見つかったもの
「良く来たわね、華凛」
捺先輩は嬉しそうにそう言った。しかしここは同じ部屋の中。歩幅にして十歩もあるかどうかだ。良く来たも何もない。
「一体どうしてこんなことを……」
わざわざ個別に呼び出す必要があったのか、という次の言葉を発する前に捺先輩は答えをくれた。
「私から見た改善点を皆に共有しようと思ってね」
特別なことではないようにさらりと告げられたその言葉。それは私の背中をゾワリと震わせた。その鋭い洞察力は、敵のみならず味方にも働いていたのか。
「それに、何が改善されたかはお互いに知らない方が今後の練習は良い感じになると思うのよ」
「……だから個別に伝え、その内容を秘密にしたまま実戦練習を行うことでより効果を実感させる、ということでしょうか」
「そう。察しが良いわね」
捺先輩はどこか冷たい笑みを見せた後、改めて私と身体を向かい合わせた。
「わざわざ部屋の隅っこに呼んだのは、一人一人に対して弱点を指摘して改善を促したかったから――そしてそれは華凛、あなたも例外じゃないわ」
「――!」
突然の宣告に息を呑んだ。対面した捺先輩は、真剣モードの度合いが増していた。
「弱点、ですか……」
そしてその宣告は、私にとって意外なものだった。この野球という競技では、あらゆる面において捺先輩にはまだまだ敵わないという自覚はある。しかし、この私自身に明確な欠点があるなど意識したことはなかったからだ。
「そう。これから夏に向けて華凛にはそれを克服してもらうわ」
悪びれる様子もなく捺先輩は言う。一体私のどこに欠点を見つけたというのか。
「良い、華凛。あなたの弱点はね、一流レベルの速いボールにまだ対応出来ていないことよ。そしてその原因は、スイングがまだ外回りしていることにある」
これまでと変わらないトーンで出た捺先輩の言葉はこれまた意外なものだった。
「外回り、ですか……」
速球への対応がまだ難しいという意識は確かにある。しかし、それはバットの重量によるものだと思っていた。今の捺先輩の言葉は、道具云々ではなく私のスイングそのものに欠点があると告げている。第三者から客観的に提示された事実に思わず俯いてしまう。
「スイングを内回りさせるにはコツがあるの。華凛にはそれを会得してもらうわ」
捺先輩の言葉は、冷たく聞こえた。
これは状況を俯瞰して見ることの出来る捺先輩だからこそ捉えられた欠点であり、ハッキリ『弱点』と告げてきたのも捺先輩ならではの愛情だろう。これはチームのことを何より大切にしなければならない立場である主将としては実に優れた行為ではないか。
なら何故冷たく感じるのか。これ以上ない教材を貰ったのではないのか。
――悔しいか。
内から沸々と湧き上がる思い。自分が自分に告げる。
――悔しいか。
面と向かって弱いと言われて何も思わないはずがない。本当は荒れ狂いたい。
――悔しいか。
でも、その欲求に従ったらどうなるかは分かっている。こんな矮小な感情は捨て去ってしまえ。
そう。私は、ここで立ち止まりたくはない。
「……是非とも、教えてください。私はもっとチームの力になりたい」
私はまっすぐ告げた。瞬間、捺先輩は目を大きく見開き、その表情はやがて不敵な笑みへと変わった。
「オッケー、良く言ったわ。じゃあちょっと見てて。簡単に言うと、肩からバットを出す感覚ね」
余韻も感じさせず、捺先輩はすぐさまジェスチャーで実践してみせた。まるでバットがその手に握られていると錯覚してしまうような寸分の隙もない振り。このプレイヤーには冴え渡る感覚だけではなくやはり根幹に土台となる技術も備わっているのだと、その空の一振りが雄弁に語っていた。
「分かったかしら。もっと細かく言うと、斜めから首にバットを思いっきり突き刺す感覚ね」
唐突に提示されるリアルな痛さのあるイメージに、私はつい顔をしかめた。でもそんなものに負けていられない。
「こう……ですか?」
早速自分でもイメージのスイングをした。捺先輩に言われたことを、見せられたものをどうにか具現化しようと、存在しないバットを懸命に振り抜く。
「さすが、筋が良いわ。この軌道を描ければもっと色んなボールに対応出来るようになる。そしてそれはチームを助けることになるの」
私の仮のスイングを捺先輩は熱のこもった目で見詰めてきた。
「あなたの後ろには清が控えているけど、あの子は荒削りなところがある。不意の一発は期待出来るけど……重要な局面ではやっぱりあなたに決めて欲しいのよ」
不意に発せられたそれは、これまでで最も真剣な口調だった。その言葉の意味はとてつもなく重い。つまり、私の出来次第で雌雄が決することになると言っている。そして捺先輩はそれを期待している。
瞬間、身体が震えた。確かにこれは私にとっての壁だと直感する。それでも、心のどこかで何かが燃えていた。それは段々と小火から炎の塊へと成長していく。
「……精進します。私がそういう存在になれるように」
先輩が言ったことは、裏を返せば私が直接勝ちをもたらして良いということ。張り詰めた緊張のまま、私は炎をそのままぶつけるがごとく捺先輩をまっすぐ見詰め返した。




