四番
江坂高校の上位打線は、全てが優れていた。
振りのシャープさ、手を出すべきボールの選別、打席での余裕や落ち着き、どれをとってもこれまで対戦してきた相手を上回っている。特に制球には気をつけなければならない。僅かでも甘く入ると、もう詰み。終了。
というのが初回を終えての感想。少なくとも、退屈はせずに済むらしい。さすがは全国区といったところか。
しかしそれでも、アイツの姿が脳裏にチラつく。今対戦している相手よりも、もしかしたらアイツの方が上かも知れない。そんな残像がこの大舞台においてもなお顔を出す。そう考えるとアイツの不気味さが際立つ。ちゃんと野球が出来る環境にいれば、今みたいに埋もれることもなかったのに。本当に腹が立つ。
「ユーリ」
ふと、誰かに呼ばれて顔を上げる。ベンチに座っているあたしの前に立っていたのは、二番を打つ蓮花だった。
「どうしたの、すぐ打順回るんだから早く準備しないとダメじゃない」
一体何用か。疑問に思ったあたしの問い掛けに蓮花は僅かに目を細め、やがてゆっくりと口を開いた。
「心配したけど、平気なら良かった」
一言だけ残して、蓮花はおもむろにヘルメットを被り出した。
「……まったく。そんなの平気に決まってるじゃない。余計な心配は無用、良いからさっさと打って返すわよ!」
蓮花の言葉を受けて口からは勇ましい言葉が出た。心の中に、密かに湧き起こった感謝の気持ちは、今はまだ内に秘めておいて良いと思った。
さて、そうなれば三番であるあたしが無様な結果を晒す訳にはいかない。あたしたちを相手にして調子に乗ってはいけないということを近畿代表とかいう連中に教えなければならない。あたしは再びベンチに腰掛けた。
目を瞑り、精神を集中させる。投手の球筋など見る必要はない。そんなのは映像で予習済みだ。それより大切なのは、感覚を研ぎ澄ますこと。
耳には一度、二度と歓声が聞こえた。ざわめきが異質なものになる。混沌とした中に何かしらの期待を抱いているような空気。
「――よし」
目を開けた。
飛び込んできたのは二塁と三塁が埋まっている光景だった。二人とも、持てる力を発揮してくれたらしい。そして、あたしに借りを返す最大級のチャンスをくれたらしい。
「さあ……行くわよ!」
バットを掴み取り、ネクストバッターズサークルを経由せず直接打席に入る。打席から見る全国の舞台は、マウンドから見る景色とまた違う。ひとつだけ言えるのは、どちらも非常に居心地が良いということ。
「ボール!」
しかし、唸る気炎は相手投手に水を差された。球審は大袈裟にコールしたが、言われなくても分かるほど明らかなボール球。この一球でハッキリと分かった。コイツはあたしと勝負する気がない。
「良いわ、少しでもコントロールミスしてみなさい……どうなるか知らないんだから」
最大級の殺気で威圧する。しかし、どうやら相手もマウンド慣れした手練れらしい。テンポ良く、際どいコースと見せ掛けて全くゾーンの中に入れる気のないボールをそこから三球続けた。
「ふん……」
置き土産に鼻を鳴らしてゆっくりと一塁ベースへ到達する。これで満塁。江坂側としては守りやすくするというハラだろう。自分のバットでやり返したかったが、これでは仕方ない。
ああ、でもそういえばさっき打たれた相手は四番だったっけ。それなら展開としてはちょうど良いかも知れない。
「その選択、後悔しなきゃいいけど」
ゆったりとセットポジションに入る相手投手の背中を見ながら聞こえないように呟く。その背中は、このピンチも簡単に抑えることが出来るという自信に満ちている。
次の瞬間、それはバキバキに砕かれることになるとも知らずに。
「――だって、ウチの四番、ヤバいよ」
一瞬の静寂が訪れた。
会場の誰もが小さな小さなボールを必死に追っているのが分かった。でもあたしには追う必要はなかった。珍しい右方向への打球。それでも、百メートル向こうのフェンスを軽く越えることは捉えた瞬間に分かったからだ。
やがて打球はスタンドに着弾し、少し遅れて静寂が熱狂へと変わった。
誰よりも何よりも頼りになる。アーヤこと堀川彩。全国デビューを満塁弾で飾るなんて、ホントに派手で危険なヤツだ。




