二人だけの大会じゃない
カイに勝った翌朝、リゼは掲示板の前で三秒だけ機嫌がよかった。
自分の名前が、カイより上にある。
「ふふん」
「朝から何してるの」
横からセラの声がした。競技用の上着の袖を締めながら、同じ掲示板を見る。
「順位」
一番上。
セラ・ノーグ。
本人はそこを見ても顔を変えない。
「昨日、見た?」
「何を」
「私とカイ」
「見てない」
即答だった。
「見てないの?」
「次の相手を見てた」
セラが対戦表を指す。
第三試合。セラ・ノーグ対ハルド・ミエン。
ハルドは開幕から大崩れせず、ずっと上位に残っている。
「結果は知ってる。三対二であなた」
「そこだけ?」
「必要なら後で記録見る」
「必要ならって」
「決勝まで来たら」
セラはもう対戦表から離れていた。
「待って。私、昨日カイに勝ったんだけど」
「おめでとう」
「軽っ」
「私には負けてるでしょ」
返す言葉が一瞬遅れた。
セラはそれを待たず、競技者通路へ歩いていく。
「今日も勝つから」
振り向きもしない。
リゼは掲示板へ向き直る。
三秒分の機嫌は、もう残っていなかった。
第三試合。
リゼは観客席にいた。カイは別会場で自分の試合がある。
今日はセラを見る。
鐘が鳴った。
ハルドは中央を取ると、正面に低い防壁、その後ろへもう一枚。守りを固めたまま少しずつ前へ来る。
セラが置いた光面は二枚だけだった。
左前。右後ろ。
中央も、左も、まだ通れる。
「減らさないんだ」
自分と戦ったとき、セラは道を一本まで削った。
今日は二つ残す。
ハルドがどちらを塞がれるのか待っても、三枚目は来ない。
先に動いたのはハルドだった。
左へ半歩。
セラは追わない。
もう半歩出たところで、左のさらに外側へ一枚置く。
戻る道は残っている。
ハルドは中央へ戻した。
そこへ短い光。
防壁に弾かれ、まだ取れない。
セラは顔を変えず、また二つの道を残した。
リゼは少し身を乗り出す。
二つ残っているせいで、どちらが罠なのか分からない。
たぶん、どちらも罠ではない。
決めるのを遅らせた、その一瞬だけがセラの取り分になる。
ハルドが右へ出て、防壁を置く。セラがその外側へ一枚。
中央へ戻した瞬間、光が走った。
護印が一枚砕ける。
ハルドは割れた護印を見ず、右手の固定具を一度強く締め直した。
「まだ平気そう」
実際、次の一枚はハルドが取った。
セラが光面を置く瞬間へ、正面から強い光を重ねる。置きかけた面を割り、そのまま一歩。
一対一。
歓声が沸く。
セラの眉が少しだけ寄った。
次から、置く手が変わる。
一枚出して、すぐ二枚目を出さない。ハルドが置き際を狙って構えたのを見てから、別の場所へ置く。
ハルドの固定具へ伸びかけた手が止まった。
リゼは笑った。
セラも変える。
当然だ。
最後は三対一だった。
ハルドが二度目の置き際を狙って腕を伸ばしたとき、セラは何も置かなかった。
狙うために伸びた腕だけが残る。
短い光。
『勝者――セラ・ノーグ!』
セラは歓声へ一度だけ手を上げたあと、自分の割れた護印へ目を落とした。
ほんの少し口が曲がる。
ハルドは悔しそうに息を吐き、それから礼をした。
セラも返す。
試合後、掲示板が更新される。
一番上は変わらない。
「昨日勝ったのに」
「誰に?」
戻ってきたカイが後ろにいた。
「何でいるの」
「今戻った」
「勝った?」
「三対一」
リゼは掲示板を指す。
「セラも三対一」
「見てた?」
「全部」
カイも一番上を見る。
「まだ首位だね」
「昨日の私の勝ちとは別」
「そうだね」
競技者出口からセラが出てきた。
リゼは手を上げる。
「セラ!」
セラが止まる。
「次、私と当たるまで一番上にいなよ」
「頼まれなくても」
「私が落とすから」
「前も聞いた」
それだけ返して歩いていく。
カイが横で言った。
「僕もいるけど」
「昨日負けた人は黙ってて」
「一回だけでしょ」
リゼは返事をせず、一番上の名前をもう一度見る。
昨日はカイに勝った。
今日もそれは消えていない。
なのに、見上げる場所はまだ残っていた。




