姫と懐刀
「ねぇ、聞いてもいい、かな」
「………」
翌朝、いつも寝ていたはずのベッドに違和感を覚えながら起き上がり、昨日と変わらずお世話をしてくれるフランに話しかけた。
おずおずと昨日リップルには断られた話を、フランにも試してみることにした。どこかフランの表情が昨日より朗らかだったから。
「あなたとレオナ姫の出会いが、どうだったのか」
「そんなことを聞いてどうするのですか?」
フランは冷たい。しかし拒絶はしてこない。これはいけると感じた。
「知りたいの、こっちの姫のこと。色々と」
「姫様にとって不利になるような情報を私が吐くとでも?」
「あら、私はあなたとあの子の関係を聞いたんだけど、それがどうして不利になるの? もしかしてあなたがあの子の重要な弱点ってこと? ———恋仲とか?」
「こっふぃにゃか⁉︎」
切り口を探して言ってみたら効果は抜群。変な声を上げて激しく動揺している。顔も真っ赤だ。
「違うの?」
「ち、ち、ち、違いますよ! わ、わわ、私なんかが姫様の、こ、ここ、恋仲などになれるはずが……み、身分違いですよ」
「なりたいとは思ってる?」
「へぇひゃっ⁉︎ な、な、なれるわけ……な、ないと今申したはずですすすが」
「なりたいか、なりたくないか。どっち?」
「あ、う……」
ガクガクと膝を震わせて後退りしている。知らなかった、いつも一緒にいたフランにこんな弱点があったなんて。まあ俺も彼女からの矢印には薄々勘付いていた。
姫を守る騎士だとしても、どうも彼女から向けられるレオナへの視線は“それだけじゃない”、と。
「な、なりたいです」
「みんなー! 聞いてー! フランさんがさー!」
「のわー⁉︎ なにしてらっしゃる⁉︎」
部屋から出て廊下にいる兵士たちに伝えようとすると慌てて止められた。開けていた扉を閉められ、ベッドまで引きずられて戻される。
「な、なんてことをしてらっしゃろうとしてらっしゃろうとしてらっしゃったのですか⁉︎⁉︎」
「えー、みんなに言ったほうが面白いかなって。あー、いったーい、今引っ張られて腕のところアザができちゃったかもー。これは国際問題だね」
「脅さないでください⁉︎ よ、要求はなんですか⁉︎」
「二回目。あなたとレオナ姫の出会いを聞かせて?」
観念したフランが苦い顔をして歯噛みしながら、ベッドのそばに椅子を持って来て座った。
「お、面白くはないですよ?」
「人の恋バナは面白いでしょー」
「恋の話じゃないですから!」
こほん、と可愛らしく咳払いして彼女は語り出す。
「ま、まず初めに出会ったのは私がまだ騎士学校に入学したての頃でした。あの頃は家族に美味しいご飯を食べさせて、いい暮らしをしてもらうため、騎士になって稼ごうと考えてました。昔から同年代の子や、ちょっと年上の人でも、私に剣で勝てる人がいなかったのも、騎士になろうと思った理由の一つです」
「レオナ姫とはどこで出会ったの?」
「彼女がお父上であるアポロン陛下と共に騎士学校に見学に来られた時です。三年前くらいです、陛下は姫を守るための騎士を探しておられました」
そこまで話して、だんだん口をもごもごし始めた。話の続きを催促すると、やっと話し始めた。
「そ、その……初めて姫様のお姿を見た時、私は、なんて可愛らしい方なんだと……その日の夜から夢に毎日出てくるようになったりして……ま、街の占い師さんに聞いてみると、それは」
「やっぱり恋バナじゃん」
「こ、恋じゃありません! 忠誠心の芽生えです!」
「でも占い師からは一目惚れって言われたんでしょ?」
「なぜそれを⁉︎ まさか“キングセンス”による直感ですか⁉︎ お、恐ろしい……やはり“水の国”の姫君にも同じ才能が……」
「どうしてあなたは忠誠心の芽生えだって言い張るの?」
「そ、そりゃあ……姫様に会うまでの私は剣の腕に自信がありましたが、学校に入ってみると周りにはエリート級の凄腕剣士がたくさんいて、同い年なのに勝てない相手がざっと数えて30人以上いました。でも姫様と出会ってからはその強い相手ともまともに戦えるようになって———これはきっと騎士として守りたい人を見つけたから心が強くなったのだと、確信したからです」
現代日本に住んでいた俺にそこら辺の感覚はわからないけど、騎士としての本懐というか、職業柄の性質としてそう言うものがあるのだろうか。
「でも今の話じゃ会ったって言うより、一方的に姿を見たって感じに聞こえるけど」
「いえ、お話しさせていただきましたよ。陛下が学校の騎士一人一人をよく見て、その中で目をつけた相手だと何人か集められ、その中の一人として私も選ばれましたから。姫様ともお話しさせていただいて、その可愛らしいお声と、陛下によく似た真っ直ぐな強さと優しいお心を感じて……」
「惚れ込んだんだ」
「はい! あの後見た夢の中でも、何度もあの可愛いお声と優しいお言葉でお褒めいただき……って違いますから!」
「それでキミは姫と王様に選ばれたんだ? 姫護衛騎士に」
