勝敗までは共有しない
開幕節二日目。
入場口の白線を前に、リゼは手首を見た。昨日から競技者印の縁に居座っている金色の線が、薄く光っている。
嫌な色だ。綺麗なのが余計に腹立つ。
「オルディア選手。入場を」
「はい」
一歩越えると、足元から淡い光が走った。金色が青白い競技者印の奥へ沈む。
リゼの口元が上がる。
「よし」
向かい側の相手が怪訝そうな顔をした。
「何が?」
「こっちの話」
鐘が鳴る。
ここから先は、自分のものだ。
最初の一撃は、正面から止められなかった。
相手の防壁は斜めに立ち、リゼの光を受け止めず横へ逃がした。防護膜に流れて消える光を見ながら、リゼはそのまま踏み込む。
「へえ」
靴底に推進の紋が開き、床が背中を押す。
二枚目の防壁も斜め。今度は逆向きだった。
正面から叩けば、また流される。
だから叩いた。
相手の口元が緩む。
逸れた光の先に、リゼが置いていた薄い防壁があった。
「な――」
二度目の反射。軌道を変えた光が相手の脇腹へ回り込み、護印を一枚砕いた。
歓声が跳ねる。
「それ、あり?」
「当たったでしょ」
次に相手が作ったのは、低い壁三枚の狭い通路だった。中央だけが一人分、露骨なくらい空いている。
罠だ。
だから入る。
推進の紋が足元で弾けた。正面から光が来る。リゼは防壁を出さず、肩だけ落とす。
避けきれなかった熱が胸元を走り、護印が一枚割れた。
同時に、もう手が届いている。
「取った」
至近距離の衝撃で相手の二枚目も砕けた。
胸元に残った熱が少し痛い。それでも一枚なら安い。
相手が距離を取り直す。さっきまでの余裕は消えていた。
リゼが壁へ視線を向けただけで、相手の構えが揺れる。
壊すのか。曲げるのか。また入ってくるのか。
迷った。
その一瞬に、今度は何も仕込まず真っ直ぐ撃った。
最後の護印が砕ける。
『勝者――リゼ・オルディア!』
リゼは観客席へ片手を上げた。
白線を出た瞬間、金色が何事もなかったように戻ってくる。
「一枚、わざと取らせたね」
横からカイの声がした。試合用の上着を着て、次の入場を待っている。
「見てたの?」
「ここから見えるから」
「真似しないでよ」
「しないよ。もったいない」
「ケチ」
「君が雑なんだよ」
係員に呼ばれ、カイが白線へ向かう。越える直前、一度だけ手首を見た。金色が沈む。
リゼは観客席へ戻った。
次に戦うかもしれない相手を見る。それだけなら普通の偵察だ。
カイの相手は速かった。
開始と同時に推進の紋を二つ重ね、一直線に距離を潰す。
リゼなら一つで行く。二つは速い。そのぶん止まりにくい。
カイはぎりぎりまで動かなかった。
光が飛んできて、ようやく半歩。斜めの防壁が肩の横へ光を逃がす。相手は勢いを残したままさらに来た。
客席がどよめく。
カイが置いた二枚目の防壁は、相手の正面ではなく足元だった。
踏み込んだ靴先が光面に乗る。
「っ!」
推進の残った身体が横へ流れた。そこで初めてカイが大きく動き、通り過ぎる背中へ短い光を入れる。
一枚。
「性格悪」
リゼは小さく笑った。
次は相手も慎重になった。推進を使わず、歩幅を削って距離を詰める。
待つと思ったところへ、カイが自分から入った。
ただし深くはない。届くぎりぎりで止まり、相手が反撃のため腕を伸ばした、その瞬間だけを取る。
二枚目。
焦ったのは相手だけだった。
最後の一枚を取るまで、カイが大きく踏み込んだのはもう一度だけ。
相手が待ちきれず、攻撃と一緒に前へ出た。カイは避ける。空振りした横へ一歩。短い光。
鐘が鳴った。
『勝者――カイ・フェレス!』
歓声の中、カイは相手へ礼をして退場口へ向かった。
あれだけ綺麗に取って、拍手を素通りする。
リゼにはそこだけ理解できない。
正面の大掲示板が開幕節の暫定順位へ切り替わった。
自分の名前を見つけ、そこから上へ視線を滑らせる。
知らない名前が一番上にあった。
セラ・ノーグ。
「誰、これ」
戻ってきたカイが隣で掲示板を見る。
「ああ」
知っている反応だった。
「開幕節、ここまで三戦三勝。護印も一枚も失ってない」
「……三戦?」
「そう」
リゼはもう一度、名前を見る。
自分でもなく、カイでもない。
それだけで、少し姿勢が変わった。
「次、当たる?」
「組み合わせなら、たぶん君が先」
リゼは笑う。
「ちょうどいい」




