レオナ・ヘスティア・アポロン
“火の国”アルクトスマ。
草原の真ん中にある巨大な城壁に囲まれた街、首都グラスマーズ。その王城の姫の部屋で目覚めた。
窓から外を覗くと、青い空の下、広大な草原があって、城の下に西洋風の建物が立ち並ぶ街並みが見下ろせる。石畳の道にレンガ造りの建物と三角屋根。
「異世界、か」
確かに俺の記憶にはない景色だった。
遠くの方から、連続した重い足音が聞こえる。城の外の草原で、鎧を着た人間を乗せた馬の大群が走っていた。
あれは知っている、騎馬だ。
一番先頭を走る騎馬兵士には、ライオンの絵が描かれた赤い旗が掲げられていた。城の中を見ればその旗がいつくもあるのがわかる。
「お隣失礼します」
「わっ。ふ、フラン……」
「すみません。おや、騎馬隊ですか」
すぐ横に姫護衛騎士のフラン・ルビー・アデニウムが立って、距離が近く思わず驚いてしまう。
「流石陛下のご息女ですね、参加します?」
「さ、参加?」
「姫様ならあの訓練に入れてもらえると思いますよ。前にも参加しましたでしょう?」
「え! あ、あはは、考えとく……」
姫の記憶は俺にはない。
体の中に消えた“ライオンハート”に何度も聞いてみたが、あれから全く返事がない。もう喋ることはないとまで思う。
だからここまでの情報は自力で手に入れた。なんとか怪しまれないように、フランからも情報を聞き出した。
レオナは乗馬と、兵隊を率いる訓練を小さい頃からやっている。今からでも草原を走る騎馬隊に入ることができるだろう。だが……俺はできる気がしないし、まだ情報を集めたい。
「フラン、お、お父様はどこに?」
「今日はよくご質問をされますね。私は楽しいのでいいですけど。陛下ならこの時間、訓練場で剣の鍛錬をしているはずです。鍛錬中は集中していますのでお話はできないですけど」
「見学に行ってもいいんだよね」
「ええ。陛下は姫様に甘いですし」
姫の部屋は城の四階にある。
赤い絨毯の上を慣れないヒールで慎重に歩く。
「どうかされましたか? そう言えば具合が悪いと……うーん、仕方ありません。ふふっ、姫様そこでお立ち止まりください」
「え?」
「よっと」
「わあっ⁉︎」
言われた通り立ち止まっていると抱きかかえられた。体が浮いて、着ていたドレスのスカートがふわりと舞い上がる。
「行きましょう」
「は、はい……」
抱き上げられたため、彼女の爽やかな笑顔がすぐそばに浮かぶ。守るように体を密着して、彼女の柔らかな体の感触もする。
緊張して声がうまく出せない。
そのまま訓練場まで運ばれた。周りには休憩中の兵士たちがいて、みられるのは恥ずかしかった。だが護衛騎士が護衛対象を抱っこして運んでいるところを突っ込むことは誰もして来なかった。
「あ、おられましたよ、姫様」
石造りの屋敷の真ん中で、剣を振る偉丈夫がいた。入り口には四人の護衛兵がいて、中にもその倍以上の兵士が警護についていた。
誰も真ん中で剣を振るう男に声はかけない、かけるわけがない。
偉丈夫は目の前に敵がいるかの如く、虚空に向かって殺意を持って振り続けていた。その気迫に誰もが息を飲んでいた。俺も……その姿に、見惚れていた。
「かっこいい」
普通の高校生だった俺に剣のあれこれはわからない。ただ多分……生物的に本能で、目の前で剣を振る男の姿を“俺のリーダーに相応しい”と感じた。これはカリスマってやつだろう、強い者を見ると群れの習性としてリーダーに相応しいと感じ取る。
「終わるまで待ちましょうか」
「う、うん」
フランと並んで部屋の隅で終わるのを待っていた。途中、兵士たちからもっと明るくて綺麗な場所に座らないかと言われたが、遠慮した。
しばらくして剣が止まった。
「……ふー……」
息を吐くと彼はこちらに振り向いた。
真っ直ぐ、俺の方を見た。
「レオナ、何か用事か? 見学する暇がある所を見ると急ぎのようではないようだが」
