二人分の実力
競技場前で配られていた紙を、リゼは三行読んで丸めた。
「何これ」
見出しだけは、やたら大きい。
『二人分の幸運は、二人分の実力なのか?』
丸めた紙をもう一度広げる。
共有しているのは競技外の幸運と不運。公式戦の白線内では新しい連動が抑えられる。ただし移動や抽選、練習環境まで含めれば、今季の順位を「完全に個人の実力だけ」と呼べるのか――。
そこまでは分かる。
問題は次だ。
『二人の成績そのものを疑問視する声もある』
「誰の声」
書いていない。
「便利」
「何が?」
後ろから来たカイへ紙を押しつける。
カイは立ったまま読み、見出しへ目を戻した。
「怒らないの?」
「どこに?」
「全部」
「全部は雑でしょ。競技外の運が一切影響してないとは言えない」
「私が言ってるのは成績のとこ」
「順位全体なら同じだよ。移動が止まれば出られない試合もある。君が僕の箱を持った日みたいに」
「じゃあ私があんたの順位作ったって?」
「言ってない」
カイは紙の後半を指で押さえた。
「白線の中で取った三枚まで運にされるなら、それは違う」
リゼは紙を取り返す。
「最初からそう言って」
「君、最初から怒ってたから」
競技場の入口には、すでに記者が何人か待っていた。
紙だけでは終わらなさそうだった。
終わらなかった。
午前の試合を終えたあと、通路で三人に囲まれる。
「オルディア選手。共有幸運について、一部で競技成績の個人性を疑問視する声があります」
「一部って誰」
記者の筆が一瞬止まった。
「観客や論評の中で――」
「質問は?」
「フェレス選手の今季成績を、完全に本人だけのものだと言えますか?」
リゼは少し考えた。
「馬車が時間通り来たとか、誰と当たったとか、そういうの全部までは知らない」
記者が頷きかける。
「では、やはり――」
「でも試合はあいつの」
遮った。
「この前の三対二。相手が防壁を壊しに来るの、一回わざと捨ててる。次に同じ強さで来たときだけ防壁を出さずに空振りさせて、その戻りを取った」
筆が止まる。
「……よく覚えていらっしゃいますね」
「見てたから」
「つまり、その判断は幸運ではないと」
「運で相手の癖を二回待てるなら、私が欲しい」
周りで少し笑いが起きた。
リゼは笑わない。
「気に入らないのはあいつだけど、やったことまで別のものに取られるのはもっと嫌」
「なるほど」
「あと、本人に言ったら調子乗るから最後のところは書かなくていい」
「そこも含めて記事になります」
リゼは丸めた紙を記者へ返した。
午後。
今度はカイが囲まれていた。
リゼは少し離れた給水台にいる。聞くつもりはない。ただ、声が聞こえる。
「フェレス選手。先日のオルディア選手との直接対決も、外的要因を無視できないという見方があります」
リゼの紙杯が止まる。
カイは少し間を置いた。
「試合を見ました?」
「もちろん」
「最後、僕が先に撃ったのは運じゃない」
記者が黙る。
「彼女が前へ来るたび撃つと思って待ってた。途中から撃たなくなって、下がれる場所がなくなった。僕が先に選んで、それを取られた」
「技術的な敗北だったと」
「僕の敗北です」
「オルディア選手の勝利でも?」
「同じことでしょ」
カイはそれ以上足さなかった。
リゼは紙杯を口へ運ぶ。
水はもうぬるかった。
「私にも聞きます?」
別の声が入った。
セラだった。
「さっきから二人の話ばかりなので」
記者が一斉に向く。
「今季、私は二人とも白線の中で負かしてます。オルディアには三対一。フェレスには三対二」
数字まで言わなくていい、とリゼは遠くで顔をしかめた。
「その二試合まで『二人の共有運が作った順位』に入れられると、私の取った護印が消えるので困ります」
記者の一人が笑う。
セラは真顔だった。
「首位争いへの不公平感は?」
「あるなら勝つ回数増やします」
それで終わりだった。
セラは記者の横を抜け、大掲示板で自分の名前を確認すると、そのまま次の対戦表へ視線を移した。
記者が散ったあと、カイが給水台へ来た。
「昨日の話、細かく言ったでしょ」
「君も僕の試合を細かく話してたけど」
「私は必要だったから」
「僕も」
カイは水を注いだ。
「二枚目のあと、一回捨てたやつ」
「何」
「覚えてたんだ」
「説明するのに必要だったから」
「そう」
短い返事だけ残して水を飲む。
リゼは向こうの掲示板を見る。
一番上は、まだセラ・ノーグ。
朝の見出しより、その名前の方がずっと目についた。




