第16話 ツヴェルガー公爵家の没落の理由
ライナーは、アレクサンドラの父ルーカスの執務室に案内された。複雑そうな表情をしたルーカスは、ソファに座って既にライナーを待っていた。
「……君のお父上が言っていた通りになるとはね。運命とは奇遇なものだ」
「は?」
ルーカスはライナーの父を裏切ったとライナーは聞いている。そのくせに親しかった素振りを見せる未来の義父にライナーは苛ついた。だがルーカスは、ライナーの反応を別の意味に捉えたようだった。
「あ、いや、失礼しました。昔をつい思い出してくだけた話し方をしてしまいました」
「いえ、くだけた話し方で構いません。私がアレクサンドラ嬢と結婚すれば、あなたは私の義父上になるのですから」
「そうか。それでは遠慮なくそうさせてもらってもいいかな」
「ええ、ぜひそうしてください。それで父は何と言っていたのですか? 実はその頃のことをあまり覚えていないのです」
『あまり覚えていない』というのは、全くの嘘だ。ライナーが幼い頃、ルーカスが家族ぐるみでツヴェルガー公爵家と行き来していたことはライナーも覚えている。
ライナーは、ルーカスが父の仇と知っていても、彼が当時のことをどう思っているのか、直接聞いてみたかった。
「君は、とにかく教会の天井画の天使のように美しい子供だったから、危害を加えられないか、お父上はいつも心配していたよ」
「美しい、ですか……」
ライナーは、嘆息した。彼は、自分の見目がかなりよいことを自覚している。だが、生前の父が心配していたように、それによって今まで体験したことは必ずしも歓迎できることばかりではなかった。
幼い頃は、彼の天使のような美しさに魅せられた変態が男女を問わず、隙を見て彼にいたずらしようとしてきた。
成長したら、別の問題も勃発した。彼に執着して誘惑してくる令嬢がひっきりなしにいただけでなく、時には男にも関係を持とうと迫られた。だから両親は、有力貴族の母方の従妹を婚約者にして防波堤にした。もっともその婚約も没落貴族となった今は解消されてしまっている。
ライナーが没落した今は、ただ身分だけが高くて困窮している気の毒な美青年として彼を消費したいゲスな者どもが男女を問わず誘惑してくる。
「失礼、気を悪くしたかな? でも誉め言葉だよ。成長したらこんなに美青年になるのも当然だね。アレックスが一目ぼれするのもうなずけるよ」
「ありがとうございます。でも私は、自分の外見だけを見る女性にはうんざりしています」
「アレックスは、君の外見だけに惚れたんじゃないよ。ヒーム駅の前でアレックスの大切な絵の道具を拾ってくれただろう? 君の親切に感激していたよ」
「そうでしょうか。汽車の中で私の友人にも親切にしてもらったと聞いていますが」
ライナーは、ついアレクサンドラの気持ちを疑うようなことを言ってしまった。
「あの絵の道具は、アレックスが尊敬しているマーラー画伯にいただいたものだから、君の親切が殊更嬉しかったのではないかな。アレックスの気持ちを信じてほしい」
「もちろんです。そうでなければ、プロポーズしませんでした。少し嫉妬してしまいました。大人気なかったですね。すみません」
アレクサンドラは自分を純粋に慕ってくれるようにライナーは感じていたが、やはりそれは勘違いのようだ。だが、今みたいにアレクサンドラを疑う発言をしないようにライナーは気をつけなくてはならない。
「それより、父が言っていた通りになったというのが気になります」
「ああ、そのことだったね。君が小さな頃、うちのヨハネスともよく遊んだのを覚えているかな? 君の父上は、ヨハネスが3歳年上でも、女の子だったら君と婚約させたのにと残念がっていたよ。こんな形で縁が繋がるとはね」
「でもいつの間にか、ブラバント伯爵家とは疎遠になってしまってヨハネスとも音信普通になってしまいました。どうしてだったのでしょう?」
「まあ……色々あったからね」
「色々とは?」
「うーん、まあ、おめでたい話の前ではもうこういう話はなしにしようじゃないか」
「いえ、私達が婚姻で縁づく以上、禍根のないように全て知っておきたいのです。知ったとしても、アレクサンドラ嬢へのプロポーズは撤回しませんので、安心して話してください」
「ハァ……それじゃあ、気を悪くしないで聞いてほしいんだが……」
ルーカスは、そう前置きして気乗りしなそうに話し始めた。
「数年前――あれは5年ほど前だったかな、君の父上が私に投資を持ちかけてきたんだ。君も知っているだろう? 何度も頼まれたから、付き合いで少しだけ投資したんだが、君の父上は責任者に資金を持ち逃げされた。私の投資金も戻ってこなかったよ。ヨハネスには詰めが甘いと責められてしまったが、私の投資は自分の資金の範囲内だったから、大した損害はなかった。だが君の父上は、話に聞いていた以上に資金をつぎ込んでいた……」
ライナーは、怒りを堪えるのに必死で次第にルーカスの話が耳に入って来なくなった。彼の異変にようやくルーカスは気づいたようで、心配顔になった。
「……ライナー君、大丈夫か? やはりこんな話はするんじゃなかったな。婚前契約の話をしようかと思ったんだが、また次の機会にしよう」
「ええ、そうさせてもらえると、ありがたいです」
ルーカスの執務室のドアがバタンと閉まった途端、ライナーは表情を繕っていられなくなり、フラフラとして廊下の壁に手をついた。
「ライナー、大丈夫ですか?」
後ろから心配げな声がライナーにかけられた。




