お前まで負けるな
次の公式戦日。
午前の自分の一勝を終えても、リゼは観客席を離れなかった。
白線の向こうで、カイとセラが向かい合っている。
去年の王冠保持者と、今季、自分を一対三で負かした現在の首位。
見ない理由がない。
鐘が鳴った。
カイは動かない。
セラも、すぐには攻撃しなかった。
最初の光面がカイの右後ろへ立つ。次は左。さらに少し前。
「……へえ」
自分のときみたいに一本の道へ押し込まない。使える場所だけを、少しずつ削っていく。
カイは半歩ずれたきり動かない。セラも急がない。
観客席のざわめきが、二人の代わりに膨らんでいく。
「どっちか行きなさいよ」
リゼは手すりへ頬杖をついた。
カイが待つ理由は分かる。相手が踏み込む、撃つ、逃げる――何か一つを大きく選んだあとなら、そこを高くつかせるのが上手い。
でもセラは賭けない。一枚置いて、半歩動く。その繰り返しで、カイの後ろだけが狭くなった。
次の光面を置こうとセラが腕を上げる。
そこでカイが出た。
短い光。
護印が一枚砕ける。
「そこ取るよね」
置く瞬間だけは、セラも手を使う。
一対ゼロ。
セラは割れた護印を見もしなかった。次の光面を、今度はカイの届かない位置へ置く。
速い修正だった。
カイが一枚を壊して出口を作る。セラは塞がない。その空いた場所へ光を通した。
斜めの防壁で逸らす。
カイなら、そのまま横へ半歩抜ける。
今日はその半歩先に光面があった。
肩が触れて足が止まる。防壁を抜けた熱が胸元をかすめ、護印が一枚砕けた。
一対一。
「嫌な置き方」
セラは追わず、また空間を削った。
二枚目を取ったのはカイだった。
左の光面を壊す。セラの視線が開いた場所へ寄る。
カイは入らない。
逆側から撃った光に、セラの反応が半拍遅れた。
二対一。
リゼは思わず口元を上げる。
自分なら、壊した場所を使っていた。
カイは使わない。使うと思わせた時点で、もう次を取っている。
セラの眉が初めてわずかに寄った。
けれど次から、壊された場所を見なくなった。
どこが開いても構わず、別の場所だけを狭くする。中央には広い空間が残る。ただし、そこへ出るにはカイ自身が前へ入らなければならない。
待っていれば、後ろがなくなる。
カイも分かっていた。
右の光面を壊す。入らない。左を撃つ。セラが防壁を出した隙に中央へ出る。
光が走る。
セラは肩を引いてかわし、代わりにカイの足元へ薄い面を立てた。
前へ出た勢いが一瞬だけ崩れる。
そこへ一撃。
二対二。
歓声が大きくなる。
リゼは、頬杖をやめていた。
残り一枚ずつ。
セラはもう光面を増やさない。今ある配置のまま中央で待つ。
カイも止まる。
ただ、今度の沈黙は対等ではない。
後ろは狭い。左右も遠い。先に何かを変えなければならないのは、カイの方だ。
リゼは彼の肩を見た。
ほんの少し、左が下がる。
手すりを握る指に力が入った。
二年前から知っている。
カイが自分から深く入る前だけ、ああなる。
セラの視線も同じ肩へ落ちた。
まだカイは動いていない。
なのに、背中側の光面が消え、半歩横へ置き直される。
「……読んだ」
直後、カイが踏み込んだ。
最短で中央へ。
セラの光を防壁が斜めに受け、軌道を逸らす。
その先に、置き直された光面があった。
もう一度、光の向きが変わる。
背中側。
カイが振り向くより先に、最後の護印が砕けた。
『勝者――セラ・ノーグ!』
三対二。
観客席が沸く。
セラは礼を交わし、大掲示板へ一度だけ目を向けた。一番上の名前は変わらない。
セラ・ノーグ。
リゼは手すりから手を離した。掌に細い跡が残っていた。
競技者出口の脇で、カイは手首の固定具を外していた。
リゼが近くまで行くと、先に気づく。
「何」
「最後、肩落ちてた」
「知ってる」
「セラも見てた」
固定具を外す手が一瞬だけ止まった。
「それも、今は知ってる」
「私、二年前から知ってたけど」
「自慢?」
「違う」
そこまで言って、次が出てこなかった。
カイが負けたのはカイのせいだ。セラが上手かった。
順位だけなら、むしろ都合がいい。
「……次、取り返して」
カイが顔を上げた。
「命令?」
「お願いに聞こえた?」
「全然」
「ならいいでしょ」
「あんたまで負けっぱなしでいないでよ」
「君も負けたけど」
「返す」
即答した。
「だから、あんたも返して」
カイは固定具を鞄へ入れる。
「僕が勝つと、君の順位には邪魔だけど」
分かっている。
それでも、さっき最後の護印が砕けた瞬間、少しも嬉しくなかった。
リゼはカイを見る。
「あんたまで負けるな。私が負かすんだから」
数秒、返事がない。
やがてカイは鞄を肩へ掛けた。
「注文が多いね」
「勝手に勝てばいいでしょ」
「最初からそのつもり」
先に歩いていく。
リゼは追わず、大掲示板を見た。
一番上には、まだセラの名前がある。




