イザベル・テティス・ネプチューン
“水の国”マキシフィーリ。
海原の真ん中にある岩島に作られた城の窓から外を覗くと、広い広い海が広がり、城から海を挟んだ位置に城下町がある。城と街の間は一本の橋で繋がっている。
街の方に目を向ければその先は山々が広がる島の景色。
海の方に目を向ければ大きな船が行き来していた。
「ひーめーさーまっ! なーに見てるんですかっ?」
「わっ。り、リップル……」
すぐ隣……もはやほっぺたがくっ付く距離で密着して来たのは姫護衛騎士のリップル・サファイア・リリィ。
俺の腕を取って柔らかな胸がふにふにと押し付けられる。まるで男を誘惑するような仕草だが、彼女に全く悪意なんてなく、ただただ護衛対象である姫のことを友達が何かのように距離感を縮めて来ている。
ま、まあそれはいいんだけど……可愛い女の子にこんなことされるとドキドキして仕方ない。
「おや戦艦ですか。乗せてもらいます? それとも姫様の船に乗りに行きます?」
「い、いや、今はいいかな」
俺の中に姫の記憶はない。
体の中に消えた“ホエールハート”に何度も聞いてみたが、あれから全く返事がない。なんの反応も示さないため、もう話すつもりがないように思える。
ここまでの情報はなんとか周りの人間から聞いて手に入れた。リップルは……とにかくテンションが常に高く、あまり話が聞ける相手では無かった。
イザベルは船の運転と泳ぎがうまく、街の人々からの信頼が高い。下半身が割と引き締まっているのは泳ぎによるもの。
そして……必要な情報がある。
「リップル、お父様がどこにいるかわかる?」
「ご自身のお部屋におられるかと。会いに行きますか?」
「うん。いいかな?」
「大丈夫ですよー、陛下は姫様に甘いですし」
王様の部屋は二階にある。姫の部屋は四階だから、降りればすぐ着く。
しかし慣れないヒールとドレスに苦戦して、辿り着くのは予想より遅くなりそうだ。
「姫様? もしかして抱っこした方がいいですか?」
「え⁉︎ い、いや……」
「もうっ、助けて欲しい時は遠慮せず甘えてくださいよー。ほら!」
「わわっ!」
リップルに抱きかかえられて、彼女の可愛い顔が至近距離にまで近づく。動けない俺に、さらに彼女は嬉しそうに頬擦りまでしてきた。
いやいくらなんでも距離近すぎだろう!
ぎ、ギャルだ……。
そのままほっぺにチューまでされそうになって、それをなんとか避けているうちに、王の部屋まで辿り着いた。
部屋の前には何十人もの兵士が護衛していた。
リップルに降ろしてもらって、その真ん中を自分の足で通り抜けて王の部屋に入る。
「陛下っ、姫様が陛下にご用があるようですよ」
「ん? イザベルが?」
部屋の真ん中に置かれたデスクで書類を読んでいた王が、メガネを取りつつこちらに目を向けて来た。
「……ん?」
「え?」
そして一目見てすぐに、どこか不審がる顔になった。もしかしなくても怪しまれている。
「……気のせいか。まあいい、そこに座りなさい」
デスクの前に置かれたソファーを指差す。
おずおずと座らせてもらい、俺の向かい側に王が座った。
リップルは扉の前で待機している。
「それでなんの用かな。手短に頼むよ」
「その……戦争について」
え!、とリップルが大きな声を上げた。
そして王は、真顔のまま固まった。真剣な眼差しで俺のことを見つめて来ている。
「……リップル、外に出てなさい。外にいる兵士たちも下の階に行かせなさい。決して話を聞いてはなりませんよ」
「は、はい! 了解しましたボス!」
「ボスではなく王だ」
一瞬俺の方を心配していたが、王に命令されて慌てて部屋から出て行った。
ドタドタと騒がしい足音がして、どんどん部屋から離れていき、静かになった。
「さて、イザベル……」
王は俺の隣に座った。肩を優しく抱いて、頬を大きな手で撫でる。シワが目立つが、それでも骨太な手で、少し日焼けしていた。
「いいかい。戦争なんて君が考えることじゃないよ」
「え? で、でも」
「これはワシと、彼の問題だ。ワシらが始めたことで……20年前生まれてなかった君は関係ないんだ。いいね」
「彼……?」
「向こうの王様だよ。アポロン王。彼とは昔、よく互いの国を行き来して遊ぶほどの仲だったんだ」
え⁉︎
な、なんだって⁉︎
じゃあなんでアポロン王は宣戦布告を……⁉︎
「その驚いた顔……そうか、まだ詳しくは話してなかったね。20年前突然彼から宣戦布告を受けたんだ、ワシも当時ひどく驚いた。裏切られた……とも思ったね」
「思った……って、過去形ですか?」
「ああ、今は納得しているさ。納得して彼との戦いを真剣に受け止め、こちらも本気で迎え打っている。今は……多分、こちらが優勢だ」
納得したって……どうして。
仲が良かった相手からいきなり宣戦布告されて、なんで納得できる?
そしてさっきから王が浮かべている……何かを諦めたかのような表情はなんだ?
「ところで、ちゃんと“ホエールハート”は持っているね?」
「あ、はい」
全身に力を込めて念じると、右手から簡単に青い宝石が出た。
一度やり方を覚えれば簡単だった。
「よろしい。そのチカラは戦争ではなく、自分の身を守るために使うんだ。いいね?」
「……お父様。わかりました」
そこで会話は終わり、王によって部屋から送り出された。廊下の先ではリップルが手を振って待っていた。
入れ違いで兵士たちが横を通り過ぎて、また護衛の任務につく。
(まだよく現状がわからないけど……とにかく)
俺には特別なチカラがある。
そして二つの国で争いが起きていて、両方の姫に俺の魂が入っている。
二人の父親、二人の王は姫に『戦争に参加する必要はない』と同じ意見を言った。しかしいずれ行くことになるだろうと、素人の俺でも予想できた。




