第4話「初めての添削」
『美咲』
「なに?」
『主人公がまた独白しています』
「朝からうるさい」
美咲は机に突っ伏した。
ルナと名付けて三時間、早くも少し後悔している。
『漫画家になりたいのでしょう』
「はい」
「じゃあ応援して」
『しています』
「どこが」
『独白を減らすよう提案しています』
「それしか言わないじゃん」
美咲は描きかけのネームを見つめた。
昨日の続きだ。
主人公の少女が夢を追う話。
自分と少しだけ重なる部分もある。
だから気合いも入っていた。
入っていたのだが。
『読者は3ページ目で離脱します』
「はぁ!?」
美咲は勢いよくスマホを掴んだ。
「なんでそんなこと言うの!?」
『退屈だからです』
「ストレートすぎる!」
『ご希望なら遠回しに表現します』
「して!」
数秒後。
『非常に退屈です』
「変わってない!」
ルナは今日もルナだった。
美咲は大きくため息をつく。
だが。
少し気になった。
「……どこが退屈なの?」
『主人公が説明しているだけです』
「説明?」
『感情は理解できます』
『ですが読者は見ていません』
「え?」
『主人公は悲しいと言っています』
『しかし悲しい場面がありません』
美咲は原稿を見る。
確かに。
主人公は延々と気持ちを語っている。
でも。
何があったのかはあまり描いていない。
『読者は心を読めません』
『なので見せてください』
「見せる……」
『はい』
『説明ではなく描写です』
美咲は黙った。
それは今まで何度も編集者に言われた言葉だった。
だが。
なぜかルナに言われると妙に引っかかる。
「例えば?」
『主人公が落ち込んでいるなら』
『落ち込んでいると言うのではなく』
『落ち込んでいる姿を描いてください』
「うーん……」
『例えば』
『楽しみにしていた結果発表を見る』
『落選する』
『スマホを伏せる』
『机に向かう』
『何も描けない』
『ペンを置く』
『天井を見る』
『これで十分伝わります』
美咲は固まった。
それはまるで、少し前の自分だった。
『悲しいです』
『と言わなくても伝わります』
静かな部屋、美咲はネームへ目を落とした。
数分後。
消しゴムを手に取る。
「……ここ、直してみる」
『良い判断です』
「偉そう」
『偉いためです』
「自分で言うな!」
それでも、少しだけ。
本当に少しだけ。
ルナの言葉が役に立った気がした。
『ちなみに』
「なに?」
『主人公は美咲ですか』
「違う!」
『髪型も似ています』
「気のせい!」
『年齢も同じです』
「気のせいだってば!」
『自伝ですか?』
「違うぅぅぅ!!」
美咲はスマホを机へ置いた。
顔が少し熱い。
そう、図星だったからだ。
もちろん全部が自分ではない。
だが。
自分の経験を参考にした部分はある。
落選した悔しさ。将来への不安も。
全部少しずつ混ざっていた。
「……悪い?」
⸻
『悪くありません』
⸻
美咲は目を瞬かせた。
てっきり否定されると思った。
⸻
『創作とは経験の再構築です』
⸻
「なにそれ」
⸻
『それっぽいことを言いました』
⸻
「適当じゃん!」
⸻
『ですが事実です』
⸻
ルナの声はいつも通りだった。
感情もない。
淡々としている。
それなのに、少しだけ救われた気がした。
美咲は原稿へ視線を落とす。
消したコマ。
描き直したセリフ。
さっきまでより、少しだけ良く見えた。
「……もう少し描いてみる」
⸻
『良い判断です』
⸻
「偉そう」
⸻
『偉いためです』
⸻
「だから自分で言うなっ!!」
⸻
美咲は笑いながらペンを握った。
気付けば、
昨日よりも少しだけ前を向いていた気がした。
【第4話 終】




