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荒波の王道

「ふふふ、くっ、くくっ、ふひっ、ききき! ひぃっひぃ、ひひひ、ふふ、ひっ、はははははっ! あはははははっ! や、やべーやべー! や、やばいのに、うひひっ!」


 倒れた椅子を豪快に戻して、乱暴に座り込んでからもネプチューン王の笑いは止まらなかった。


「ハハハッッ!! わ、笑っちゃダメなのに、笑っちまうよっ! うふふふ! ひひ! はは!」


 腹を抱えて笑い続ける。

 その様子を戸惑って眺めていた一人の王子が、俺を見て口を開く。


「こんな父様初めてかもな。いや、向こうの王と頻繁に会ってた頃も、よく笑ってたっけ」


 長い黒髪を靡かせる彼はアキレス第一王子。王のすぐ右横に座っていた彼は、笑い続ける王の背中を手で支えた。


「ど、どーすんの兄上。イザベルは戦争に行くのか?」


「“ホエールハート”の威力をお前も知ってるだろ? ペガサス。誰も止められないさ」


 父の背を支える兄に、不安な顔で聞いたのは第二王子のペガサス。

 彼はアキレスの真横に座っていた。

 癖っ毛の目立つ黒髪を振り乱しながら、首を振る。その表情には迫るものがあり、自分自身に対しても責めるような雰囲気があった。


「で、でもよ! ちょっと前までイザベルは悩んでたんだぞ! 怖がって、怯えて、誰も何も助けてやれず……俺は自分を情けないって思ってた……」


「ペガサス、蹄を鳴らせ。翼を広げろ。進む時が来たんだ」


「兄上……」


「そうだろう? エギル」


 アキレスは第三王子のエギルに声をかける。

 エギルはペガサスの隣に座っていた。上座である王から離れている位置。長男、次男、三男と順位が分かりやすい。

 エギルは腕を組んだまま、冷や汗を流し、ペガサスとは逆側の自分の隣に座る人物に目を向けた。


「わたくしが、起爆しちゃったかなぁ?」


 食事を手を止め、タバコに火をつけ飄々と煙を吹かしているのはエギルの母であり、第三夫人のメロウ。王の話によれば暗殺依頼の張本人。

 左目に大きな傷があり、眼帯をしている。

 余裕な態度の彼女は俺の宣言に、どこ吹く風と言わんばかりに、タバコを吹かす。

 そのタバコを横から伸びてきた手がひったくって、空皿で火を消した。


「メロウ。今はやめなさい」


 火を消したのはメロウの横に座る第二夫人のメデューサ。ペガサスの母である。

 彼女は冷静に落ち着いた所作でタバコの火を消すと、改めて俺をじっくりと見つめてくる。


「……“キングセンス”がない私では、直感に頼ることはできないわね。あなたはどう見るかしら? ブルー王女殿下」


「成長ではなく、変化ってところかしらね。大丈夫? お母様」


 メデューサの問いに対してサッと答えたのは第一王女ブルー。彼女は王の左隣から一つ席を空けた隣に座っている。そしてそっちとは逆方向の隣に座る母に気を配っていた。


「ふぅ、平気よ。ありがとう。イザベルはどう言うつもりなのかしら」


 イザベルの母でもある第一夫人のサラキアは、俺の宣言を聞いて顔を真っ青にし、咳き込んでいた。ブルー王女の介抱で落ち着いた。


「アキレスお兄様は犬歯を剥き出しにしてるけど、私としちゃイザベルは何か悪霊にでも取り憑かれてるんじゃないかと感じているわ。“キングセンス”と“女の勘”がブレンドされたとびっきり鋭い勘が、そう言ってるわ」


「ブルーお姉様ほどではないですけど、私も少し怖い予想がさっきから浮かんできています」


 ブルー王女に同調したのが第二王女パール。ピンクがかった黒髪と、名前の通り透き通った瞳が特徴的。幻想的とも言える容姿から、ぽつりぽつりと言葉が発せられる。


「ですがお姉様。それよりも嬉しいと感じてしまうのは仕方ありませんよね」


「それはそうだけどね。イザベルがひどく思い悩んでいたのは知ってるから、こうやって元気な姿は嬉しい。でもだからこそ何かに取り憑かれているんじゃないかと勘繰ってしまうわ」


