第10話
どれくらい時間が経っただろう。
静まり返った病室に、紙をめくる音だけが響いていた。
医者はカルテを見つめたまま、小さく息を吐く。
「……診断結果ですが、おそらく過労かと。」
「は?」
魁斗が間の抜けた声を漏らした。
「能力の関係もありますので、翠様が目を覚まされてから精密検査を行います。」
医者は静かに続ける。
「その後、詳細な結果をお伝えできるかと。」
「……そうですか。」
湊はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「わかりました。」
その時だった。
「……厳さん、僕たちこのままここで翠さんが目を覚ますのを待っていてもいいですか?」
湊の問いに、厳は椅子へ深く座り直した。
「いや、お前らは一度戻れ。他の奴らに状況を伝えろ。それと翠の着替えを持ってこい。」
そこまで言ってから、厳はほんの一瞬だけ、目を伏せた。
どこか疲れたような、悔しそうな、そんな複雑な顔。
けれど次の瞬間には、いつもの鋭い視線へ戻っていた。
「……承知いたしました。」
湊と魁斗は小さく頭を下げる。
――ガラガラ。
病室の扉が静かに閉まった。
残ったのは、医者と厳、そして翠の三人だけだった。
部屋の中は重い空気で静まり返り、機械音だけが微かに響いていた。
二人が外へ出たことを窓際にいた厳が確認する。
「……もういいぞ。」
厳が低く呟いた。
すると、ベッドで眠っていた翠が、ゆっくり目を開ける。
「……ふぅ。」
小さく息を吐きながら起き上がった。
「ごめんね、お父さん、先生。」
翠は少し困ったように笑う。
「協力してくれてありがとう。」
その言葉に、医者は苦しそうに目を伏せた。
「びっくりしましたよ。突然頭に"倒れた理由は過労にして"って入ってきましたから。」
苦笑いをしながら話した。
それでも動揺を取り払うことができず、上手く笑えていない。
そんな医者の様子を見て、厳がため小さく息を吐いた。
「……それで、症状は?」
部屋の空気が変わる。
医者は唇を引き結び、震える声で口を開いた。
「能力の数が増えすぎています、器が耐えられなくなっている。」
厳の眉が深く寄る。
「このままだと、器そのものが限界を迎え……、」
医者は俯いて、震える声で呟いた。
「……長くても、半年かと。」
しばらく沈黙が続いた。
まるで時間が止まっている様だった。
翠は少しだけ目を見開いた。
けれど騒ぐことはなく、どこか納得したような表情だった。
「おい。」
厳の声が低く落ちる。
「なぜ今まで気づかなかった。」
握った拳が震えていた。
「なぜ、定期的に検診を受けていたのにも関わらず、器が耐えられないことを……。」
「ここ最近の能力者の増加が急激すぎたんです。今までだって翠さんの能力を保持できる数はわかっていませんでしたが、先月までの検査の数値にはなんの異常もなく、能力の使用自体にも問題はありませんでした。ですが、先ほどの検査で能力の使用に関しては問題がないものの、能力の総数が先月より30種類も増え、能力個数に関する数値は全て異常値になっていました。」
医者が苦しそうに答える。
対処のしようがないことに悔しさでいっぱいになっている。
「能力者の数が、多すぎる……。」
翠は静かに目を伏せた。
そして、小さく笑う。
「……それは仕方ないよ。」
穏やかな声だった。
「能力者をなくすって決めてたんだもん。それにいつか能力の数が多過ぎたら、死ぬかもって可能性は元々あったんだし。」
翠はゆっくり二人を見る。
「二人とも、私の願いを叶えるために頑張ってくれたじゃん、私の小さい頃からずーっと。東條に関係することとか能力者に関することを探し出してくれて、私の体に異常が起きた時に対応できるようにたくさん研究してくれて。……まぁ、ここまで能力者が急激に増えてたことは想定外だったけど。」
翠は少しおかしく笑った。
厳も医者も、何も言えなかった。
「あと半年、だよね。」
翠はぽつりと呟く。
「なら、あと半年で東條を潰さないと。」
「おい、。」
厳の声が震えた。
「これ以上、能力を吸収したらどうなるかわかっているのか、?」
揺れる瞳が翠を見る。
「……俺より先に死ぬつもりなのか?」
翠は少しだけ寂しそうに笑った。
「…うん、ごめんね。」
けれど、その目は真っ直ぐだった。
「……それが、私の頑張りたいことだから。能力者をなくす、せめて普通を奪われた人たちが普通の人生を歩める様にしないと。」
長い沈黙。
やがて厳は、小さく息を吐いた。
「……そうか。」
その顔には諦めと、覚悟が混ざっていた。
「相変わらず変わらんな、お前は。」
厳はゆっくり立ち上がる。
「ならば私は、最後までお前の願いを叶えよう。」
医者も静かに頭を下げた。
「……私も、最後まで全力を尽くします。」
翠は二人を見て、ふっと笑う。
「……ふふ、二人ともありがとう。」
その笑顔は、昔と何も変わっていなかった。
黎side
……遅い。帰ってこない、湊たちからの連絡もない。
「あいつらは何をやっているんだ。」
「まぁまぁ、翠ちゃんもスパイだからね。気配を消してかくれんぼ状態なんじゃない?」
優雅はそう言うが、嫌な予感がしてならない。
――ガチャッ
「おい!」
「おい、騒々しい。……翠はどこだ?」
湊も魁斗慌てた様子で家に駆け込んできた。
「そのことで話があんだよ、全員リビングに集まれ。」
四人はリビングのイスにぞれぞれ腰をかけた。
「実はさ、」
湊が翠の容態に関して話し始めた。
突然眠気が襲ってきて、階段から落ちていたこと、原因が過労だったこと。
「……みたいな感じ。」
……ふざけるな、過労だと、?
