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花一匁の港町

 両国が血眼になって奪い合う港町『クリュティエ』。

 間に挟まっている中立国を避けて戦線を広げるなら、この港町が鍵となる。火の国がここを抑えられれば島国への足がかりとなるし、水の国がここを抑えられれば大陸からの攻撃を防ぐことができる。

 20年続く戦争の最重要地が、この港町である。


「よく来られました、姫様。しかし我々にあなたを守るだけの力はありませんよ」


 市長の自宅に招待されて、開口一番のセリフに(イザベル)とリップルは顔を見合わせる。

 まだ若そうなのに抜け毛が目立つ頭と、やつれた目元をした女性は……薄ら笑いを浮かべてケタケタと笑う。


「知っての通りここの街は国名が幾度となく変わり続けました。ふふ、父や祖父が不審な死を遂げたこともありますよ、ふふ。そういう時に限ってこの町の国名が入れ替わりましたねぇ……ふふふ、私が死ぬのはいつでしょう」


 目は笑っていなかった。

 自室の窓から草原と海原の境目に広がる街並みを眺めている。

 姫の部屋から見る窓の景色とは違う。風の香りもどこか血の香りがした。


「それとも、あなたが私の命の送り人かしら」


「ち、違います……その、申し訳ありません」


 謝っても何にもならないとわかっていた。

 現に頭を上げるとそこにあったのは、能面の如き無感情な顔。ただし相手が貴賓だからか笑顔を貼り付けたまま。

 それでも俺は謝るべきだと感じたから謝った。後悔は全くない。


「……それで、まだ続くのでしょう? 私の故郷を奪い合う花一匁は」


「……はい。私が続けさせる要因となるでしょう」


 姫様、と小声でリップルから心配される。

 それをあえて無視して、真っ向から市長の目を見つめ返す。


「嫌いになってください、私のこと。それでも私は進むと決めたのです。私の人生を取り戻すために、14年間戦争と宝玉によって奪われた人生を!」


「……気軽なもんね。チカラがあるからかしら。好きな時に部屋に引きこもって、好きな時に遊びに出て、好きな時に人を殺しに戦争へ出かける……嫌い以上に怖さを感じるけど」


「そんな言い草はあんまりです! 姫様の苦しみも知らずに!」


 詰め寄ろうとしたリップルを止める。


「リップル。苦しんでるのはみんな一緒、私だけが特別じゃない。さっきの彼女の話、聞いたでしょ?」


「しかし!」


「……ふ、さてでは、えーと、とりあえず紅茶をお出しましょうか?」


「いいえ、私たちは先に進みます。それでも———」


「?」


「あなたに会えて良かったです」


 市長の家を後にして港町の中央通りを堂々を歩き進む。


「…………」


 情けないことにやっと見えてきた。もっと早く知るべきだったのに。

 戦争の恐ろしさと、凄惨さと、虚無が。

 町の隙間、建物の物陰や路地裏にボロボロな服を着て物乞いをする者達が沢山いた。戦火に巻き込まれてしまった人たちだ。

 中には五体満足ではない欠損した体を抱えながら、傍で子供達をあやして、涙を流しながら金を乞う者もいた。一人や二人ではない。

 中には倒れたまま動かず、ハエがたかっているのに誰にも目をかけられない景色もあった。

 ……アポロン王と、ネプチューン王。

 姫として、娘として接してから彼らの優しさや強さを知ることができた。しかしもしこの町の一人として生きていたら、恐らく憎むべき悪鬼羅刹の魔王として見ていただろう。

 環境が違えばここまで視点が変わるのか。

 ここまで戦争とは……人を変えてしまうのか。

 父や兄弟達が姫を戦争に行かせたがらなかった理由をようやく、現実味を帯びて思い知った。


(……ごめん、本当に、ごめんなさい)


 チカラがあるのに。

 もしかしたら、元の俺の知識を使えば救えるかもしれないのに。

 それでも俺は、何もできないと諦めてしまっていた。俺のやりたいことを優先してしまっている。謝っているのは完全なる偽善。

 この町の人間の誰に殴られても文句が言えない。


「……行こう。馬車で拠点に向かうんだよね」


「…………はい。姫様……この先で防衛隊の隊長さんが待ってますよっ!」


 街の出口まで来た。

 俺の心中を察したようで、リップルも暗い。それでもなんとか元気に振る舞おうとしてくれている。


 ———そして、向かった防衛拠点で、(イザベル)(レオナ)と対面する———

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