「き、気づいてらしたのですか」
「ん?」
「え?」
動きが止まった。俺のことをじっと見つめて、だんだん首を傾げた。
「お前……いや、気のせいか。それで用はなんだ?」
「聞きたいお話があるのです」
「ふぅん? まあいいだろう、話せ」
「………戦争について」
瞬間、周囲の人間の顔色が一斉に変わった。
兵士たちは驚いたり、焦ったり、放心している。
姫護衛騎士のフランは小さく俺の名前をこぼした。
そして王は、レオナの父は……目を見開いた後、口元に手を当てて考える素振りを見せた。その仕草は予想外だった。
とにかく俺は話を続ける。
「お父様が始めたのですよね、20年前に“水の国”に向けて宣戦布告を……」
「そうだな、お前が生まれる前から続いている。つまりお前は戦争のない世界を知らない」
「え? あ、は、はい……」
「ただなぜ今更それを聞く? 何か考えの転機がなければ不自然だ」
「えっ、えっと……」
「陛下ッ!」
まさか怪しまれているのか。
けど王がその先を言う前に、フランが俺と王の間に入って庇ってくれた。
「姫はずっと悩んでおられたのです! そのため、今朝も具合が悪く……今、耐えきれずに……!」
「具合が悪く? まさか、そこまで悩んでいたのか」
王はフランの体を横にどかすと、俺の前に立つ。慌てて庇おうとするフランを睨んで制止し、そして俺の肩に手を置いた。
大きな、大きな手だった。
「全員、ここから出ろ。話は決して聞くでない、もし聞いていたと発覚した場合重い処罰に処す」
「は、はいぃ!」
兵士たちは慌てて飛び出し、フランも兵士たちに引き摺られて屋敷から出された。俺と王の二人だけになる。
「レオナ」
(……優しい、声だ)
勇ましい風貌の彼の口から出たとは思えないほど、柔らかな声色だった。
「レオナ、“ライオンハート”は持っているな?」
「は、はい。でも体の中に入ったまま出て来なくて……」
「具合が悪かったのだろう? ちゃんと全身に力を込めて、念じれば出るはずだ。見れば元気そうだし今なら出来るはずだ」
全身に力を込めて、念じる?
どうすればいいかわからなかったが、とりあえず目を瞑って全身の筋肉に神経を巡らせる。そして頭の中でライオンハートの存在を強く想う。
すると自然と右手が動いて、手のひらが開く。そこから赤い宝石が出て来た。
「うむ、健やかで何より。話を続けるぞ」
「は、はい」
「いいか? さっきも言った通り、お前が生まれるよりもずっと前から戦争は始まっていた。俺が始めたんだ。そして俺は勝ち目のない戦争はしない」
王はライオンハートを見つめている。
「この宝石はお前だけが持てる。そしてこの宝石にはチカラがある。炎の魔法が使える。確かにそれは強力で、おそらく戦争の流れを一瞬で一気に変えてしまえるほどの“兵器”だ」
「兵器……」
「だがな、レオナ」
また優しい声。
頭を撫でられる。
「その強力な兵器なんてなくっても、俺は勝てると思ったから20年前に宣戦布告した。お前がまだ生まれてなくて、ライオンハートなんて無かった時からだ。だからお前は戦争に行く必要はない」
「……私が戦争に」
「行かなくていい。この城でのんびり暮らせばいいさ」
屈託のない笑顔。
とにかく王は俺に、レオナに対して優しかった。
「陛下! 陛下! ご報告が!!」
「入れ」
道場の扉が叩かれて、王が答えると兵士が入って来た。そして耳打ちを聞くと、すぐに王は兵士と共に出て行った。
出ていく直前に俺の頭を優しく撫でて。
フランが入れ替わりで入ってくる。
俺は先ほどの王の言葉に『そんなわけない』と考えていた。
(相手にだって、レオナと同じチカラを持ってる“姫”がいるんだから……俺が戦争に行かなくていいなんて、そんなわけがない)
……ただ、一つだけ気になるな。
なぜ20年前ライオンハートも何もない時に、王は“水の国”に勝てると考えたのか?