翠を守ると啖呵を切っておいて、過労で倒れるほど無理をしていたことに気づけなかったのか?
なんて様だ、自分の情けなさに嫌気が差す。
「今はどうしている?」
「今は厳さんが翠ちゃんのことを見てて、その間に翠ちゃんの着替えを持ってきて欲しいって。」
「じゃあ準備して早く行こう。」
そして早急に準備して、西園寺の本邸へ向かった。
――西園寺本邸 少女の病室
翠side
窓から柔らかな光が差し込んでいる。
病室の中は静かだった。
ベッドに腰掛けた少女は、膝の上で両手を握りしめている。
その向かいの椅子に座った翠は、穏やかな表情で少女を見ていた。
「あのね、私、翠って言うんだ。」
翠はにこりと笑う。
「あなたは名前なんて言うの?」
少女の肩がわずかに揺れた。
少し迷うように視線を落としてから、小さく口を開く。
「……私は、雪って言います。」
「そっか。」
翠の顔がパッと明るくなった。
「雪ちゃんって言うのか〜!」
その反応に、雪は少しだけ目を瞬かせる。
「可愛い名前だね。」
そんなこと言われると思っていなかった雪は戸惑ったように俯いた。
「雪ちゃんが私の居場所伝えてくれてたんだってね。」
翠は優しく続ける。
「ありがとう。」
雪は小さく首を振った。
「……どうして分かったの?」
その問いに、雪は少し考えるように目を伏せた。
「……まだ意識がはっきりしなくて、頭がぼーっとしていた時に、どこからか翠さんの声が聞こえて、」
翠は黙って耳を傾ける。
「それで、目が覚めたあと……。」
雪は膝の上で指先を握った。
「外から、みなさんが翠さんを探してる声が聞こえて。」
少し言葉に詰まりながら話し続けた。
「翠さんが書庫に行くって言ってたの思い出したから、もしかしたらって……。」
雪は不安そうに視線を落とした。
「そっか。」
翠は小さく頷く。
そして少しだけ困ったように笑った。
「まだ大人のこと怖いだろうに。」
雪の身体がぴくりと反応した。
「それなのに、ちゃんと伝えてくれたんだね。」
翠はそっと雪の手に触れる。
そっと握ると、雪の握りしめた手から、ほんの少しだけ力が抜けた。
「ありがとう。」
「……んーん。」
雪は首を横に振った。
「助けてもらったので。」
その返事に、翠は一瞬だけ目を丸くする。
それから、ふっと笑った。
「そっか。」
翠は優しく雪の頭を撫でる。
その手を拒むことはなく、むしろ頭をほんの少しだけ預けるように身を委ねた。
「……また助けられちゃったなぁ。」
雪が顔を上げる。
「え?」
不思議そうな声。
翠は少しだけ肩を竦めた。
「ううん、こっちの話。」
そう言って笑う。
研究所で出会った時も、書庫で倒れていた時も、気付けば、私はこの子に助けられていた。
翠はしばらく雪を見つめたあと、静かに口を開く。
「あのね、」
雪がきょとんとする。
「今度、大事なことお願いしてもいい?」
お読みいただき、ありがとうございます。
明日あたりにSNSで優雅のイラストが出せるかもしれないです!
イラスト初心者のイラストなので、あまり期待しないでいただけると幸いです、、、。
今後ともよろしくお願いいたします!