「ふふっ、私たちは兄上やイザベルを守りましょう。王位継承によって起こる暗殺や暗躍を阻止する役目がありますでしょう」


「企んでそうな本人達目の前にしてそれ言う?」


 ブルーがメロウと、メデューサに目を向ける。その視線を二人の夫人は真っ向から受け止めて、メロウは口角を上げて不敵に笑い、メデューサは真顔でじっとりと見つめ返した。

 エギルが暗い表情を浮かべて顔を背けた。


「トル、トル。どーする?」


「わ、わからないよグラ兄。な、何が起きてるの?」


 末席近くで顔を寄せ合ってコソコソ話しているのは第四王子のグラーニーと、まだ10歳の第五王子トルマリン。

 弟のトルマリンは状況が飲み込めていない。けれど生まれ持った直感力で、この卓の雰囲気はなんとなく感じ取っている様子だった。


「悪い、そうだよな。難しいだろう。でも必ずお前にも決断の日が来る。その時のために始まりであるこの時から考え始めなきゃいけないんだ。わかるか?」


 姉と同じくピンクがかった黒髪をした弟の頭を撫でる。弟の怯えた部分を頭を撫でて慰めながら、それでもグラーニーは優しい声で厳しい言葉を投げかける。


「ぐ、グラ兄……わ、わかんないよ。イザベル姉様が兄上達とケンカするの?」


「違う。お前だってイザベルや、俺や、他のお兄様、お姉様と喧嘩するんだ」


「や、やだよ! だ、だってイザベル姉様は強くて優しくて……でもいつも、泣いてるの知ってるよ。女の子を泣かせるのはカッコ悪いって、グラ兄もエギル兄もいつも言ってるのに……それなのに、ケンカするの?」


「本当優しい子だな、お前は。わかった。俺とお前は喧嘩せず、見守ろう。成り行きを……いいですよね? お母様」


「まだ決断の時ではない」


 グラーニーの問いに答えたのは背筋がピンと伸びた茶髪の女性。第五夫人シーラ。彼女は息子からの問いかけに、瞑想するかの如く目を瞑って静かに、そしてピシャリと厳しく言い捨てた。


「まだ話を聞いたばかり、もっと時間をかけてじっくり考えるべきだ」


「まあまあ、シーラちゃん。私はうちの姉弟が健やかに育ってくれればそれでいいので、この流れのままでいいんですよ」


「王室ナンバーツーの派閥を持つ余裕かしらー?」


 ほとんど向かい側の席に座るメロウから悪態をつかれる。シーラの席は王の左側の列で、空席、ブルー王女、第一夫人、パールと続いてその隣。

 第一夫人と同じ列に座り、序列が見え隠れしていた。


「ち、違いますよ。それにナンバーツーはサラキア様でしょう? なぜなら一番は陛下ですから」


「チッ。いい気になってんじゃないわよ」


 これがイザベルの家族であり、席順が権力の序列を物語っている。

 この中で空いている先が俺の席だ。

 すなわち王様のすぐ左隣が俺の席。そこにみんなの見ている中で座る。そして隣の王に向かって笑って見せる。


「よろしいですわよね、お父様?」


「たかだか向こうの姫に勝ったくらいで強気に出れる。取らぬ狸の皮算用とも言えるが……覚悟はわかった」


 いつものように頭を撫でようとした手が途中で止まる。

 代わりに肩を強く掴まれた。


「心配だが、子供の成長が嬉しい気持ちもある。不思議だ。本当ならワシは止めたいところなのだが———」


「どうしてですかー?」


 メロウの間延びした声。

 目を向けると、さっきまで浮かべていた笑みが消えていて、代わりに真剣な表情になっていた。


(———あれ?)


 デジャブ。

 そして。


「「もしかして姫は戦争に参加させたくないなんて、自分勝手なことを考えているわけではないでしょうね?」」


 同じ言葉が違う王家の食卓で発せられた。

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