第20話 離宮での夜会
ツヴェルガー公爵一家は、ブラバント伯爵家のおかげで短期間に離宮での夜会の準備をほぼ万全にすることができた。
アンゲラとガブリエラのドレスも、ライナーの燕尾服も無事に離宮での夜会に間に合った。
公爵家の家紋入りのピカピカの黒塗りの馬車3台も、久しぶりに使えることになった。
それというのも、ブラバント伯爵家が超特急で馬車を修理してくれたからだ。それに馬と馬丁、御者が派遣され、公爵家の別荘に常駐するようになったのも大きい。
アンゲラとガブリエラは直接ヒーム湖の船着き場まで公爵家の馬車で行き、ライナーは別の馬車でブラバント伯爵家へアレクサンドラを迎えに行く。
ライナーが出発した後、アンゲラとガブリエラはゆったりと馬車で公爵家を発った。
アンゲラは向かいに座るガブリエラを見て満足そうに頷いた。
「美しいわ。ドレスもよく似合っているわよ」
「嘘ばっかり。どうせ私はお父様似よ」
ガブリエラは、高揚した表情を一変させて口を尖らせた。
「旦那様は素敵な男性だったわよ。いくらあなたでも侮辱は許さないわ」
「はいはい……ハァ……お兄様と逆だったらよかったのに」
「逆だったら、金持ち娘を一本釣りできなかったでしょう?」
「ひどいわ!」
「文句言わないの。ライナーのおかげでまたドレスを新調できて王家の夜会にも参加できるのよ」
アンゲラは、走行中の馬車の中でヒョイと身軽にガブリエラの横に座り直して彼女の肩を抱いた。
成人済の子供2人もいるアンゲラの容姿は、さすがに衰えてきてはいるものの、若い頃に王国の薔薇と呼ばれていた美貌を未だに彷彿とさせる。
彼女が熊のようだと評されていた先代公爵と婚約した時は、王国中に激震が走ったものだ。
アレクサンドラがひと目で恋に落ちたライナーの容姿は、アンゲラから受け継いでいる。
それとは逆に妹のガブリエラは、先代公爵に似ている。
先代公爵の豊かな黒い頭髪と髭は、癖が強くモジャモジャとしており、体格は熊のようにがっしりとしていた。
ガブリエラの髪の色こそ、アンゲラと先代公爵の中間をとったような栗色だが、癖が強くて髪をまとめるのに苦労する。
ガブリエラの体格も女性にしてはガタイが良いので、今回の夜会用ドレスも直しに苦労した。
でもさすがは一流のドレス店である。彼女の肩幅の広さをカバーできる修正も入れてくれた。
「機嫌を直しなさい。今日はあなたの結婚相手になりそうな人を何人か目星を付けているのよ。私が合図したら、ダンスに誘われるように近づくのよ。ブラバント伯爵がダンス相手に見繕ってくれた男性と続けてダンスをしてもいいわね」
「どうせ断られるわよ……どうしてお母様みたいな顔に産んでくれなかったの」
「そんなことを言っても仕方ないでしょう」
ガブリエラは、キッと母親を睨んだ。
「そんな顔をしたら、あなたが近づくだけで男性は逃げていくわ」
「いくらなんでもそこまで言わなくても……ひどいわ!」
「にこやかな顔をするだけで違うのよ。アレクサンドラにもそんな顔をしては駄目よ。金づるにはニコニコして、できるだけお金を引き出すの。分かったわね?」
ガブリエラは一転して真顔になって頷いた。
◇ ◇ ◇
アンゲラとガブリエラが馬車でヒーム湖の船着き場へ向かっていた頃、アレクサンドラはソワソワしながらブラバント伯爵家の別荘の玄関で待っていた。
「あ! 来たわ!」
黒光りのする公爵家の馬車が門をくぐったのが見え、アレクサンドラははしゃいだ。
馬車が玄関前に停まれば、彼女の興奮は最高潮に達して口に手を当てそうになった。
ガチャリと馬車のドアが開いてライナーが出て来ると、まるで後光が差したかのように眩しい。
