情を強張らせた。

「お名前をお伺いしても……?」

「あぁ。"黒架くろか"で通じるだろう。」

その瞬間、女の顔色が変わる。

「あ……あの黒架ですか。」

「……。」

黎は無言のまま女を見る。

「も、申し訳ありません。」

女が慌てて頭を下げる。

その時だった。

「あぁ、もう調べなくていい。」

どこからともなく声が響く。

「俺はここにいるからな。」

通路の奥から現れたのは、東條征一郎だった。

「君たちが俺の娘を殺したの?」

東條は歩み寄ると、人差し指で黎の顎を持ち上げた。

その瞬間、殺意が込み上げる。

だが、黎は何事もないように東條を見返した。

「いや。残念ながら俺たちじゃない。」

淡々と答える。

「裏山に放棄されていた。」

「そうか。」

東條は悲しそうな顔を作り、台車の上へ視線を落とした。

「可哀想に、俺の翠ちゃん。」

今更父親面か。

吐き気がする。

「まぁいい。」

東條はすぐに表情を消した。

「依頼は取り下げる。死体の調査を進めろ。」

部下へ指示を飛ばす。

そして再び四人へ視線を向けた。

「お前たちは帰っていい。殺していないなら問題ない。」

口元が歪む。

「お前たちは使える。ここで殺すには惜しいからな。」

「あぁ、そうさせてもらう。」

四人はその場を後にする。

背中へ向けられる視線を感じながらも、一度も振り返らなかった。

――――

車へ乗り込み、アジトから離れる。

しばらく誰も口を開かなかった。

最初に沈黙を破ったのは魁斗だった。

「想像以上に呆気なく終わったな。」

ハンドルを握りながら呟く。

「信頼か、それとも別の理由か。」

優雅が窓へ寄りかかる。

「まぁ、どっちでもいいけど。」

そう言って小さく息を吐いた。

「あぁ。……とりあえず翠と合流するぞ。」

その言葉に魁斗はアクセルを少し踏み込んだ。


翠side

西影衆のアジトから離れた。

「あぁ、疲れたぁ。無事に解決したー。早く家に帰りたいし、ちょっと飛ばそうかな。」

そう言い、翠は屋根の上へ飛び乗り、目にも留まらぬ速さで屋根を伝って行った。

「うわ、めんどくさいとこ入っちゃったよ。」

翠の周りには銃を構えた十四人の男と、一人の能力者がいた。能力者の力で姿を隠していたらしい。

「おぉ−!これはどうもどうも。失敗作さん。君を殺しにきたよ?」

後方からガタイのいい男が出てきた。

「はぁ、めんどくさ。てかさ、最近の感情をなくす技術上手く行きすぎじゃない?なんで煽りスキルここまで高いの?」

感情をなくす技術が、ここ数年で殺戮が好きになるように仕向けられている。

「お前らは、私を殺しにきたって言ったよね?じゃあごめんね。急いでるから、ちょっと黙ってて。」

そう言った瞬間、近くにいる男十人が音もせず倒れた。

敵の能力者も何が起こったかわからないようで、目を丸くしている。

「は、は?お前何して。」

他四人の男も倒れ、能力者の隣に立つ。

「うーん。お前は殺しても、報告されても面倒だしな…。あ、記憶消すか。」

翠は能力者の頭に触れ、男自身が能力者であることの記憶を消した。

「じゃあ能力も貰っちゃうね。おめでとう。これで君も普通の人間だよ。」

そして、男の能力を吸収した。

男は意識を失ったように、その場に倒れ込んだ。

「あー、終わったー。あ、でも屋根の上で起きたらびっくりしちゃうよね?」

翠は十五人の男を念動力で浮かし、屋根の下に置いた。

「はぁ、やっぱ瞬間移動とかあったら便利なんだけどな。」

そう言って、家に向かって走り出した。


魁斗side

車を走らせていると、不意に視界の端に何かが映った。

通り過ぎかけたその瞬間、妙な違和感が胸に引っかかる。

「おい、ちょっと車止めるぞ。」

車を路肩へ寄せ、四人はそのまま外へ出た。

「魁斗くんどうしたの?」

「あぁ、変なものが見えたから。」

四人は路地裏に入って行った。

「……なぁ、これなんなんだ?」

眉を顰める。

路地裏には、男たちが折り重なるように倒れていた。

「10……いや、もっといるね。」

湊が周囲を見回しながら呟く。

近づいて確認するが、違和感しかない。

「傷がない……。」

湊が困惑したように眉を寄せた。

「殴られた跡も、切られた跡もない。」

「気絶してるだけか?」

男の肩を軽く蹴る。

「あぁ。ちゃんと息はしてる。」

黎は無言のまま周囲へ視線を走らせていた。

争った形跡が、何もない。

壁も地面も綺麗なまま。血痕すら残っていなかった。

まるで突然、全員の意識だけ奪われたみたいだった。

「……これ。」

優雅が小さく呟く。

「どうした?」

黎が振り返る。

優雅は倒れている男たちを見つめたまま、静かに口を開いた。

「多分、翠ちゃん。」

空気が止まった。

「……は?」

顔を顰める。

「前に見かけたことあるんだよ。翠ちゃんが、能力使って戦ってるところ。」

優雅の声は、どこか張っていた。

「この前聞いた時、何か事情がありそうだったから、黙ってたけど。……その時も、こんな感じだった。」

「こんな感じって……。」

湊が周囲を見回す。

「痕跡が何も残らない。」

優雅は静かに息を吐く。

「気づいた時には、もう終わってる。」

数秒、誰も言葉を発さなかった。

「……翠はどこだ。」

最初に動いたのは黎だった。

低い声に、わずかな焦りが混ざる。

「まだ近くにいる可能性がある。探す……待て。」


翠side

「えーっと、この辺にキーホルダーを落とした……はず。」

さっきの戦闘で四人からもらったキーホルダーを落としてしまった。

「んーっと、あ、あった。」

カチャ――


黎side

さっきから微かに話し声が聞こえる。小声ではっきりとは聞き取れない。

けれど、どこか聞き覚えのある声だった。

「んーっと、あ、あった。」

カチャ――

「まだ近くにいる可能性がある。探す……待て。……翠?」

ふと上を見上げる。

屋根の上。

コンビニ袋を片手に持った翠が固まっていた。

数秒、視線が合う。

「あ。」

翠の手から、小さなキーホルダーがぽろっと落ちた。

「……。」

「……。」

「やっべ。」

次の瞬間、翠が全力で走り出す。

「待て!!」

「逃げた!?」

「翠ちゃん!?」

全員で走り出したが、翠の姿は隣のビルの屋上へ移っていた。

「は!?」

魁斗が目を見開く。

「早すぎるだろ!!」

「いやもうあれ、ほぼ瞬間移動じゃん!?」

湊も思わず声を上げる。

「……だから言ったのに。」

優雅が額を押さえる。

「翠ちゃん、多分めちゃくちゃ強いよ。」


翠side

やばい。

やばい。

やばい。

翠は屋根の上を走りながら頭を抱えた。

能力を使ってる姿を見られたくなかった。

なんでこんなタイミングで見つかるの!?

本当は、落ち着いたタイミングでちゃんと話すつもりだったのに。

ちゃんと向き合って、“宵”のことも、西園寺のことも話す予定だったのに!!

なのに。

「よりによって戦闘後は最悪すぎるって……!」

しかもキーホルダーを落としたせいで見つかった。

「うぅ……襲ってきた奴らめ、責任とってよー!!」

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