“水の国”の毒
最初ネプチューン王と会った彼の自室に連れてこられ、そこで打ち明けられた。
「イザベル。お前の暗殺を企んだ人物のこと、ワシはもうわかっている」
「え?」
「だが明かせば必ず今以上の泥沼の戦争へと発展するだろう。アポロン王も触れたくても触れられない部分だ」
「なにが……一体、なんだって言うんですか」
紅茶を口に含んでから、ゆっくりとカップをテーブルにおろしてから王は言う。
「暗殺依頼の犯人は———エギルの母、第三婦人のメロウだ」
「なんだって⁉︎」
え、エギルのお母さん⁉︎
王様の婦人が俺の、イザベル姫の暗殺を依頼⁉︎
「ど、どうして……」
「権力争いだ。ワシの五人の妻は、身内で王室での権力を得ようと争い合っておる。一度王室に入った者に対しておいそれと糾弾はできない、ワシも、アポロン王もな。だから触れられない問題だったのだ」
「私を殺して、権力を」
「ああ、キミには辛い事実になってしまう。キミはサラキアの……ワシの第一婦人となる正室の子供。長男アキレスと長女ブルーもそうで、王室の中でサラキアは一番の権力を持っていた。個人で抱えている派閥も一番大きい」
加えてイザベルが“ホエールハート”に選ばれたことで、第一婦人のサラキアの権力は揺るぎないものとなった。
それを崩すためのイザベルの暗殺依頼か。
「エギルが眠らされたのは、あの子が君を守ろうとしていたからだ。街に連れ出した所までは母親から言われていた計画の内だった。だがそれからずっと君のそばにいたのは、どうにかして君を守ろうとしていたからで……計画の邪魔になる上に、危害が加えられる可能性があるため眠らされたのだ」
……もしかして、あの時。エギルが襲撃者達の前に現れた時、リップルには怯えなかった彼らが、エギルに対しては怯えた様子だったのは……依頼主である第三婦人の息子だから攻撃してはならないからだ。
状況が証明しているように思える。
「昨日エギルの様子を見に行った時、言っていたよ。イザベルは母親は違えど、妹だから守りたかったと」
「エギル兄様……」
「そしてメロウが権力争いのためこう言う行動に出ることは、アポロン王が20年前から見抜いていた」
「え⁉︎ に、20年も前から……⁉︎」
「当時何度も『メロウとは絶対に別れろ』と忠告されたよ。しかしその時ワシは正妻であるサラキアと同じくらい、メロウも愛していた。もちろん他の婦人達も愛している」
空になったカップを持ってまた紅茶を淹れ直し、そしてまた飲みながら語る。
「ふう……、ワシにはとにかく保守的な考えが常にあった。今ある幸せと安寧を維持したい、そのために尽力して、周りに決して危害を加えないという怯えた考えを持っていた。メロウの件だけではなく、ワシに対しても失望したからだろう。“水の国”に宣戦布告を敢行したのは」
「向こうの国が同盟しなかったのって」
「不安要素のある国に背中は預けられない。もし同盟して味方同士になった時、いずれきっとメロウが毒になる。ワシが死に、後継者となる長男のアキレスや長女ブルーも謀殺され、残ったエギルを王に据えて国の実権をメロウが握り、そして同盟国である“火の国”にも影響がおよび……アポロン王の次世代に災禍を招く。それが読めていたからアポロン王はこの国との同盟を初めから諦めていた」
「取り除くことはできないのですか」
「メロウをか? 何度も言うが無理だ。なぜなら彼女は、ワシが一度妃と認めた人間だ。おいそれと処罰にかけたりはできないし、なにより……まだワシは彼女を妻として愛している」
そう、か……。
この国が抱える問題はとにかく厄介だ。
こんな状況下で“火の国”と戦えているのが不思議なくらいだ。それだけメロウは用意周到で息を潜め、誰にもバレないよう計画を推し進めていた。
……しかし、あれはどう言うことなんだろう。
「……お父様、私の目の前に現れた暗殺者は自分を“ハウンドフェイス”と名乗っていました」
「リップルから聞いたよ。ハウンドスカルを被った正体不明の男、肩からこれ見よがしに“火の国”のマークを下げていたと」
「なのにお父様は暗殺依頼はメロウお母様がやったと? 普通なら“火の国”から私に向けて刺客が送られてきたと考えるのが妥当なのに」
「偽装したのだよ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「あからさま過ぎるからだよ。本当に“火の国”の人間が依頼したのなら、ワシなら絶対に赤いライオンの絵が描かれた布など身に付けさせない。それにわざわざキミとリップルの目の前に姿を見せたのも、赤い布を見せつけて“火の国”がやったのだと見せかけるためにすぎない」
確かにそうか。
だがそれにしたってメロウがやったとは限らないはずだが。
「エギルからも話を聞いた。自分の母親がやった、と確証に至る証言は、母を裏切る事になるため決して口にしなかったが……それでも聞けば誰もがメロウがやったのだと分かるくらいには話してくれた」
「“キングセンス”もあったのでは」
「かも知れない。だが普段からメロウには懐疑心があって、それで今回の暗殺事件だ。ワシの中で彼女への疑いは確信に変わった」
「それでも———愛していると?」
「ああ。ワシの罪とはこの“愛”だ」




