重畳する火と水
愛船“オアシス”と話すためにリップルと訪れた浜辺に、再び水着姿になって立ち入る。全身にチカラを巡らせる感覚と、念じる意識をどんな状況でも持てるようにするための特訓。
目隠しして精神を集中させる。
波と音が聞こえ、リップルの気配をすぐ近くに感じる。
「ひゃっふ⁉︎」
もろだしの脇腹をくすぐられる。リップルの細い指が肌を撫で、ゾワゾワッとした感覚が全身を駆け巡る。
見えない状態から他人にくすぐられる、わかっていても驚いてしまう状況。
震える体を押さえ込むように気合を入れて“ホエールハート”を出そうと念じる。だが出て来ずに、リップルのくすぐりが続く。
「うっ、ひっ! ひゃはっ!」
「ひ、姫様」
「こ、声出したら意味ないでしょ……! ど、どんな状況でも宝玉を出せるようにするための、とっくん、なんだ、から……あひゃひゃっ!」
「うう、なんだか変な扉が開きそうです」
不穏なことを口走るリップル。構わず特訓を続ける。
一時間ほど経った。なんとかくすぐられていても宝玉を体から出す所まではできるようになった。だがここからが問題だ。
力が抜けてしまった俺は一度休むことにして、今度はレオナの方に意識を移す。あっちもあっちで同じような特訓をしている。
大浴場で水着になり、目隠しをしてフランにくすぐってもらう。タイル床の上なので何度も滑りそうになり、危ないからとフランは申し出てきたが、不安定な足場でも出せるようにならないといけないんだ。
「そ、それにお風呂場なら燃えてもすぐに消せるし……ひゃんっ!」
「ほ、本当にこの特訓に意味があるのでしょうか。あ、王女様がた……」
「え?」
フランが俺の体から手を離してお辞儀をする。
俺も目隠しを取って浴場の入り口に目を向ければ、姉のルージュとメイプルの二人が水着姿で入って来るところだった。
「お姉様? どうしてここに」
二人ともレオナに大人びた感じをプラスさせた雰囲気と、見惚れてしまうほどのプロポーション。スタイルが完璧で、足がスラリと長い。
自分の体やフランだけでも緊張してしまっているのに、これ以上は刺激が強すぎる。目を背けつつ、聞いてみる。
「しっかり見ておこうと思ってね。この国の未来を」
「未来……」
「あなたが王位を継承したら、この国の指導者はレオナでしょ? “ライオンハート”のチカラを見ておくのは、これからの事を考えると必要な事よ」
ルージュの言い分は正にその通りだった。一緒に来たメイプルも同意見で、近くの浴槽に浸かりながらこちらを観察している。
あ、向こう側にも動きがあった。
リップルがパラソル下で休憩中の俺から目を離して、叫ぶ。
「お、王子様がた! お越しになられていたのですか!」
見れば兄のアキレス、ペガサス、エギルの三人が海パンを履いて海辺に来ていた。彼らもまた宝玉“ホエールハート”の威力を確かめに来たという所だろう。
三兄弟は各々、三者三様の動きをした。次男ペガサスは俺のことを気にかけてそばに来てくれた。
アキレスは俺に背を向けて海を眺め、そしてエギルはしきりに周囲を警戒している様子だった。
「あ。エギルお兄様、頭の傷は大丈夫なのですか?」
「えっ? あ、ああ、大丈夫だ」
声をかけると咄嗟のことで戸惑った様子だった。誤魔化すようにニコニコ笑って、俺の頭を撫でた。
もしかしてエギルは、自分の母が遣わす暗殺者を警戒しているのだろうか。いいやきっとそうだ。
「レオナ」
ルージュ姉様から名前を呼ばれる。
それとほとんど同時に。
「イザベル」
海を眺めているアキレス兄様からもイザベルの名前が呼ばれた。
「本当に行くの? 戦争に」
「本当に行くのか? 戦争へ」
姉も、兄も、別々の家族なのに妹に対して同じ心配をしていた。
いや、二人だけではない。あの食卓を囲んでいた兄弟姉妹達はみんな、レオナやイザベルのことを気にかけていた。血の繋がった家族であり、そして“キングセンス”という特別な直感力を持っているからこそ、“姫”の機微をずっと前から感じ取っていた。
「「……はい、行きます。今更王様に向かって啖呵切ったのに取りやめることはできません。明日、街の方でパレードを開くつもりです。国全体を盛り上げるために」」
兄弟姉妹からの優しい心遣いを突っぱねる形で、ハッキリと伝える。王に頼んでパレードの準備は滞りなく行われている。
“姫”が戦争に行く、それを聞けば国に活気が生まれることだろう。
「もう後戻りはできないわよ」
ルージュは険しい表情だった。
「お前は戦争を知らないだろう。俺は知っている。あんなの、自ら進んで臨むものじゃない。悲しみしか、ないのだ」
アキレスは悲しい目をしていた。
「アキレスお兄様。だったら私の、この14年間の悲しみや苦しみは一体なんなのですか。戦争に行かなくったって、ずっと辛い気持ちに押し潰されそうになっていました。進むしかないのです、イザベルとして」
「ルージュお姉様。後戻りするつもりはありません。なぜなら今のままでは何も変わらないから。私はレオナ・ヘスティア・アポロンという一人の女の子としての人生を取り戻すために、行くのです」
二つの違う言葉。
レオナとイザベルの違う人間から発せられる言葉と、意味。
だがそのどちらも、俺の言葉だった。
「お父様の“停滞”は、毒を取り除くことはできない。だったら動くしかないのです」
イザベルの体を動かして立ち上がり、兄よりも前に出て海に近づく。そして“ホエールハート”を取り出して、念じる。
瞬間、突き出した手のひらの先から水流レーザーが放たれて、海面に着弾すると爆発するように海の水が空へと巻き上がる。
とてつもない威力。アキレスは静かに見つめ、ペガサスは歯噛みして、エギルは浜の砂に目を落とす。三者三様の反応。そのどれもが宝玉のチカラに驚いたものではなく、多分……イザベルの心配しかしていない。
恐ろしいチカラを目の当たりにしてもなお、身内を慮っている。本当優しい兄弟達だ。
「お父様の“先進”は未来を見通しすぎて独りよがりに近い。そんなことで、戦争を起こしたのは許せません」
地下浴場。姉達と、フランを自分と浴槽から離れさせてから“ライオンハート”を掲げる。
宝玉から火の渦がリボンのように、俺の体を包み込む。そして火力を一気に上げて、爆発。一瞬で周囲の浴槽に溜まっていた水が天井めがけて打ち上がり、雨を降らす。
振り返るとメイプル呆然とし、フランは驚いていたが、ルージュだけは唇を噛んで拳を握り込んでいた。
「「私は今度のイクサで必ず———」」
兄弟、姉妹、姫護衛騎士。
レオナとイザベルのことを何よりも考えている優しい人たちに向けて、宣言する。
「「相手の“姫”を捕まえてみせます」」
その場にいた人間で、今の発言に違和感を覚える者は誰一人としていない。
ただし人間ではない“宝玉”だけが反応した。最初だけ喋って今の今までダンマリだったはずの二つの宝玉が、戸惑うように空中で揺れた。
その動きを察知できたのは俺だけで……そしてその反応が、宝玉達にとって俺の発言は予想外だったのだとわかった。
(ふっ、ザマーミロ)
勝った気分で、内心で宝玉に向かって舌を出した。




