第54話「残された研究室」
「Dランク……。」
掲示板に表示された自分の名前を眺める。
昨日までEランクだった。
たった一つ上がっただけ。
それなのに、不思議と胸が高鳴っていた。
「……次はCランクか。」
その瞬間だった。
『警告。』
「……え?」
《最適化》の声が、初めて緊張した。
『現在、この学園内に、使用者より明確に強い魔力反応を確認しました。』
「……誰だ?」
『対象を特定します。』
数秒の沈黙。
『……解析結果を取得しました。』
『対象:Cランク、生徒――』
「……。」
俺は思わず、顔を上げた。
ちょうどその時。
掲示板の前を、一人の生徒が通り過ぎる。
制服の胸元。
そこに刻まれていたのは――Cの文字。
目が合った。
「……。」
相手は俺を一瞥する。
そして、何事もなかったかのようにその場を通り過ぎていった。
「……あいつか?」
『肯定します。』
「名前は?」
『…セオドア=クレスト。』
聞いたことのない名前だった。
けれど、明確に分かる。
――強い。
これまで戦ってきた敵とは違う。
《最適化》がわざわざ警告するほどの存在。
「……Cランクって、こんな奴までいるのか。」
俺は掲示板の横に設置された昇位願へ手を伸ばした。
自分より一つ上のランクにいる生徒へ昇位願を提出し、相手が承諾すれば昇格戦が行われる。
Dランクの俺が挑戦できるのは、Cランク。
「ここに名前を書けばいいんだな。」
「あまりにも迷いがないわね……。」
「一つずつ上がっていけばいいんだろ?」
そう言って、昇位願に名前を書き込む。
アレン=ベオウルフ。
挑戦先――Cランク。
提出すると、受付をしていた教師が書類を確認する。
「……Cランクへの挑戦か。」
「はい。」
「相手の指定は?」
「セオドア=クレストで。」
その瞬間、教師が固まる。
「後悔しても知らないからな。」
教師が書類へ何かを書き込む。
どういう奴なのかは知らない。
ただ、一つだけ分かることがある。
Cランク。
今の俺より、一つ上。
「対戦日は三日後。場所は第一演習場だ。」
「三日後……。」
三日。
なら――
「ちょうどいい。」
「何が?」
隣にいるアイリスが聞いてくる。
俺は昇位願の控えを握りながら答えた。
「シヴァを探す時間ができた。」
アイリスの表情が変わる。
「……そうね。」
シヴァはまだ戻ってきていない。
第一席たちが撤退した今も、行方は分からないまま。
「探そう。」
俺は立ち上がる。
「三日で。」
向かった先は、シヴァの部屋。
扉を開けた瞬間。
「……。」
相変わらずだった。
床には工具。
机には魔導回路。
壁には設計図。
天井付近には、壊れたままの索敵ドローン。
そして部屋の隅には、あの銀色のパワードスーツ。
《魔導外骨格》が立っている。
「これ……。」
懐かしい。
初めてこの部屋に来た時、シヴァはこれを《魔導外骨格》と呼んでいた。
前世でいうパワードスーツ。
ただし――
「三歩歩いて爆発したんだったけ。
本人は改良中と言っていたけどな。」
アイリスが苦笑する。
俺は《魔導外骨格》へ近づいた。
「《最適化》。解析できるか?」
『解析を開始します。』
銀色の装甲が頭の中で分解されていく。
魔導回路。
魔力炉。
関節部。
姿勢制御。
装着者の動作を読み取る感知機構。
『問題を検出しました。』
「何だ?」
『出力系統と操縦系統の同期に遅延があります。』
「同期?」
『装着者の動作を増幅する際、外骨格側の出力が先行します。』
一瞬、頭の中に映像が浮かぶ。
腕を動かす。
装甲が動く。
だが、その動きが僅かに早い。
それが積み重なれば――
『急激な動作を行った場合、装着者の意図と外骨格の動作に差異が生じます。』
『その結果、関節部に過剰な出力が集中します。』
「……だから暴走したのか。」
『魔力炉に異常はありません。』
「つまり、壊れていたのは魔力炉じゃなくて制御系統。」
『その通りです。』
俺は設計図を取り出す。
「修正箇所は?」
『三箇所あります。』
頭の中に赤く示された部分が浮かぶ。
「ここ……ここ……あと、ここか。」
工具を手に取る。
魔導回路を取り外す。
新しい回路を配置。
接続。
さらに制御系統の一部を再構築する。
『出力制御を二段階から三段階へ変更してください。』
「了解。」
『感知回路の応答速度を12%低下させます。』
「……低下?」
『現在は反応が速すぎます。装着者の動作より先に補助動作が開始されています。』
「なるほど。」
指示通りに調整する。
「これで――」
俺は最後の回路を接続した。
『修正完了。』
「よし。」
魔導外骨格に乗り込む。
背面の装甲が閉じる。
――カシャン。