「いえ、初めてお会いした時よりしばらく経ってからでしたね。それまで姫様がよく学校に遊びに来られて、私の方から何度も遊びのお誘いをして、一度も断られたことがないのが自慢の一つだったりして……えへへ」
もう隠す気なんてないんじゃないかと思うくらい顔が緩んでいた。
本当に好きだったんだな、レオナのこと。
「それでいつ任命されたの?」
「二年前です。初めて会ってから一年後くらいでして、姫様直々に私をお選びいただきました。ただ理由を聞いても、教えてはくださいませんでした。陛下は知っていたようですが」
「なんで選ばれたのか知らないまま二年間仕えてたの?」
「はい。疑問に思いはしましたが、それでも姫様とずっと一緒にいられるのがとても幸せだったので!」
「それでも———」
俺は少し核心に迫る。答えてくれるか不安だったが、聞かなければ一生答えてもらえないんだ。
「———幸せなだけじゃないんでしょ? だってレオナ姫はきっと、思い悩んでいたはず。私のように」
「!」
息を呑む音。
さっきまで幸せそうに話していた彼女の顔が強張る。
「私だってあの子と同じ境遇。私にわかるわけないなんて言わないでよ?」
「いえ……」
俯いてしまった。
失敗したかも知れない。フランに悪いと思う。それでも、聞くべきなんだ。俺は彼女の頬に両手を添えて無理やり顔を上げさせる。
「フラン、教えて」
「———姫、様……?」
「あなたからレオナはどう見えてたの?」
「…………」
しばらくボーッとしていたが、ハッと気づくとフランは俺の手を離させてから、ゆっくりと話し始める。
「強い人です。本当に、誰よりも、私なんか到底及ばないほどとても強い人。どれだけ自分の持つチカラの責任に押しつぶされそうになろうとも、戦争のことで傷つき倒れて行く民達の安否を思って涙をこぼしても、最後には花開くような笑顔でした」
「……すごいのね」
「はい。でも、それが壊れてしまったと感じたのは……家族の誰かが自分のことを殺そうとしているかも知れないと、知った時からです」
「え……?」
一瞬、頭の中がこんがらがった。今の俺はイザベルの体を動かして、フランに対してレオナのことを聞いている。
そしてレオナの家族とは“火の国”の王族たち。
だがネプチューン王の話ではイザベルを殺そうとしていたのは第三夫人だと言っていた。あれはレオナの話ではない。
なのになぜ今ここでレオナの話で、家族からの暗殺の話が出てくる?
「レオナ姫が暗殺……?」
「あ! すみません、今のは聞かなかったことにしてください」
国の内情を思わずバラしてしまったために、フランは一気に口を閉ざそうとしてしまっている。慌てて彼女の肩を掴んで止める。
「待って。私も、そうなの」
「え?」
「私も家族から暗殺されそうになった。同じなのよ」
「イザベル姫も……⁉︎ そんな……!」
「どうか教えてほしい。それを知ったレオナ姫の様子を」
今度はフランも言うか言わないか、これまで以上に悩んでいた。目が左右に泳いで、唇を震わせていた。
「お願い。レオナ姫の様子だけで、いいの。それ以上の詳しいことは聞かないから」
「……どうして知りたいのですか?」
「———同じ境遇の子のことを知りたい! 私はずっと城の中に閉じこもって、世界を知らなすぎた! だからずっと悩み続けて、破裂しそうになってたと考えたから、戦争に出たの!」
「———! まさか、それって……レオナ姫も同じ、考えで……戦争に?」
その通りだ。
なぜなら中身は同じ俺なのだから、同じ考えなのは当然。だがここではこう言う。
「わからない。だから、聞きたい」
「………わかりました」
△▼△▼△▼△▼
一方でレオナの方でもリップルに話を聞いていた。最初聞いた時は断られたが、一日経つと彼女の気持ちも緩和されたのか、話してくれた。
「私が姫様と出会ったのは五年前の貴族達のパーティ会場でした。こう見えて私も貴族の生まれでして、ドレスを着て、綺麗なテーブルクロスが敷かれた円卓を囲んで、オホホホと同い年の貴族の子供達と笑い合っていました」
「それで、そのパーティにイザベル姫が現れたの?」
「はい。本当、あの日見た姫様のお美しさは今でも忘れられません。美しく、可憐で、細くて小さいのに、しっかりとした芯を感じるほど、目の中にチカラを感じました。そこで私は一目惚れしちゃったんです」
ハッキリと言われた。
フランとは全然違う。流石はギャル。
「え……き、騎士だから守りたい人を見つけて気が惹かれたってわけじゃないんだ」
「その時は全然騎士でもなんでもなかったですから、そんなわけありませんよ。それに自分の気持ちを嘘で誤魔化したら、その分みんなに人気な姫様が誰かに取られちゃいます」
「そ、そんな取られるとか……」
「姫様はウチの民達に大人気なんですよー? 焦りますって」
「そうなんだ……あはは。でも五年前まで騎士じゃなかったのに、今では姫の護衛騎士? すごいね」
「最初はお父様に頼んで姫様と結婚できないか頼んだんです」
あっけらかんと言う……!
