巨乳弁護士と私(1)
ここで、私の上司である管野恭香先生を紹介しておこう。
まず美人である。いや、美人と言わざるを得ない圧がある。美容室でどう発注しているのか知らないが、肩にかかる黒髪を、『ベルサイユのばら』的巻髪にしている。厚化粧にハイブランドの衣装。背が高いくせにハイヒールを履いているので、威圧感が増していた。ぱっと見の年齢は不詳である。それだけでも日本人としては浮いているのだが、先生の特徴はそれだけではなかった。
先生を見た人の十人中九・五人くらいは、まずその胸に視線が行く。胸。そう、いわゆる巨乳である。管野先生は、胸が大きかった。痩せてはいないが太ってもいないので、純粋に胸だけが大きい。その胸を強調するように、常に大きく露出したカットソーと、体にぴったりのジャケットを着ていた。
ローズヒップティーを目の前に置くと、机の上の書類に目を落としながら、すぐに先生はカップに口をつけた。温度を確かめるという当たり前の配慮をしない先生のために、ポットの温度を適温にしている。この豊臣秀吉ばりの私の配慮に先生が感謝する日は、いつか来るのだろうか?
管野先生は、赤い液体を一気に飲みほしてソーサーにカップを戻すと、「ふ~ん」と唸った。
「過失割合は、七対三で譲らないわけね」
「その分代車費用も削りましたし、修理費用ではなく車両の時価額を基準にしています。弁護士費用も載せていません」
「そうねえ」
交通事故の、損害賠償の案件だ。今日は黒城が、管野先生に和解案を提示しに来る約束だったのだ。先生はボールペンの尻で、お行儀悪くこめかみを掻いた。
「まあ、いいわ。尋問も面倒くさいから、依頼人を説得してみる」
それから適当なことを言い、ミニスカートの足を組む。面倒くさいからといって、疑義のある和解に応じてもいいのだろうか? これが気が乗らない時の、先生の仕事っぷりだ。物損だけで大した成功報酬が望めないから、手を抜いているのだ。
先生は今日も、胸元がざっくり開いたボルドーのカットソーに、ぴったりとした白いミニスカスーツを着ていた。大きな胸の下で腕を組むと、胸の谷間が強調される。女性でも二度見するし、男性なら三秒に一度くらいはそこに視線を送るのだが、黒城はまるで興味を示さなかった。手元の資料を揃えて、鞄にしまいながら先生に言う。
「ではこの案を、裁判所に送っていいですか?」
「そうねえ」
管野先生はそこで、腕と足を組んだまま黒城をじっと見つめた。アイラインとマスカラで縁取られた瞳は、真っ黒で大きい。水分が行き届いているようで、部屋の照明を映して微かに輝いているように見えた。あんこ玉みたいなそれに見つめられると、私などは落ち着かない気分になる。なんだか、何もかも見透かされているような気持ちになるのだ。
「何か?」
黒城もどこか不安げな様子で、軽く首をかしげながら先生に問いかけた。私はなんとなく立ち去るタイミングを逸し、お盆を持ったままその場で様子を伺う。
先生は、黒城の真似でもないだろうが、小首を軽く左にかしげて質問に答えた。
「それはこっちの台詞よ。まさかこんな電話かメール一本で済む要件だけで、朝っぱらから私に会いに来たわけじゃないでしょう?」
しばらく沈黙が落ちた。朝っぱらという時間でも無いのだが、朝の化粧に二時間かける先生には、早朝判定なのだろう。救急車のサイレンが近づいてきて、ドップラー効果を発揮しながら去って行く間くらいの時間、先生は黙った。私は黒城が否定するかと思ったが、黒城は小さく苦笑して、「やっぱり、あなたにはかなわないな」と言った。
「別件です。僕の初めての再審請求に、勝ち目があるのかご意見を伺いたくてお邪魔したんです。結局自分からは切り出せず、管野先生に促していただきましたが」
先生は、片眉を上げる。
「私は、占い師じゃないわよ」
「ええ。もちろん、ご宣託を聞きに来たわけじゃありません。だけど一度確定した有罪判決を覆すので、そう簡単な仕事ではない。管野先生には修習時代お世話になって、幾度となく不可能案件を解決されてきたのを拝見していましたので、なにかアドバイスをいただけるかと思って」




