一回、私の勝ち
白線を越えた瞬間、手首の金色が沈んだ。
リゼはそれを見届けて笑う。
「やっと」
向かい側でカイが構えた。
「何が?」
「あんたを自分で負かせる」
「今までもできたでしょ」
「今季は初めて」
三枚ずつの護印が灯る。
客席がざわついた。去年と一昨年の王冠保持者が、今季初めて同じ白線に立っている。
その客席の向こう、暫定順位の一番上にはまだセラ・ノーグの名前がある。
「一つ言っとく」
「何」
「車輪の借り、試合には持ち込まないから」
カイの口元がわずかに動いた。
「借りだと思ってたんだ」
「思ってない」
「今言ったけど」
鐘が鳴った。
「うるさい」
リゼはその声ごと前へ出た。
最初の一歩。
二歩目と一緒に右手の光を放つ。
そこへ防壁がもう立っていた。
斜めに弾かれた光の横から、カイが半歩だけ入る。
「知ってた」
短い光が胸元を叩いた。
一枚。
リゼは舌打ちしながら距離を戻す。
「同じ入り方、何回使うの」
「今季は一回目」
「今季はね」
カイは追ってこない。
二年前も去年も、この距離であの顔を何度も見た。
こちらが大きく決めるまで待つ顔。
なら、決めなければいい。
リゼは一歩出る。
カイの肩がわずかに沈んだ。
撃たない。
もう一歩。
カイが半歩下がる。
まだ撃たない。
近づくほど、客席の音より二人の靴音の方がよく聞こえた。
カイの右足が外を向く。
横へ逃がす。
そこへ撃った。
光が逃げ先を先に塞ぎ、護印を一枚砕く。
一対一。
「今のは?」
「試合中に感想聞く?」
「じゃああとで」
カイが少し笑った。
次に前へ出たとき、今度はカイが下がらなかった。
リゼが撃たないまま二歩詰める。
カイも半歩前へ。
予想していた距離が、急に一歩分なくなった。
「え」
上がった手は防壁ではない。
光。
身体をひねったが遅い。
二枚目の護印が砕けた。
一対二。
「先に来た」
「君が撃たないから」
ただ遅らせればいいわけじゃない。
一度見せた間も、次には相手の材料になる。
当然だ。
それが相手だから、楽しい。
残り一枚。
焦る理由はある。
焦って同じものを見せる理由はない。
リゼは速く入った。
今度は一歩目で撃つ。弾かれた光を追って横へ回り、二歩目では撃たない。三歩目で撃つ。外れる。
それでもカイは下がった。
距離を取り返す前に、もう一発。防壁に受けられる。
次は撃たない。
カイの目が少し細くなった。
「面倒になった」
「褒めてる?」
「全然」
左へ抜けようとしたカイを、リゼは追わない。
先にその場所へ光を置く。
逃げ道が一つ消えた。
カイが止まった瞬間だけ、リゼは迷わず入る。
二枚目。
二対二。
歓声が一段大きくなる。
あと一枚ずつ。
カイは中央へ戻った。リゼもいったん距離を取る。
客席が、今度は先に静かになった。
次にリゼが突っ込むと知っている。
たぶんカイも。
だから突っ込む。
一歩。
二歩。
光は溜めたまま。
カイが下がる。
三歩目。
まだ撃たない。
「どこまで来るの」
「そっちが決めるまで」
さらに詰める。
背後の白線まで、カイに残された場所が減っていく。
待つのが得意でも、床は増えない。
カイの視線が右へ動く。
防壁か。横へ抜けるか。撃つか。
何でもいい。
今度は、選ぶ側を逆にする。
カイの右手が上がった。
光。
リゼは笑った。
「そこ」
身体を沈める。光が髪の上を抜けた。
次を出される前に、一歩。
至近距離の衝撃で最後の護印が砕ける。
『勝者――リゼ・オルディア!』
歓声が落ちてきた。
「よし!」
両手を上げる。
去年の王冠が消えるわけではない。セラが首位から落ちるわけでもない。
それでも、今この白線の上では自分が勝った。
それで十分だった。
白線を出ると金色が戻った。
カイは水を一口飲んでから、ようやくこちらへ来る。
「遅い」
「負けた人に急がせる?」
「感想」
カイは少し考えた。
「最後、僕が先に選ばされた」
リゼの口元が上がる。
「でしょ」
「君のくせに」
「何それ」
「褒めてない」
「顔が負け惜しみ」
カイは答えず掲示板を見た。
一番上は、まだセラ。
「一回だね」
「何が」
「今季の直接対決」
リゼは胸を張る。
「一回、私の勝ち」
「次は僕」
「じゃあ来れば」
「行く」
掲示板から視線を戻す。
次も勝つ。
今はそれだけでいい。




