第80話 マトベイ・クスゼフの不安
何とも天気が良く気持ちのいい夜だ。まるで天が俺に微笑みかけているようにすら感じる。
俺は、兵士が立てた豪華なテントの前で空を見上げる。
いよいよだ。明日いよいよベンセレム王国攻略の足掛かりをつかむことになる。
このアバディンさえ落としてしまえば、もはやベルフィアなどなくなったも同然。そしてベルフィアを手中に収めることが出来れば、ベンセレム王国の盾が消え、王国を吸収するのも時間の問題になるだろう。
これを成し遂げるのは他の誰でもない。この俺だ。そして皇帝になるのも……。邪魔する奴は一人残らず殺す。それが例え血を分けた兄弟でもな。
「殿下。明日はどのようにアバディンを落としましょうか?」
話しかけたのはこの軍の参謀である。
俺は小さく舌打ちをした。考え事をしているのを邪魔されたこともあるのだが、戦争の作戦立案は参謀であるこの男の役目だ。腐っても軍では将軍の次に高い役職である。作戦を立てて、その確認で来るならいざ知らず、俺に作戦を聞くなどお門違いだ。しかし、使えない部下の尻拭いをするのは皇族である俺の役目。
「そんなもの数で押し潰せばいいだろ」
「しかし殿下、敵にはシリウス・アウクテュルスという帝国でも有名な猛者がおります。それを抑えるには……」
「猛者と言ってもたかが一人であろう?30万対8万だぞ?お前引き算すらできんのか?」
俺が鋭く睨みつけると参謀は顔を伏せて縮こまってしまう。
「も、申し訳ございません!」
本当に使えない男だ。とりあえずこいつは後方に回そう。無能は近くに置いておきたくない。そしてここを落としたら、父上に首を切って貰うように進言するか。
俺がそんなことを考えると、参謀の男は懲りずにまた話し出す
「あ、あのう、皇帝陛下、つきましては本題なのですが……」
「なんだ。まだあるのか。下らぬことだった容赦せぬぞ?」
「西の方角に沼地があるのは殿下もご存じだと思いますが、そちらの魔物に何か可笑しな動きがありまして、調査に兵を割くご許可を……」
それを聞きアドレイは不思議に思う。普通魔物は人の争いに干渉などしない。そんな魔物に可笑しな動きがあったとして、何になるというのだ?
不思議に思うアドレイだが、皇族が部下にものを聞けない。とすれば誤魔化すしかない。
「なぜそれを俺に話す? 兵を統括するのはジャックの役目のはずだ。そちらに聞けばよかろう?」
「ウィル将軍にお話ししましたら、その必要はないと断られてしまい、直接殿下にと……」
「ジャックがその必要がないと判断したのなら、そうなのであろう。よって、兵を割くのは許可しない」
ジャックとこの男、どちらが信用に足るか自明の理だ。
「し、しかし……」
「くどい。もういい立ち去れ」
冷たく言い放つと、参謀の男は立ち去った。
――
帝国軍ベンセレム攻略遠征部隊参謀こと、マトベイ・クスゼフは不安に駆られていた。
先ほどの殿下との話で自分の評価が駄々下がりなことが見て取れたのもそうだが、問題は西にある沼地。
事前調査ではスケルトンやグールなど弱い魔物が闊歩しているはずだが、沼地にはその魔物たちが姿を消していたと報告が上がっている。そしてこれはアバディン潜入部隊の調査で分かったことだが、ある時期を境に沼地で大規模な魔物同士の縄張り争いがあり、それを気にアバディンの冒険者ギルドは沼地の人の出入りを禁止している。
マトベイはこの二つが無関係だと思えなかった。あの沼地には何かある。それがベルフィアの策略かは分からないが、調べなければならないと思ったのだ。結果はウィル将軍にも殿下にも取り合って貰えなかったが……。
マトベイは、これは自分の思い違いだと考え、明日に備え休んだのだった。
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