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宿敵と運が繋がっても、王冠はひとつ  作者: 綴木 灯
第三章「好きでも譲らない」

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14/20

去年の運

その日の帰り道、リゼは三回言いかけて、三回やめた。


一回目は競技場を出たところ。


二回目は橋の手前。


三回目は宿舎へ向かう坂の途中。


隣を歩くカイは、何も聞かなかった。


夕方の風が坂を下り、汗の乾いた首元を冷やす。


「ねえ」


「何」


「去年のこと」


カイの歩幅がほんの少し小さくなった。


「どれ」


「王冠」


「ああ」


軽い返事だった。


「もうちょっと身構えてよ」


「何を言われるか分からないのに?」


「去年は運って言われると思えばいいじゃん」


「それなら聞き慣れてる」


リゼは口を閉じる。


その返しまで含めて、一年間自分が作ったものだ。



「照明が落ちたのは、運」


「うん」


「その直前に私が踏み込んでたのも事実。暗くなってから止まれなかったのも私」


カイは何も言わない。


二人分の靴音だけが石畳へ続く。


「あんたが、戻った光のところで待ってたのも事実」


「……うん」


「だから」


次の言葉だけが、今までより重かった。


一年間、散々言ってきた。


去年は運。


負けたのが悔しくて、その言葉がカイに一番刺さると知っていたから。


「事故だけであんたが勝ったわけじゃない」


言った。


カイがこちらを見る。


「知ってる」


「今、私が言ったんだけど」


「僕は前から知ってるから」


「そういう返しする?」


「じゃあ、ありがとう?」


「それも違う」


カイが少し笑った。


リゼは前を向く。


さっきまで喉につかえていたものが、少しだけ軽くなっていた。



坂を上りきるころ、今度はカイが口を開いた。


「じゃあ、何で一年言ってたの」


リゼの歩幅が止まりかける。


「事故だけじゃないって分かってたなら」


「……負けたから」


「それは知ってる」


「悔しかったから」


「それも知ってる」


「じゃあ聞かないで」


「確認」


カイは前を向いたまま続けた。


「最初は煽ってるだけだと思ってた。でも半年くらい続いたから、本気で僕の王冠を運だけだと思ってるのかって」


「一年続けたけど」


「知ってる」


リゼは足を止めた。


「思ってない」


カイも二歩先で止まる。


「照明が落ちなかったら私が勝ってた可能性はある」


「それはある」


「でも、落ちたあとにあんたが何もしてないとは思ってない」


「そう」


カイはそれだけ言って、また歩き出した。


リゼは追う。


少し進んでから、今度は自分から聞いた。


「そんなに嫌だった?」


「何が」


「私が、去年は運って言うの」


返事が遅れた。


「嫌だったよ」


「他の人に言われても?」


カイがこちらを見る。


「他の人には、そこまで」


リゼの足が一瞬だけ遅れる。


「……何で」


「君なら分かってると思ってたから」


それだけだった。


カイは前を向く。


リゼも何か返そうとした。


自意識過剰、とか。


面倒くさい、とか。


私の評価そんなに欲しいの、とか。


どれも口まで来て、出なかった。


代わりに二人の間へ、靴音が戻る。



宿舎の入口で、カイが扉へ手をかけた。


リゼはその背中へ言う。


「分かってたよ」


振り返る。


「去年も」


「……そう」


「分かってて言ってた」


「それはそれで性格悪いね」


「今さら?」


「今さら」


二人とも少し笑った。


扉の取っ手へ伸びたカイの手を見て、リゼはもう一つだけ足す。


「今年、私に負けても運って言わないでよ」


「言わないよ」


「絶対?」


「君が言わないなら」


「言わない」


「今年は?」


「今年は」


カイが扉を開ける。


「去年の一年分には短いけどね」


「欲張り」


「君に言われたくない」


先に中へ入るカイのあとを、リゼも追った。


坂の下では、競技場の鐘が遠く一度だけ鳴った。

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