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風隼志緒

 高校二年生風隼(かぜはや)志緒(しお)。あだ名はしおかぜ。普通の家庭で生まれ、普通の暮らしを送り、普通に大人になっていくんだろうと思っていた。

 しかし、ある日目が覚めると俺は広々とした豪華な装飾が目立つ部屋の、天蓋付きベッドで目を覚ました。

 ここはどこだ、と疑問に思う前にネグリシュの胸元から覗く胸の谷間から、光り輝いて飛び出して来た宝玉が喋り出したのだ。


「「なにが……」」


 二人分の声を同時に聞いた。

 周りを見れば景色が二つ分見える。赤色を基調とした部屋とベッドが見えるのと同時に、青色を基調とした部屋とベッドが見える。


「「あなたは転生しました。異世界の姫の肉体に魂を宿して……」」


 宝玉が説明した。

 無機質な声色で、淡々と。こちらが状況を整理する時間なんてくれず、ただただ自分達が言いたいことを全部ぶちまけて来た。


「私はライオンハート」


「私はホエールハート」


「「そしてあなたは私たちが選んだ姫です。しかし元々の肉体の持ち主である彼女達は、争い合う国同士のハザマに立たされて、苦悩し続けた結果、安寧を願った……よって彼女達の魂は別の世界に送られ、主人を必要とした我々はあなたの魂を姫の体に宿した」」


 なぜ、俺なのか?

 普通の高校生でしかない俺が?

 疑問を投げかけると宝玉はすぐに答えた。


「「あなたが普通であるから」」


 ただその答えは納得し切れないものだった。

 だったら俺以外でも良かったって事じゃないか。

 自分の体に目を落とす。胸が膨らんでいて、真っ白な胸元が見える。それも赤いネグリシュに包まれた体と、青いネグリシュに包まれた体の二つ。

 体のあちこちを触って、動かして確かめてみると体が同時に動いてしまう。

 二つの体を同時に動かすのは至難の業に思えた。普通の生活すら出来ない。


「「ならば我々が補助いたします」」


 宝玉が俺の体の中に入って来ると、二つの体が俺の思い通りに動かせるようになった。

 不思議な感覚だった。

 さっきまで二つの五感を感じて、ベッドから降りることさえ困難だったのに、宝玉が体に入ったことで別々に動かせる上に、スムーズな動きが可能となった。

 それでも見える景色、聞こえる音、感じる感覚は二つ分。それだけでもかなりキツそうだが、しかし体の可動の問題は解消された。


「ここは、一体……」


 赤いネグリシュを着た方の体を動かす。

 骨盤が広いから自然と歩き方が内股になる。さらに腕や腰、脚が男の時と比べて細く、頼りない。歩くたびにいつか転けそうな不安があった。

 慎重に歩いて部屋の中にドレッサーを見つけ、鏡に自分の顔を映した。


「かわいい……」


 一目見た瞬間思わず、ほう、とため息を吐いてしまった。

 高二の俺より歳下に見える。

 サラサラと流れる金色の髪に、パッチリとした大きな目の中には真紅の瞳が輝き、完璧に整った顔立ちから下に視線を移すと、やはり細くて小さな体つきが続いていた。

 胸は大きく、ハリがあった。

 そこから緩やかにくびれた腰と、ふっくらと丸いお尻。そしてうっとりするほどの脚線美。

 本当に、女の子になっていた。肌ツヤがとてもよく髪も健康的なため、さきほど宝玉が言っていた姫というのもあながち間違いではなさそうだった。まあ今いる部屋の雰囲気からして、そうなんだろうとは思ってたけど。


「次はこっち」


 青いネグリシュを着た体の方を動かして、そちらも部屋の中に置かれたドレッサーの方に歩いていく。


「この子も可愛い……」


 再び、ほう、とため息が出そうになる。

 負けず劣らずの美形で、落ち着いた雰囲気の黒い髪と透き通った青い瞳、体つきも全て完璧なのは変わらないように思えたが……少しこちらは胸が小さめに見えた。

 とはいえ比較したら小さいというだけで十分大きい部類。

 逆に腰回りは尻の引き締まり具合は黒髪の子の方がいい。


「「鏡の中に、相手の顔が見える……」」


 赤い瞳に映る黒髪の女の子。

 青い瞳に映る金髪の女の子。

 鏡を通すと自分自身の顔だけでなく、もう一人の女の子の顔を見ることも出来た。


「「な、なあ……もう一度聞くけど、どうして俺を?」」


 宝石が沈み込んでいった自身の胸元に向かって問いかける。しかしなんの返事も返って来ることはなかった。

 身体の中にいるあいだは会話ができないのか?それとも、もう向こうが話すことがないとダンマリを決め込んでいるのか?

