決勝に来い
準決勝第二試合の前。
競技者通路ですれ違い、リゼは足を止めた。
「カイ」
普段なら「あんた」で済ませる名前が、今日は先に出た。
カイも一瞬だけ振り返るのが遅れる。
「何」
「決勝に来い」
「行くよ」
「三番、堅いから。待ってるだけだと取れない」
「知ってる」
それで十分だった。
道を空ける。
カイが横を通るとき、今度は向こうから聞いた。
「君は?」
「何が」
「待ってる?」
リゼは鼻で笑う。
「決勝で」
「そう」
カイも少し笑った。
白線の方へ歩いていく背中を見送ってから、リゼは観客席へ走った。
ハルド・ミエンは、分かりやすく堅かった。
正面に低い防壁。その後ろにもう一枚。左右は空けるが、自分から深くは出ない。
セラ戦でも同じだった。
大きく賭けない。
相手が先に形を崩すまで待てる。
カイも待てる。
だから鐘が鳴っても、二人とも動かなかった。
五秒。
十秒。
客席が先に耐えられなくなり、ざわめき始める。
「そのまま一日やる気?」
届かない声で言う。
先に一歩出たのはカイだった。
正面へ短い光。割れない。
戻る。
もう一度。
三度目、ハルドが正面を厚くしたところで、カイは左へ入った。
そこにも二枚目の防壁が回る。
光を逸らされ、戻る一歩へハルドの反撃。
一枚。
ゼロ対一。
リゼは手すりへ置いた腕を組み直した。
次もカイから動いた。
右へ撃って、左へ入る。
今度は最初から左側に壁が待っていた。
逸らされた光。
離れるところへ一撃。
ゼロ対二。
客席が大きく沸いた。
リゼの指が手すりを掴む。
「カイ」
名前が小さく漏れた。
白線の中には届かない。
届かなくていい。
助けられないし、助ける気もない。
でも今日ここで消えるな。
明日、自分が負かすんだから。
カイは中央へ戻った。
右手に光を溜める。
今度は撃たない。
左へ半歩。
ハルドの防壁が少し左を向く。
右へ。
防壁が戻る。
まだ撃たない。
リゼは手すりから身体を起こした。
ハルドが待っているはずなのに、先に防御だけを選ばされている。
カイが一歩出る。
正面が厚くなる。
撃たない。
もう一歩。
左にも壁。
まだ撃たない。
ハルドの眉が寄る。
カイの右手から光が消えた。
防壁が正面へ戻る。
その瞬間、左手から短い光。
一対二。
リゼの指から少し力が抜けた。
そこから、カイは同じ時刻に二度撃たなかった。
一歩目で来る。
二歩目まで溜める。
何もせず戻る。
ハルドは攻撃より先に、防御を置くタイミングまで考え始める。
その迷いが出た交換で、カイは珍しく正面防壁を三発かけて本当に割った。
「力で行くの」
中央を守ろうと、新しい防壁が出る。
カイは割った場所へ入らなかった。
横へ抜ける。
二枚目。
二対二。
あと一枚ずつ。
最後はカイから行った。
右。壁。
左。壁。
正面。二枚重ね。
ハルドは完全に固める。
カイが正面へ一発。
二発目。
防壁にひびが入る。
三発目を構えた。
ハルドの視線が正面へ集まる。
光は防壁ではなく、その上を抜けた。
反射的にハルドが身を沈める。
低く重ねた二枚の防壁、その上が空いた。
カイが初めて真正面から深く入る。
短い光。
最後の護印が砕けた。
『勝者――カイ・フェレス!』
リゼは立ち上がっていた。
「っしゃ!」
周りの何人かがこちらを見る。
睨み返してから、もう一度白線を見る。
カイは勝った。
三対二。
決勝の最後の空欄に、その名前が入る。
リゼ・オルディア。
カイ・フェレス。
見慣れた二つの名前が、決勝の線で繋がっている。
ユース部門では、これが最後だ。
競技者出口で待つ。
カイが出てきた。
「遅い」
「君も三対二だったでしょ」
「私は先に終わった」
「試合順が先だからね」
リゼはその返しを無視して掲示板を顎で示す。
「来たね」
「来たよ」
「私が言わなくても来たでしょ」
「もちろん」
即答だった。
「じゃあ明日。負けて」
「嫌だよ」
「彼女のお願い」
「それでも嫌」
リゼは笑った。
「よし」
「何がよしなの」
「そこで分かったとか言ったら殴ってた」
「怖いね」
「手加減しないから」
「僕も」
大掲示板には、もう空欄がなかった。




