あてられて
『大阪・江坂高校バーサス福岡・天神商業高校。穏やかな陽気と迸る熱気が混在するこの春を彩る好カード、実に、実に物凄い試合になっています!』
『初回は壮絶な打ち合いでしたね。しかしその後は、両投手共に踏ん張りを見せています』
『お互い見事なピッチングですよね!』
『ええ。そして五回を終了したこのタイミングから、天神商業は三枚看板を駆使していく得意の展開に持ち込むでしょう。一方、江坂はまだ後ろにエースが控えています。どこでスイッチするか、それとも継投はせずに最後まで引っ張るか、注目ですね』
『それにしても圧巻は衝撃の逆転満塁弾を放った天神商業の四番、堀川彩! 逆方向にもかかわらずあの伸びはスゴ――』
やたらとテンションの高い女性の実況が落ち着き払った男性の解説を置き去りにして興奮の最高潮に達しようとした次の瞬間、テレビはスイッチを消された。視聴覚室は不意の静寂に包まれる。つい今まで間近に感じていた熱気との落差に耳鳴りがした。
「まあ、こんなところで良いでしょう」
テレビに向けたリモコンを下ろして、捺先輩が立ち上がった。
「なんだ、全部は見ないのか」
「うん。そうね」
不満げに椅子を鳴らす直子先輩に、わざとらしいそっけなさで捺先輩は答えた。
「一度試合したことのある相手が全国の強豪と戦った時に果たしてどこまでやれるのか。それを見ることで私達の位置もある程度測れると思ってね。まあ、その主旨から言えば全部見ても良いんだけど……」
そこで言葉を区切って、捺先輩は全員を見渡して言った。
「私達も、動き出さなきゃだしね」
普段と変わらない、落ち着き払った声。しかしその中には、僅かながら喜びなのか楽しみなのか、深層は読み取れないが何かプラスの空気が紛れていた。
その原因は何となく分かる気がする。恐らくは、画面に映っていたかつての同僚の堂々たる姿にあるのではないだろうか。隠し切れない遠足の前日の子供のようなオーラ。端的に言えば、私には捺先輩がウキウキしているように見えた。
「そうと決まれば、やることはひとつ!」
その場で大袈裟に右腕を広げる。何事かと思ったら、捺先輩はそこから何故か部屋の隅へと移動した。
「えー、まずはバッテリー。二人ともここへおいでませ」
そして何だか楽しそうに手招きしている。捺先輩に呼ばれた二人は実に対照的なリアクションを取った。豊は首を傾げながら警戒心満々で、梓先輩は無表情のまま、揃って捺先輩の元へ向かった。
捺先輩はそうやって次々とチームメイトを呼び寄せてはひそひそ話をして、やがて解放した。改めて席に着いた皆は神妙な面持ちになっていた。
一体何を言われたのか。そして、何故わざわざ部屋の隅まで呼びつける必要があるのか。捺先輩のやることは良く分からない。
「華凛、ちょっと」
不意に私の名が呼ばれた。この謎のやり取りは、いつの間にか私で最後のようだった。