第55話「禁忌の装置」
「――起動するぞ。」
俺は《神代級魔導核》へ手を伸ばした。
指先が触れた、その瞬間。
――カチッ。
何かのロックが外れる音がした。
「……?」
次の瞬間。
部屋中に張り巡らされていた魔導回路が、一斉に青白く光り始めた。
「うわっ!」
床。
壁。
天井。
そこに刻まれていた無数の回路が一本に繋がり、部屋の奥にある巨大な装置へ魔力が流れ込んでいく。
――ゴォォォォ……。
低い駆動音。
巨大な装置が、長い眠りから目覚めるようにゆっくりと動き始めた。
「これ……動くのね。」
アイリスが息を呑む。
『《神代級魔導核》との接続を確認。
装置の起動条件を満たしました。』
「何の装置なんだ?」
『解析を開始します。』
巨大な装置の中心へ、数え切れないほどの魔法陣が展開される。
それらが立体的に重なり、中央に一つの球体を形成していく。
「魔法陣……?」
アイリスが呟く。
その球体の内部に、無数の文字と数値が浮かび上がった。
『解析結果を取得しました。』
「早いな。」
『……。』
「どうした?」
返事がない。
いつもの《最適化》なら、すぐに結果を返してくる。
「《最適化》?」
『解析を継続しています。』
声が少し遅れて返ってきた。
『通常の魔導装置とは構造が大きく異なります。』
「何が違う?」
再び沈黙。
そして――
『この装置は、魔力を生成・変換するためのものではありません。』
「じゃあ、何のためだ?」
再び魔法陣が回転する。
その中心に、一つの文字列が浮かび上がった。
〈生命体構造解析〉
「……生命体?」
『はい。』
『この装置は、生命体を対象としています。』
俺は装置へ一歩近づく。
『対象の魔力回路、身体組織、細胞構造――それらを解析し、再構築する機能があります。』
「再構築……。
つまり、身体そのものを作り変えるってこと?」
『その認識で概ね正しいです。』
背筋に冷たいものが走った。
「そんなもの……何のために?」
『不明です。』
「じゃあ、もっと詳しく調べてくれ。」
『記録領域へのアクセスを試みます。』
装置の中央に文字が流れ始める。
〈被験体記録〉
〈魔力回路改変〉
〈細胞構造改変〉
〈老化機能抑制〉
「……老化?」
俺は目を疑った。
〈老化率――0.00%〉
「……。」
『記録された実験データの中に、老化現象を極端に抑制した個体が存在します。』
「そんなこと、できるのか?」
『この装置では可能だったと推測されます。』
“可能だった”。
その言い方が妙に引っかかった。
「この装置を作ったのは誰だ?」
『製作者情報を検索します。』
表示が切り替わる。
〈製作者:――――〉
そこだけ、何かによって意図的に消されていた。
「消されてる…か。」
アイリスが装置を見上げる。
「これを作った人は、何者なの……?」
「分からない。」
俺にも、まだ分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
この装置は――
明らかに普通じゃない。
その時だった。
装置の奥から、別の記録が浮かび上がった。
〈実験記録:最終段階〉
〈対象:V-01〉
〈身体改変――完了〉
〈老化機能――停止〉
〈生存率――100%〉
「……。」
V-01。
何のことだ?
俺がさらに詳細を開こうとした瞬間――
〈権限不足〉
文字が消えた。
「……肝心なところだけ見られないのかよ。」
『現在の権限では、これ以上の情報へアクセスできません。』
「権限?」
『はい。』
「誰なら見られるんだ?」
『不明です。』
……何なんだ。
この装置は。
俺がそんな疑問を抱いていると、横にいたアイリスが声を上げた。
「アレン。」
「ん?」
「これ……。」
彼女が指差した先。
装置の隅に、小さく記録されていた文字。
〈発見者:シヴァ=リグレット〉
その時。
――ピッ。
新しい記録が開いた。
シヴァの声が流れる。
『この装置について調べていると、いくつかおかしな点が分かってきた。
……まず、現代の魔導技術では到底作れない。
それどころか、この世界の既存理論から考えても、完成度が異常すぎる。』
一瞬の間。
『そして――この装置には、僕が知っているものと前世の知識と似た理論が使われている。』
「……。」
俺は息を呑んだ。
シヴァと同じ――転生者。
『だから、僕はずっと考えていた。
これを作った人間は――』
そこで記録が乱れた。
ザザッ。
『……この世界に、僕より前に転生した人間がいるんじゃないか。』
「……!」
アイリスは何も言わない。
俺も言葉が出なかった。
この世界に、俺やシヴァ以外の転生者がいる。
それ自体は分かっていた。
だが――
自分たちより前の転生者。
そんな発想はなかった。
俺は巨大な装置を見上げる。
この装置を作った人間。
シヴァが追っていた謎。
そして、老化を止めるという異常な機能。
全てが一本の線に繋がりそうで――
まだ、何も分からない。
その時。
――ピッ。
装置が音を鳴らした。
中央の魔法陣が、先ほどとは違う色に変わる。
青。
赤。
そして――
黒。
『新たな反応を検出しました。』
「何の?」
『装置内部に残された、極めて古い魔力波形です。』
「誰のだ?」
《最適化》が一瞬だけ沈黙する。
『照合を開始します。』
数秒の沈黙。
そして――
『類似する魔力波形を確認。』
「……誰と?」
『黒環結社第一席が使用した魔法に、極めて高い類似性があります。』
「……第一席。」
胸の奥がざわつく。
あいつが、この装置を知っているのか?
それとも――
「第一席が作ったのか……?」
思わず口に出す。
「え?」
アイリスがこちらを見る。
「どうしてそう思うの?」
「いや……。」
俺は言葉を濁す。
まだ何の証拠もない。
ただ、この装置と第一席の間に何かがある。
それだけは間違いない。
その時。
装置の一部が、突然開いた。
「……!」
内部から、一枚の金属板がゆっくりとせり出してくる。
表面には、古い文字が刻まれていた。
俺はそれを読む。
――――――――
〈第二世代改造式〉
――――――――
「……改造式?」
アイリスが覗き込む。
「何のことか分かる?」
「分からない。」
少なくとも、今は。
俺は金属板を手に取る。
その瞬間。
『警告。』
《最適化》の声が響いた。
『この記録には、現時点で解析すべきでない情報が含まれています。』
「……。」
『閲覧を推奨しません。』
「珍しいな。」
俺は苦笑する。
「お前がそんなこと言うなんて。」
『危険性が高いと判断しています。』
俺は金属板を戻した。
今は、これ以上追うべきじゃない。
それより――
「シヴァを探す方が先だ。」
「そうね。」
アイリスも頷く。
「三日後にはCランクとの昇格戦もあるんだから。」
「分かってる。」
俺はもう一度、巨大な装置を見る。
この装置が何なのか。
誰が作ったのか。
なぜシヴァはこれを調べていたのか。
まだ何も分からない。
ただ――
「シヴァは、この装置を使って何かを探していた。」
その答えだけは、間違いない。
俺は部屋の入口へ向かう。
「行こう。」
「どこへ?」
「シヴァを探す。」
知る由もなかった。
その背後で誰も触れていないはずの巨大装置が、ほんの一瞬だけ――
黒く発光していたことに。