 どうにかこっちから取り出せないかと考えた。しかし伸ばしかけた手をすんでのところで止める。危うく自分の胸元をまさぐる所だった。


「「む、胸ってこんなに存在感あるんだ……」」


 動くと揺れる。

 体に付いているから揺れる感覚を鮮明に味わう。

 女の子って、こんな感覚を毎日味わっていたのか。


「失礼します」


「ひゃあ!」


 突然、部屋の扉がノックされた。扉の向こうから女性の声も聞こえる。

 驚いて変な声が出てしまった。

 扉がノックされたのは……赤いネグリシュを着ている身体の方だ。咄嗟のことでどうすればいいか分からず、どうぞ、と答えた。

 扉を開けて入って来たのは今の俺と少し背が高いくらいの、赤髪の女の子。若いのに、お辞儀してから上げた顔には鋭い視線と、眉間に硬そうなシワを持っていた。


「姫様、おはようございます」


「あ、えっと……」


 うやうやしく頭を下げられて姫様と呼ばれた。なんだかむず痒い。

 こんな綺麗な女の子からそんな風に言われるとは思わず、戸惑ってしまう。


「どうかされましたか? 何か、ご気分のほどが優れないとか……」


 真っ白なズボンを履いた長い足を動かして、心配した顔でこちらに近づいて来る。

 綺麗な顔と瞳が至近距離まで近づいて来て、ぐいっ、と覗き込まれる。ふわっと彼女からいい匂いがした。


「な、なんでもありません」


「そうですか? 失礼します」


「わ、わ、わ」


 おでこに手を当てられる。手袋に包まれたしなやかな指が俺の前髪を優しくすいて、女の子の掌が密着する。手袋越しから感じる彼女の体温と、至近距離に近づかれていることに心臓が破裂しそうだった。


「ん? なんだか、顔が赤いですね。やはり具合が……少しお休みになられた方がよろしいかと」


「だ、大丈夫だから」


「本当ですか? もし何かありましたらすぐにお申し付けください」


「あ、ありがとう」


「ふふっ。はい」


 お礼を言うと嬉しそうに笑った。最初歳に比べて険しい顔だなと思ってたけど、笑うととても可愛らしい。

 ずっと見ていたいと思っていると、青いネグリシュの方も扉がノックされた。


「失礼しまーすっ! っと、まだお休みでしたか?」


「だ、大丈夫ですっ。どうぞお入りください」


 扉の向こうから元気な女の子の声が聞こえる。そして入って来たのは、青い髪が素敵な女の子。

 入ってすぐに丁寧なお辞儀をしたのち、キャピキャピとした仕草で近づいて来ると、いきなり顔を近づけて来た。


「姫様ー? なんだか様子が変ですよ?」


「そ、そうですか?」


「どこがって聞かれると説明しにくいですが、私の直感がそう言ってます」


「気のせいですよ」


「そうでしょうかー?」


 まるでギャルのような子だった。

 顔立ちは幼くて何もしなくても可愛らしいから、心臓に悪い。

 体は女の子になっているが、心は男のまま。可愛い女の子には弱い。


「では姫様、お着替えの方をお手伝いいたします」


「じゃあ姫様っ! お着替えしましょ!」


「「えっ!」」


 双方同時に着替えを提案された。

 自分の体を見下ろすと、柔かそうな双丘が存在感を持って、ネグリシュの胸元を押し上げている。さっきから谷間を見ないようにしていたが、ガッツリ目に入って来てしまった。


「「あ、あの、やっぱり体調悪いから寝ててもいいかな」」


 まだ何も心の整理ができていないので、回避したかった。


「やはりそうでしたか。無理はなさらないでくださいね」


「やっぱりー! もう〜、大事なお体を最優先に考えてくださいよ」


「「ご、ごめんなさい」」


 二人の女の子に謝って一旦部屋から出て行ってもらった。

 そして窓際にあったテーブルと椅子に腰掛ける。ふう、と一息ついてから窓から外を眺めた。


 赤い方は、広い広い草原が広がっていた。

 青い方は、広い広い海原が広がっていた。

 全く違う景色。匂いも、音も、風も、何もかも違った。


「「もう一つの体は、一体どこに……?」」


 二つの体はどれだけ離れているのだろうか。

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