ぎゃ、ギャルってここまで馬鹿正直なのか⁉︎
「でもできないって言われちゃって。だったら姫様に一番近いところにいたいって思いながら、それから二年が経ちました。その二年間ずーっと姫様の後ろをつけて回ってたんですけど……」
ストーカー⁉︎
王族にそんなことしたらヤバいだろ⁉︎
「婚約狙いの姫様に言い寄って来る不届者どもを陰ながらバッタバッタと薙ぎ倒して行くうちに実力がついちゃって。中には有名な武術指南の道場の息子とかいて負けてしまうことも多々ありましたが……諦めずに姫様を守るうちに『これだ!』と気づきました」
「な、なにに気づかれたのですか」
「姫様を守る騎士になる、と。そしてちょうどその頃、王様が姫様を守るための騎士を探し始めたんです。あれは運命でしたね。こうして姫様の騎士になれているのも含めて!」
す、凄まじい経歴だなこの人。もうなんか距離を感じる。
圧倒されかけたがこの子にも聞きたいことがあるんだ。
「リップル、聞かせてほしいんだけど。イザベル姫はどこか悩んだ様子はなかった? 特に最近」
「ええ、ありますよ。聞きたいのですか?」
「うん。同じ境遇の人間として、知りたいと思う」
「……あの、レオナ姫」
「ん?」
改める感じでリップルがおずおずと聞いて来た。
「私、今朝姫の寝顔を見たんです。すると表情も、寝相も、どこか姫様に似てると感じたのです」
ギクッ!
寝ている時は無意識だから寝方とか同じ中身であるイザベルと似るのは当然っちゃ当然だったか。その辺を全然警戒していなかった。
「だから私もここまで話そうと思いました。そして姫様とよく似てるあなたなら、私にはわからない何かに気づくかも知れない。これはあなたに気を許したから話すのではありません。私の主は、この世界でたった一人ですから」
「……わかってる」
その一人は姿形は違えど目の前にいる人物であること。否それよりも、本来の“イザベル”自身は、もうどこにも……。
彼女にその真実を打ち明けるのは酷だ。
イザベルやレオナに対して不満が募る。なぜこんないい子達を残して、宝玉に案内の世界を望んだ?なぜ俺に肩代わりさせてきた?
「教えてほしい。あなたの見て来たイザベル姫のことを」
「わかりました」
△▼△▼△▼△▼
その後、彼女らに聞いた話は両方とも同じだった。
レオナも、イザベルも、どちらも直近で深く落ち込んでいたと。それは家族から命を狙われているからと言うのが一番の理由だろうと彼女達は言った。
宝玉に選ばれた責任。
戦争の悲しさと、自分に向けられる期待の重さ。
それらから逃げるように部屋に閉じこもっていた現状。
そしてその憂鬱な気持ちに耐えきれなくなり———宝玉に願ったのだ。自分の人生に無理やり終止符を打った。
(やっぱり、決着をつけなければならない)
俺がもし片方の体だけに乗り移っていたらこんなことはできなかった。もっと別の方法を考えただろう。だが二つの体を動かしている利点を踏まえたら、俺だけの道が見えた。
レオナとしての、イザベルとしての、自分を取り戻す道。
それは———王をぶんなぐる。
俺の生きる道に蓋をして来ているのはあの二人だ。
俺は風隼志緒。
鳥籠から抜け出して飛び立ちたいと願うなら、飼い主から脱却しなければならない。




