0 o'clock Cinderella
「う、ん……、ここは……?」
花とワインの香りが混じり合った匂いがする。
自分は椅子に座っていて頭が項垂れている体勢。目を開けて最初に見たのは、レース編みの青いブラジャーに包まれた自分の胸だった。
真っ白な肌と膨らんだ胸部が目の前にアップで広がる。
「わ、わわ、わ!」
驚いて仰け反ってしまい、椅子が倒れそうになる。
「おっと」
倒れかけた所を前から伸びて来た腕が止めた。
今の声は……!
俺の目の前にいる人物を見ればそれは———ルージュだった。“火の国”の第一王女でありレオナの姉。
レオナに向ける彼女の表情はいつも、心配していた。それは愛する妹に向けるものだった。だがしかし今は———
「気をつけなさい。床に倒れて頭打って死なれたら、あっちに行ったレオナが殺されてしまうでしょうが」
咎める口調、突き刺さる“敵意”混じりの視線。椅子の背を掴んだ腕も乱暴な所作であり、それは、レオナに向けるものではなかった。
これは、敵国の姫に向ける顔。
「まず初めに、ここは私の家の空き部屋。あなたをここに運ぶよう指示したのはお父様……あなたにとっては、アポロン王と言った方がいいかしら」
(イザベルはあの後、フランによってここに連れて来られたのか。でもどうしてルージュの元に……?)
自然と俺は起きてすぐに目にした自身の下着姿に目を落とす。意識がそっちに集中していた。
「服は全部燃やして、煤になったそれを兵士に山奥まで行って埋めてもらった。これであなたは“ホエールハート”のチカラを使ってここを抜け出しても、素っ裸のまま外に出ることになる。この部屋にある服は私の着ているこれだけ……つまりあなたが逃げるためには、私の服をまず盗む必要がある」
(魔法を警戒して、服を脱がしたってわけか。手も足も縛られていないし……拘束だけ無駄って考えているのか。魔法の脅威を知っているから、抜け出されない対策ではなく、抜け出された後の対策を講じた、と)
そしてルージュの元に送られた理由は下着姿にするから、女性の部屋が適していて、なおかつ信頼ができる人物の場所だからか。
……まあ、妥当な対応だ。
しかしレオナとして受け取っていた兄弟姉妹からの温かみが、今では冷たい。当然だと言えば当然だが。
「部屋の前にはお兄様や弟、妹たちがいる。ここに入れるのは妹たちだけだけど、会話はみんな聞いているものと考えて」
「あの……アポロン王はどこに」
「さっきまでいたんだけどね。なかなか起きないあなたを私に託して、お父様は姫を捕縛したって大チャンスと、姫が敵国に捕まったって大ピンチに対応するため国の者たちを集めて会議してる。それ以外にも色々手を打ってる最中、忙しいのよ」
「そう、ですか」
「それとあの子があなたをここに連れて来た、こっちの姫の護衛騎士」
ルージュが指を差すと、扉が開きフランが部屋に入って来た。
いつもの凛々しい表情は消えて、暗く、顔が斜め下を向いていた。
「今はレオナの安否を心配して思い詰めてる最中」
(……ごめん、フラン)
心の中で彼女に謝る。
「で」
ルージュにアゴを掴まれて顔を引き寄せられる。
「あなたはしばらくここに軟禁。魔法を使われればこっちも敵わないから、傷つけはしないけど、それなりの処置はさせてもらうわ」
いつのまにか片手にポットを持っていた。そしてそれを直接自分の口の中に注ぎ入れ、ぐいっ、とさらに顔が寄せられる。
そのまま口付けされ、キスで唇をこじ開けられ、舌で歯もこじ開けられて、彼女の口からさっき含んだ液体が注ぎ込まれる。
ごくっ、と液体を飲んでしまう。甘かった。瞬間喉がカッと熱くなり、頭がくらくらして、全身から汗が吹き出す。
あ、熱い……!
「ごくっ。ふ……これは、いわゆる媚薬ってやつよ」
口の中に残った液体を飲み込んで、頬を赤くするルージュが説明した。
「体が自由に動かないでしょ? 火照って熱くて、汗をかいて疲労し、宝玉を出すため念じることもできない」
おもむろに胸が揉まれる。すると体がさらに熱くなって来た。
こ、これ……まず、い……。
舌が出て、息が荒い。涎が胸元に垂れていくのも気にできないほど意識が朦朧として来た。
「あなたを傷つけるとレオナが傷つけられる……本当は、殴り倒したい所なんだけどね!」
トドメと言わんばかりに再びキスされて液体を注ぎ込まれる。
明らかな悪意を感じる。
やはりここはイザベルにとってアウェーだ。味方は一人もいない。だが俺はここで、切り開く。
逆転の一手を。
「…………」
朦朧として、意識が閉じかける。
そんな視界の中で、俺はフランの物憂げな表情を見た。頭の中に刻み込まれる。




