閑話 初夏を迎える山寺にて
その寺院は、日本のある地方の山を開いて建てられた。
歴史は千年以上とされるが、
その存在自体、一般社会には知られてはいなかった。
しかし、最近あったある事件で表に出ざる負えなくなった。
その事件では、この寺院の主たる存在が姿を晒すことになった。
本来、それはあってはならぬ事。
全てが終わりを迎えるその時まで、
隠し通す必要があったにもかかわらず。
事成らずでは、済まされない時を掛けてきたのだ。
先人たちが耐え忍び、今この刻まで備えてきたのだから。
山を覆う新緑、木々は命に溢れ、季節は夏へと向かっている。
大きな寺院だが、その建物は巧妙に生い茂る緑に隠されている。
そして、建てられた山自体が人里から離れ、
一つ二つ山を越えた場所にある。
一番近かった山村は当の昔に廃村になっていた。
そんな寺院には、山の風景を一望できる一室が設えられた建物がある。
四季の移ろいを直接感じられるその場所には、
ある限られた者たちしか入れない。
通常の由緒ある寺なら特別に設えた庭を見るためにあるような、
そんな作りの部屋だが、ここから見えるのは切り立った一面の山々だ。
少し足を進めれば、垂直近い崖の上からの風景と分かるだろう。
人によっては足をすくめるかもだが、絶景は絶景である。
そんな景色を見ながら、部屋の中心で茶を嗜む老僧が一人。
訪問者だろうか?
部屋の隅には初老の僧侶とスーツ姿の男性が跪いていた。
老僧が目を向けると、
男性は静かに部屋の中心にいる老僧に一礼し、話を始めた。
「祭主殿、関場からの伝言です。
”白いカラスが古巣に戻る”
”影絵が正しきモノなれば、染まるはただ黒のみ”と」
その男性の言葉に、
「ふうむ、教主殿はまだあの事を気になされているのか。
最早、覚えている者も少ないというのに。
して、それだけかな?」
と老僧が男性に続きはないかと問いただす。
すると、
「もう一つだけ、
”古き家人がカラスの巣に招かれた”
とお伝えしてほしいと。」
男性が再び口を開いた。
「なるほどのう、先日は確かに見事なものじゃったが。
あれのことは何も知らぬのじゃろう?」
ううむ、と多くの皺が彩る老僧の顔が一層その色を強めた。
それに対し、スーツの男性は、
「巣には一応我々側の職員が数年前から駐在しております。
表向きは左遷ではありますが、
役割は果たしてくれているでしょう。」
「また海の底までは、誰も調べていないでしょう。
いざとなれば。」
そんな言葉を静かに紡ぎだす。
しかし、老僧の答えは渋いモノだった。
「過信は禁物じゃ。
識るべきものを知らねば、どのような手も後手に回る。」
再び深く考え込む老僧。
その沈黙はその後、数十分の間続いたのだった。




