明日、一人が負ける
決勝前夜。
宿舎へ戻る道の途中で、リゼはカイを見つけた。
向こうもこちらに気づき、同じところで足を止める。
「明日」
「うん」
「一人が負けるね」
「そうだね」
「嫌?」
カイは少し考えた。
「負けるのは嫌」
「私も」
「君が負けるのは?」
「それ、私が勝つってことでしょ」
「そう」
「じゃあ嬉しい」
カイが笑った。
「安心した」
「何が」
「付き合ったからって、急に優しくならなくて」
「殴るよ」
「明日、白線の中でどうぞ」
いつもの返しだった。
リゼも笑う。
「じゃあ明日」
「明日」
それだけで別れた。
足音が逆方向へ離れていく。
振り返る必要はなかった。
翌朝。
ユース・クラウン最終戦。
競技場は、入場前から音で満員だと分かった。
通路の石壁越しに歓声が低く響き、足元へまで振動が伝わってくる。
大掲示板には二つの名前。
リゼ・オルディア。
カイ・フェレス。
一昨年と昨年の王冠保持者。
ここで勝った方が二つ目を取る。
もう去年の事故を数える必要はない。
今日の一戦だけで、二勝一敗になる。
入場口の前で、リゼは手首を見た。
金色の線はまだある。
隣でカイも同じところを見る。
「最後だね」
「何が」
「これついたまま試合するの」
「白線入ったら沈むでしょ」
「そうだけど」
リゼは前を向く。
「今日くらい、運の話やめよう」
「賛成」
係員に呼ばれる。
白線を越えた瞬間、金色が沈んだ。
三枚ずつの護印が灯る。
客席の音が一気に近くなる。
前列の端にセラがいた。腕を組み、こちらを見ている。
リゼは一度だけ視線を合わせ、すぐカイへ戻した。
「カイ」
「何」
「負けて」
「嫌だよ」
「知ってる」
鐘が鳴った。
最初に出たのはリゼだった。
一歩目で距離を詰め、二歩目と一緒に右から撃つ。
斜めの防壁。
光が弾かれる。
そのまま横へ回り、もう一発。
カイは避ける。
リゼは次を撃たず、一歩だけ詰めた。
カイが半歩下がる。
今季の直接対決で勝ったときと、同じに見える入り方。
でも、同じままで通る相手ではない。
三歩目で撃った。
カイが身体を沈める。
避けた。
そのまま前へ出てくる。
リゼの攻撃が伸びきった、その一拍へ。
「え」
短い光が胸元を叩く。
一枚。
ゼロ対一。
カイはすぐ距離を戻した。
「そこ?」
「そこ」
「撃つタイミング変えるの、知ってるから」
リゼの眉が上がる。
いつ撃つかを読む必要がない。
撃ったあとだけ取ればいい。
「性格悪」
「知ってる」
腹は立つ。
でも、口元は上がっていた。
二枚目。
今度は一歩目から速く入る。
撃つ。
防壁に逸らされた光の先へ、自分の薄い防壁を置く。
二度目の反射。
カイが半歩ずれる。
そのずれた先へ、リゼが入る。
近い。
カイが反撃の腕を上げる。
リゼは撃たず、肩が触れそうなところまで距離を潰した。
「近い」
「止めれば」
防壁が二人の間に立つ。
待っていたのは、それだった。
正面から一発。
ひび。
二発目。
割れる。
カイが下がったところへ短い光。
一対一。
観客席の音が跳ねる。
「強引」
「私だから」
「そこは知ってる」
「じゃあ止めてみれば」
「そのつもり」
三枚目は長かった。
リゼが出る。
カイが下がる。
撃つ。
避ける。
今度は、撃ち終わりにも来ない。
もう一発。
防壁に逸らされる。
まだ来ない。
全部を取りに来るわけじゃない。
取れる一拍だけを待っている。
その一拍を、自分よりよく知っている相手だ。
リゼは一歩詰め、撃たない。
カイも動かない。
もう一歩。
今度は撃つ。
カイが半歩左へ。
リゼは追いながら二発目を出す。
そこだった。
カイが前へ出る。
防壁ではない。
リゼの右腕はまだ伸びていて、身体がわずかに開いている。
その左側へ入られた。
防壁を出す。
遅い。
二枚目。
一対二。
歓声が大きくなる。
あと一枚取られれば終わる。
リゼは呼吸を整えながら言った。
「やっぱそこ取るんだ」
「君、二発目の方が身体開くから」
「今から直す」
「試合中に?」
「いつもそうでしょ」
カイが少し笑った。
「そうだね」
残り一枚。
カイは二枚。
胸の奥で心臓が速い。
客席も、王冠も、今年最後のユースも全部ある。
それでも、早く終わらせようとした試合で二対ゼロから落としたことだけは忘れていない。
リゼは息を吐いた。
カイも中央へ戻る。
次の鐘までは鳴らない。
一歩。
右手に光を溜める。
カイの肩がわずかに下がった。
撃ったあとへ入る準備。
リゼは撃たない。
三歩目。
まだ撃たない。
四歩目。
距離だけがなくなっていく。
カイの眉が寄った。
どこかで前進を攻撃へ変える。
そう待っている。
なら、変えない。
五歩目。
カイが右へ逃がす。
リゼも右へ。
左へ移れば、同じだけ追う。
何も撃たないまま白線際まで押していく。
「撃たないの」
「撃ってほしい?」
「別に」
「じゃあこのまま」
カイの背後の白線まで、もうほとんどない。
正面に防壁が一枚立つ。
リゼは止まらない。
光を溜めたまま、その直前まで入る。
防壁を増やすか。
横へ出るか。
撃つか。
今度は、カイが何かを選ばなければならない。
リゼは目の前の防壁越しに笑った。
「ほら」
カイの右手が上がる。
防壁ではない。
光。
先に撃ったのは、カイだった。