魔力炉を起動。
――ヴゥゥン。
青白い光が胸部へ走る。
「……。」
右手を握る。
外骨格も同時に動く。
遅れがない。
腕を振る。
完璧についてくる。
一歩。
二歩。
三歩。
何も起こらない。
方向転換。
跳躍。
着地。
「……完全に直った。」
アイリスが目を丸くする。
「あなた、そんな技術いつの間に身に着けていたの?」
「いやぁ…ちょっと、いろいろあって…。」
アイリスが小さく笑った。
「シヴァが見たら驚くでしょうね。」
「ああ。」
俺は外骨格から降りる。
「……早く帰ってきてほしいな。」
その言葉に、部屋が静かになる。
シヴァはここにいない。
だったら――
残されたものを使うしかない。
俺は部屋の中央に置かれていた青白い結晶へ目を向けた。
《神代級魔導核》。
俺たちが聖剣をもらった時にガルドからシヴァへ渡されたものだ。
「これも使えるんじゃないか?」
俺が手を伸ばす。
『高密度魔力反応を確認。』
「普通の魔導核とは違うのか?」
『構造が異なります。』
《最適化》の声が続く。
『単純な魔力蓄積・供給機能だけではありません。』
「じゃあ何がある?」
『高度な魔力演算機構を確認。』
「演算……。」
シヴァの部屋を見渡す。
《神代級魔導核》。
《魔導外骨格》。
魔導工作台。
魔力測定器。
冷却装置。
索敵ドローン。
そして壁一面に並ぶ、見たこともない装置。
「……これ全部、この核を使うことを前提に作ってたのか?」
『可能性が高いです。』
「なら、繋いでみるか。」
神代級魔導核を中央端末へ接続する。
――カチッ。
次の瞬間。
部屋中の魔導回路が一斉に青白く輝いた。
「うわっ!」
止まっていた設備が次々と起動する。
索敵ドローンが浮かび上がる。
魔力測定器が動く。
壁に設置された大型端末へ大量の文字が流れ始める。
「……何なんだ、これ。」
『複数の設備が同期しました。』
「この状態なら、シヴァの痕跡を探せないか?」
『可能性があります。』
俺とアイリスは端末へ駆け寄った。
通信記録。
魔力反応。
装置の稼働履歴。
次々と表示されていく。
「……これだけあっても、シヴァ本人の位置は分からないか。」
『探索範囲を拡張します。』
表示されていた地図が広がる。
村。
街。
学園。
そして――
「……魔境樹海?」
地図の一角が点滅している。
『高密度魔力反応を検出。』
「シヴァがいる?」
『断定できません。』
「じゃあ何なんだ?」
『この反応は、通常の魔導装置ではありません。』
その瞬間。
端末の隅に、一件の未確認データが表示された。
〈記録日時:――〉
「……シヴァ?」
俺はデータを開く。
音声記録が再生される。
『……これを聞いているということは、僕の部屋を使えるところまで来たんだね。』
「……。」
シヴァの声だ。
『まず最初に言っておく。僕はまだ死んでいない。』
アイリスが息を呑む。
『そして、もし僕が戻らなかったら――』
少し間がある。
『この部屋の設備と、その魔導核を使ってほしい。』
「……。」
『僕が作ったものは、僕一人で使うためのものじゃない。』
そこで記録が一度途切れる。
そして、再び声が流れた。
『最後に、これだけは覚えておいて。』
『この先にあるものは――』
ザザッ。
ノイズ。
『……僕が作ったものじゃない。』
「……え?」
音声が途切れる。
同時に、端末の奥から警告音が鳴った。
『未登録装置を検出。』
「未登録?」
部屋の奥だった。
今まで壁だと思っていた場所が、ゆっくりと左右へ開いていく。
「……隠し部屋?」
アイリスも驚いている。
「寮なのに隠し部屋なんて、どうやって…⁉」
その奥には――
巨大な装置があった。
天井に届くほどの高さ。
無数の魔導回路。
中央には、《神代級魔導核》と接続できそうな巨大な空洞。
俺は思わず息を呑む。
「これ……何だ?」
『解析を開始します。』
「……。」
それでも《最適化》から返答がない。
「どうした?」
長い沈黙。
そして――
『解析不能。』
「……え?」
『現在の情報では、この装置の用途を特定できません。』
俺は巨大な装置を見上げる。
《神代級魔導核》。
シヴァの研究室。
そして――シヴァ自身が「自分が作ったものではない」と言った装置。
「……シヴァ。」
一体、お前は何を見つけたんだ?
その時。
端末に、新たな表示が浮かび上がった。
〈起動条件:神代級魔導核〉
「……。」
俺とアイリスは、同時にその文字を見つめた。
そして俺は、ゆっくりと《神代級魔導核》へ手を伸ばした。
「――起動するぞ。」
三日後には、Cランクとの昇格戦がある。
それでも今は――
この装置の正体を知りたかった。




