↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿敵と運が繋がっても、王冠はひとつ  作者: 綴木 灯
第一章「運が繋がっても、負けたくない」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/20

去年は運

あと一枚。


ユース・クラウン・サーキット開幕節。胸元の護印を三枚とも失えば負ける一対一で、相手に残っているのはその一枚だけだった。


リゼ・オルディアは踏み込まない。


観客席のざわめきが一段大きくなる。ここまでの彼女は、相手が下がれば詰め、迷えばさらに詰め、守れば守りごと叩き割ってきた。


だから最後も来る。


対戦相手の目が、そう決めていた。


「――っ」


先に耐えられなくなったのは向こうだった。防壁を前へ押し出した、その縁がわずかに浮く。


リゼは笑った。


「遅い」


床を蹴る。右手に集めていた光を捨て、左から短い衝撃を滑り込ませた。


防壁の内側で、最後の護印が砕ける。


一拍遅れて鐘が鳴り、競技場の空気が歓声に変わった。


『勝者――リゼ・オルディア!』


リゼは片手を上げる。


こういうのは、ちゃんと浴びるに限る。


まだ一勝。各地の公式戦で順位を積み、上位に残り、最後の決勝トーナメントまで勝ち抜かなければ王冠には届かない。


それでも、今季最初の一勝は自分のものだ。なら今の拍手まで遠慮する理由はない。


控え通路へ入ったところで、その気分に水を差す声がした。


「最後、半拍遅らせたね」


壁にもたれていたカイ・フェレスが、腕を組んでいる。


「……何でそこ見てるの」


「見えたから」


「偵察にしても細かすぎるでしょ」


カイは通路へ出て、リゼの横を通り過ぎた。


「君がまた僕の前まで来るなら、見ておく価値はある」


「来るなら、じゃない。来るの」


「そう」


数歩先で止まり、振り返る。


「じゃあ次は、右に溜めた光を本当に右から撃つ練習もした方がいい」


「引っかかったくせに」


「二年前はね」


「一回引っかかれば十分でしょ」


「去年は引っかからなかった」


その言い方で、リゼの眉が上がる。


「去年のあれを数えるんだ」


カイの目がわずかに細くなった。


効いた。


この話だけは、いつも効く。


「数えるよ。王冠は僕の部屋にある」


「照明が落ちた瞬間に私が踏み込んでなかったら?」


「踏み込んだのは君だ」


「見えなくなったのは運」


「暗くなっても止まれなかったのは君」


「はい出た。去年は運」


「はい出た、負けた側の便利な言葉」


昨季の最終戦。決着の直前、競技場の照明が一瞬だけ落ちた。


その直前に攻撃へ入っていたリゼは、暗闇の中で踏み込みを止められなかった。光が戻ったとき、待っていたカイに最後の護印を取られていた。


照明が落ちなければ。


そう言うたび、カイは同じ顔をする。


落ちても突っ込んだのは君だ、と。


「今年で決着だからね」


二年前はリゼ。去年はカイ。一勝一敗。そして二人とも、今年でユース部門を卒業する。


「二勝一敗」


カイが言った。


「私がね」


「僕が」


「去年みたいなの抜きで?」


「今年も負けたときの言い訳、もう考えてる?」


リゼは拳を持ち上げた。


「殴るよ」


カイは一歩だけ下がる。


「競技場でどうぞ」


言い返す前に、通路の向こうから係員が走ってきた。


「オルディア選手、フェレス選手! 歴代王冠保持者の年次記録、まだでしたよね。競技者印の読み取りだけお願いします!」


二人は同時に嫌そうな顔をした。


「一緒に?」


「僕もそれを聞こうと思った」


「読み取り板が二枚あるので、すぐ終わります!」


「この人から先にやって」


「君からどうぞ」


係員は二人を見比べ、何も言わずに歩き出した。


中央棟の検査室には、机と透明な読み取り板が二枚あるだけだった。手首の競技者印を重ねれば、歴代王冠保持者として今年の印相が記録されるらしい。


「では、同時にお願いします」


「何で同時」


「機材が二枚あるからです」


あまりにまともな答えだった。


リゼは右手を置く。隣でカイも同じようにした。


透明板の下を淡い光が走る。


外で大きな音がした。


「え?」


窓の向こうを式典用の飾り布が横切る。次いで金属音。外れた飾り柱が外壁の導線へ倒れ込み、白い火花が窓いっぱいに散った。


「手を離して!」


係員が叫ぶ。


リゼは反射的に腕を引いた。手首が遅れて熱を持つ。


青白かった競技者印の縁に、見覚えのない金色の線が一本走っていた。


「……何これ」


隣を見る。


カイにも同じ線がある。


「僕に聞かないで」


「知ってそうな顔してる」


「君より落ち着いてるだけ」


係員は青ざめたまま端末を叩いていた。


「すみません。二枚を同時に読んでいたところへ、外部線から割り込みが入ったみたいで……」


「切ればいいでしょ」


「たぶん、普通の接続なら」


その言い方が一番嫌だった。


しばらくして呼ばれてきた年配の競技術師に、二人は何度も手首を光へ透かされた。カイは黙っている。リゼは三分で飽きた。


「で?」


「外から来る偶然だけが、二人の間で同じ向きに偏る状態です」


「分かるように言って」


「片方に不運が起きれば、もう片方にも別の不運が起こりやすくなる。幸運も同じです」


カイが眉を寄せる。


「試合の勝敗まで?」


「いいえ。公式競技中は競技場側が外部偶然の連動を遮断します。技量も得点も別です」


「じゃあ、普段だけ最悪ってこと?」


「簡単に言えば」


立ち上がろうとした拍子に、胸の勝者章が外れた。


「あ」


金属章は床を転がり、棚の下の細い隙間へ吸い込まれていく。


カイが口元を押さえた。


「笑った?」


「まだ」


その直後、扉から入ってきた係員の腕がカイの紙杯に当たった。中身が白い上着へ派手に飛ぶ。


「……」


今度はリゼが笑った。


「笑ったね」


「もう笑った」


二人の手首で、金色の線が同時に一度だけ光る。


年配の術師がため息をついた。


「今すぐ確実に切る方法は、一つあります。どちらか一人が今季を正式に棄権して、競技者印を登録から外すことです」


「しない」


「しません」


ほぼ同時だった。


術師が目を丸くする。


「……まだ説明の途中ですが」


「聞く必要ある?」


リゼがカイを見る。カイもこちらを見ていた。


「先に降りたいなら、どうぞ」


「君こそ」


「死んでも嫌」


「なら話が早い」


よりによって、こいつと運が繋がる。


それは最悪だ。


けれど、ここで降りて最後の一勝を相手に渡す方が、もっと嫌だった。


カイが濡れた袖をつまむ。


「これで今年も、負けたら運のせいにできるね」


「しない」


返事が早すぎて、カイがこちらを見る。


「去年はあれだけ言ってたのに?」


「去年は去年」


リゼは棚の下へ消えた勝者章を一度見た。


「今年は、運が何しても最後にあんたを負かす。そこまで運のせいにはしない」


カイは一秒だけ黙り、それから少し笑った。


「それなら安心した」


「何が?」


「僕も、君が運で落ちて終わるのは御免だ」


リゼは眉をひそめる。


「……真似しないで」


「先に言われただけだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。