それにもまして彼の燕尾服姿は、いつになく神々しい。
テールコートは濃いめの青色でトラウザーズはクリーム色、その中に着ているウエストコートはアレクサンドラのドレスと同じ水色の生地を使っており、同系色の刺繍が施されている。
迎えるアレクサンドラは、水兵服をイメージした水色のシルクタフタのドレスをまとっている。
「アレクサンドラ……なんて美しいんだ」
アレクサンドラは、ぼぅっとしている間にいつの間にかライナーに手にキスをされた。その途端、彼女はハッとして頬を赤らめた。
「ライナーのほうが素敵だわ。女性の視線を釘付けにしそうで心配になるぐらい」
「心配しないで。私はアレクサンドラに一途だよ。それにうちのような没落貴族には、誰も興味を持た……」
「ンンン、ウォッホン」
少し萎れた様子のライナーが最後まで言う前にアレクサンドラの父ルーカスが咳払いをした。
「お父様?」
「そんなことを人前で言っては駄目だよ。これから公爵家を立て直していくのだからね」
「失礼しました」
謝りつつも、ライナーの視線は下を向いていて拳は固く握られていた。
だが、すぐに彼はにこやかな表情に変わり、何事もなかったかのようにアレクサンドラを公爵家の馬車へ導いた。
ブラバント伯爵夫妻も伯爵家の馬車に乗り込み、2台の馬車は船着き場へ向かった。
ヨハネスとレオンティーネは先に出発していた。彼らも同じ夜会に招待されていたが、レオンティーネは招待された顧客のドレスを見たいと言い、ヨハネスも彼女に同行した。
◇ ◇ ◇
ヒーム湖の島に建つ離宮の広間にはシャンデリアが輝き、壁にあしらわれている鏡にその光が反射してきらめいていた。
ローデリア国王一家はまだ入場しておらず、豪華絢爛な衣装をまとう人々は思い思いに会話を楽しんでいた。
ライナーがアレクサンドラを伴って広間に入ると、人々のざわめきが一瞬やんだ。
「あら、没落公爵よ。未だに美男子ぶりは健在ね」
「その隣はブラバント伯爵令嬢ね」
「あら、残念。公爵は金づるを見つけたのね」
「あなたも公爵を囲いたかったの?」
女性達は扇子を口の前に立ててコソコソと噂話をし始めた。ギラギラと欲望を隠さない視線もライナーの上に無遠慮に注ぐ。
それはライナーの目と耳にも届いている。だが、動揺を見せれば彼女達の思うつぼだ。
アレクサンドラは、そんな状況が分かっているのか、いないのか、ひたすら頬を赤らめて身を固くしていた。
国王一家が入場すると宣言されても、彼女はそんな調子で上の空だったので、ライナーはアレクサンドラに話しかけた。
その途端、彼女はハッとしてようやく国王一家が入って来る方向に向かって頭を下げた。
その後、国王夫妻のファーストダンスが始まり、その次は王族のダンス、そのまた次は身分の高い順でツヴェルガー公爵家の番となった。
ツヴェルガー公爵家の初代は当時の王弟であり、その後も時折王女が輿入れしてきたので、身分だけは高いのだ。
広間の中心にアレクサンドラとライナーが躍り出た。アンゲラとガブリエラにもルーカスが手配してくれた男性招待客がついて一緒に踊る。
ライナーは、母と妹が無事にダンスを始めたのを横目で見ながら、アレクサンドラをリードした。
時々ライナーがグッと手に力を込めて腰を抱き寄せれば、途端にビクリとしてアレクサンドラの動きがギクシャクとなった。
「あっ! ご、ごめんなさい」
アレクサンドラはとうとうライナーの足を踏んで動きを止めてしまった。
「アレクサンドラ、自信を持って。さあ、もう一度踊り始めよう」
「……ありがとう」
恥ずかしそうに小さく呟いた彼女のお礼の言葉は、ライナーには届かなかった。
前話にガブリエラのガタイがいいことを書き加えています。




