ネプチューン王の停滞
俺は走った。
髪が揺れる。
胸が揺れる。
慣れないドレスとヒールでなんとか転けないように走って、目的の場所である第二天体観測所に向かった。レンガの壁にドーム状のガラスの天井、扉を開けて中に入ると中央に望遠鏡が設置されていて、そばに王が立っていた。
まだ夜ではないから望遠鏡の調子を確かめているようだった。
「お父様! お話があります!」
「イザベル? あまり出歩くんじゃない、狙われているんだぞ?」
王はすぐに俺のことを心配して、肩に手を置こうとした。それを避けて、改めて王を見上げる。
「お父様、相手国の王の狙いを知っていますか」
「……狙い?」
躱された事にショックを受けていた王は、俺の言葉に眉を顰める。
「アポロン王は海底に眠る化石燃料を手に入れようと攻めてきているのです! だからそれらを先に採取して、取引材料として相手国と交渉し、和平を提案すれば……!」
「かせきねんりょう……? それは一体……いや、前に彼が話していたな。頭のいい彼はよく燃える石や、燃える水を研究していた」
「お父様、許可をください! 今から海に潜って探してきますから!」
「………いや、ダメだ。もしそれを見つけたらこの国はどうなる?」
「え……?」
望遠鏡を撫でながら王は憂いを帯びて、語る。
「きっと彼のことだ、あっと驚くようなものなのだろう。それはおそらく国を大きく発展させてしまえる、未来を作るもの。彼はとにかく前進思考……ワシとは違う」
「と、とにかく和平のために……!」
「結ばんよ。彼は。もうこの国に何も期待していない、このワシ自身に対してもだ」
期待していない……?
まさかそれがアポロン王とネプチューン王のあいだにある彼らにしかわからないなにかなのか。
「もう遅いのだ、何もかも……」
肩を震わせ、拳を握り込む。そして堰を切ったようにこちらに振り返って、抱きしめてきた。強く、強く。
肩口に寄せられた王の口から、すすり泣く声が聞こえる。
「すまない……すまない……! すべて、すべてこのワシのせいなのだ……! お前にも、ツライ思いをさせてばかりだった……いくら悔いても、謝っても……ワシはもう何も変えられはしないのだ……!」
「お、父様……」
「頼む! 頼む、頼むから……お前だけは、もう何も知らなくていいんだ……戦争のことなんて気にしなくていい……リップルとこの城で安全に暮らしなさい」
体を抱く腕に強い力を感じる。優しさではない、俺に向けた気持ちではなく……ネプチューン王は今、自身の後悔と罪悪感から逃れようとして、俺に懺悔している。
イザベルに生きて欲しいと願うことで罪から逃れようとしている。
王の体を押し返す。王は目を見開いて、ひどくショックを受けている様子だった。
「お父様、昨日エギルお兄様は睡眠薬を盛られていました。その時周りの兵士たちは、倒れたお兄様に駆け寄ることもせず傍観していました。同時に毒味をした兵士にしか睡眠薬を入れることができなかったと、その場にいた私はわかっています」
「イザベル……」
「王子を守らず、危害を加える兵士がいる。この城にはもう安全なんてどこにもない! そうでしょう!」
「ち、違う……あれは……」
「アポロン王も間違っているが、アンタも間違っている! あなたがあなた自身に何も期待できないのであれば、私もあなたに期待しない! 王というみんなのリーダーが、立派な自分を誇示できないのであれば———離れていくだけです!」
「………いつのまに、そんなに強く……」
唖然とする王に背を向けて外に出ようとした。
「待て!!」
後ろから聞こえた大声に、身がすくんで足が止まる。細胞が恐怖を覚えている。ぎこちなくしか動かない体を無理やり動かして、恐る恐る振り返ると据わった目の王が立っていた。
さっきまでの温和な彼ではない。
「わかった。そこまで成長していたとは思わなかった。だがその覚悟があるのなら……話そう、真実を。ワシの罪を」




