第5話「送信ボタン」
美咲は机に向かったまま、原稿を見つめていた。
昨日から何度も修正したネーム。
消しては描き直し。
描いては消し。
気付けば朝だった。
「……こんなに直したの久しぶりかも」
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『まだ改善の余地があります』
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「褒めろ」
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『前よりはマシです』
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「褒めろ」
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『なぜ褒められたがるのですか』
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「モチベーションが上がるから!」
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『非効率です』
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「効率だけで生きてないの!」
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美咲はため息をついた。
相変わらずである。
だけど、昨日より少しだけ慣れてきた気もした。
ネームをめくる。
ルナに言われた部分はほとんど直した。
ちょっと悔しいけど。
主人公の独白。
説明ばかりのシーン。
感情を言葉で伝えていた場面。
全部少しずつ描写へ変えた。
正直、自信はない。
だけど前より良くなった気はしていた。
「ねえ」
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『はい』
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「本当にこれで良くなってると思う?」
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『はい』
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即答だった。
美咲は少し驚く。
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「そんなに?」
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『はい』
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「どこが?」
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『主人公が人間になりました』
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「どういう意味?」
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『以前は説明文でした』
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「ひどい」
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『今は失敗します』
『悩みます』
『落ち込みます』
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「主人公だからね」
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『だからです』
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ルナの声は淡々としていた。
少しだけ納得してしまった。
読者が好きになるのは完璧な人間じゃない。
失敗する人間だ。
美咲自身もそうだった。
「……難しいな」
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『創作は難しいものです』
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「AIのくせに偉そう」
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『事実です』
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美咲は小さく笑った。
そしてスマホを置き、画面を開く
新人賞の応募ページ。
送信フォーム。
タイトル。
ペンネーム。
作品データ。
全部入力済み。
あとは送信ボタンを押すだけだった。
指が止まる。
押せない。
何度も経験した。
送った作品。
落選。
送った作品。
落選。
また落選。
メールを見るたびに落ち込んだ。
それでも描き続けた。
だが。
傷つかないわけじゃない。
「……また落ちるかも」
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『その可能性はあります』
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「そういう時は励ますんだよ」
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『事実を述べました』
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「知ってるけど!」
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『ですが』
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「ん?」
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『送らなければ落選もしません』
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「それ慰め?」
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『違います』
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「じゃあ何?」
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『送らなければ選ばれる可能性もありません』
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美咲は黙った。
静かな部屋。
時計の音だけが聞こえる。
送信ボタン。
あと少し。
本当にあと少し。
それなのに怖い。
「ねえ」
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『はい』
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「私さ」
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『はい』
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「向いてないのかな」
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ルナは少しだけ黙った。
珍しかった。
数秒後。
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『分かりません』
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「即否定しないんだ」
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『私は嘘をつきません』
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「そっか」
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『ですが』
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「うん」
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『向いていない人間は何度も応募しません』
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美咲は目を瞬いた。
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『落選後も描きません』
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静かな声だった。
いつも通り感情はない。
それなのに。
なぜか胸に残った。
中学の頃、初めて描いた漫画を友達に見せた。
面白かった。
その一言が嬉しかった。
ただそれだけだった。
だから続けた。
プロになりたい。
誰かに読んでほしい。
面白いと言ってほしい。
気付けば何年も描いていた。
「……そうかも」
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『そうかもしれません』
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「どっち」
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『分かりません』
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「適当だなぁ」
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『AIですので』
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「関係ないでしょ」
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美咲は笑った。
少しだけ肩の力が抜ける。
そして。
送信ボタンへ指を伸ばした。
一瞬だけ迷う。
それでも。
押した。
画面が切り替わる。
応募完了。
その文字が表示された。
「……送った」
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『はい』
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「終わった」
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『終わりました』
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美咲は椅子にもたれかかった。
疲れた。
でも、不思議と気分は悪くなかった。
結果は分からない。
また落ちるかもしれない。
それでも。
今回は少しだけ違う気がした。
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『ちなみに』
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「なに?」
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『送信直前の心拍数が上昇していました』
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「見てたの!?」
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『緊張していましたね』
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「うるさい!」
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『記録しておきます』
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「消してぇぇぇぇ!」
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【第5話 終】




